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シュウウウカンデ行ける木がします。

ヒトシとの会話後、リリィは足早に部屋へと戻った。

客人の住む区域とは少々遠い場所で、声は聞こえないだろう。


「よっしゃああああああぁぁぁ~~~~―――ッ!」


ヒトシが聞けば、目を丸くして唖然とするだろう叫び。

リリィは長く長く、息が続く限り叫び続けた。終わったときには酸欠で顔が真っ赤になるほどに、全力だった。

――ふぅ。リリィは一息ついて、新鮮な空気を吸い込んでいると。

コンコン、とドアを叩く音が鳴り響いた。


「お嬢様、はいってよろしいでしょうか」


「ルナリア?入っていいわ」


声をかければルナリアは音を立てずにするりと室内へと入ってきた。


「お嬢様、不審者かと思いました。お嬢様だと気付いた時はマンドラゴラの叫びだと」


「ふふふ、今日は貴女の回りくどく周囲を絶対零度に落とす言葉も、もはや雪の降る日の朝の、冷え切った床くらいの威力しかないわ」


「もうすこし床の温度を上げるよう努力いたします」


「ありがとう。でも大丈夫、少し泣きそうなぐらいだから……ぐすっ」


「お嬢様、泣いてはいけません。そうだ、面白い話を聞かせましょう、ルナリアという名前の由来から」


「お願いだからやめて、泣き面に蜂どころか、泣いている子供を龍の巣に放り込む所業だから」


と、リリィが言った後、こほんと小さく咳をした。

そして恍惚とした表情で、リリィは続けていく。


「ルナリア、私は運命の出会いをしたの」


「ふむ、月は美しいと言っても、なにも返してはくれません。想いも馳せても手は届かないのです。うたを作ろうとも、よりいっそう輝きを返してくれることはないのです」


「美人になると言われたの」


「毒々しい花が美しい大輪の花を開くと信じ込むことをどう思いますか?私は虚しいと思います。いえ、お嬢様。お嬢様がそれは美しく、未来への希望を持つことが宝石よりもきらびやかなことだと申し上げるなら、否定しませんが」


「ルナリア、お口チャック」


リリィは真顔で命令した。ルナリアは唇の端に人差し指を当てると、反対まで動かした。

それを見届けて、リリィは熱のこもった表情と声色で話し始めた。


「ヒトシさんは勇者様。私はヒロインなのよ! あぁ、今日と言う日に感謝いたします。こんな容姿で生まれてきて、毎日のように神に恨みごとを言っていたわ!」


ルナリアは氷のような視線をリリィに向けている。


「でも、神様は私をお見捨てにならなかったわ! これは運命、そして私は彼と――キャーキャー!」


ルナリアは氷のような視線をリリィに向けている。


「ふふふ、明日から活力が湧いてくるわ! 明日からヒトシさんと会話して、親睦を深めましょう。なにもせずに結ばれるなんて都合がよいことなんてないもの――で、でも、最終的には――ぐへへ」


ルナリアは氷のような視線をリリィに向けている。






次の日、昼時よりも些か早い時間帯。

仁志はダンと二人で、王都の道を馬車にのって走っていた。

向かう先はオークション会場。数日後に行われるオークションの下見に仁志は誘われたのだ。

他の人影はない、リーシャはなぜかついていこうとはしなかった。

アイリスはリリィへと、メルラドとファイサは延長を申請するために、朝早くから外出していった。

ダン曰く、護衛が有用になるのはオークションが開始してからだそうだ。

リーシャの目が泳いでいることが気になったが、なにも訊かずにリーシャの頭を、仁志は撫でた。


「いってきます」


と、言えば、リーシャは寂し気な表情をしたかと思うと、すぐに微笑んだ。


「いってらっしゃい」


リーシャは思いいたった、いってらっしゃいなのだから、おかえりなさいがあるのだと。

ダンは街の外を眺めながら、ポツリポツリとお勧めの食事処や、居酒屋などを紹介していた。そのたびに窓の外を眺めれば、中世ヨーロッパと思い浮かぶ街並みが広がっていた。


「なぁヒトシ……なんていうか、悪いんだけど、なにがあったか教えてくれるか」


言いにくそうにダンは切り出した。

先ほどまで、どう言いだそうかと考えていたのだろう。


「……はい」


仁志はゆっくりと事の顛末を語り始めた。

といっても、言えることは一つのみ。

リーシャが巨大な魔力を放った、それは尋常ならざるもので、あれほどいた敵が吹き飛んでしまった。

言い終えればダンは窓枠に肘を置いて、頬杖をついた。


「そうか」


そこで会話は止まった。あっけなく幕が下りた。

首をかしげるのは仁志である。

……なにか言われるかと思った。という考えを顔いっぱいに表していると、仁志のわかりやすさにダンは噴き出した。


「ぶはははははは! なにか言うかと思ったか? リーシャちゃんが怖いとか言うと思ったか? まぁ……うん、怖いだろうが、だからといって、救われたことをないがしろにはしないんだよ。商人が、恩をないがしろにしたら信用問題だしな。さて、リーシャちゃんにお礼をいって、そうだ、美味い飯でも奢ってやろう」


な? と茶目っけたっぷりに笑うダン。

それに安堵したように、嬉しそうに笑う仁志。


(――あぁ、この人と出会えてよかった)


仁志は心からそう思った。




馬車が止まった。

外に出れば、赤茶色の壁をした、巨大な建物を囲う黒の柵の前に居た。

ダンの背中を追えば、これまた巨大な門が現れた。

仁志五人分はあるだろう高さだ。


「オークション会場だ。入るためのものを昨日貰って来た」


といってダンは懐から一枚の透明なカードを取り出した。

それを仁志が見て、すぐさま思い浮かんだのは魔石鍵。最初の宿での扉のカギだった。

手渡されて、仁志はおもむろに太陽に透かして眺めていると、虹色の光が内部で輝いているのが見て取れた。

綺麗だ。テレビでみた、巨大ダイヤモンドを思い出す美しさだ。


「おい、いくぞ?」


仁志はダンの声にハッとした。

すぐにカードを握り締めて、ダンを追った。

ダンは門の前にたたずむ門番たちに鍵を見せながら門を通り抜けた。

仁志も倣って通り抜ける。

そこから再びダンの背中を追っていると、十数歩歩いたあたりで、ダンは長い溜息を放った。


「どうかしたんですか?」


「いや、な、このカードを持ってないやつが門を通り抜けると、防衛魔法が発動して木っ端みじんにされるんだとよ」


「……お、おぉお」


物騒なことを言われて反応に困った。


「はぁ~、聞かされていたから、鍵は偽物ではないといっても肝が冷えた」


「あははは……と、とりあえず中に入りましょう」


「そうだなぁ」と若干疲れを感じさせる声色と共に、ダンは歩き出した。

建物の内部に入ると、赤い絨毯の敷き詰められたホールと、その天井にかけられた金色のシャンデリアが目に入った。

窓を見れば、窓枠一つ一つに装飾が手掛けられ、置いてある装飾品すべてに計算しつくされた美しさというものがあった。

仁志は目を奪われた。

ダンも同じようで、口を半開きにしてそれを眺めていた。すると、笑みを浮かべて仁志の肩をたたいた。


「ありがとな」


「え? なにがですか?」


突然のお礼に、仁志は戸惑った。


「いや、俺の先代からここに入るのが夢だったんだよ。まぁ大きい商人だったらしいんだけど、ここに入れるだけのものを取り扱ってなかったし」


「へぇ……なんていうか、よかったです」


おう、とダンは嬉しそうに頷いた。


「とりあえず、見て回るか」


「はい」


二人は歩き出した。

人の姿はまばらだ。高そうな服をした男女が数人、あとは鎧を着込んだ兵士ぐらいだ。

自由気ままに、といっても入れないところはあるが、そこまで束縛はされることはなく隅々まで歩き、その美しさに思わず笑みがこぼれた。

さすがに疲労がたまりはじめてきたため、ホールの隅に設置された休憩所らしき場所に置かれているソファで、腰を落ち着けていると、仁志はふいに尿意を感じた。


「すいません、トイレ行ってきます」


「おう」


ダンに断りを入れて、速足で歩きだした。トイレの場所は記憶にあった。

方向音痴ながら、奇跡的に迷うことなくたどり着いた。

駆け込み、用をすませて安堵しながら外へと出ると、先ほどはいなかった人影が、トイレの入り口横の壁に背を預けて立っていた。

銀色の鎧を着た、金色の髪の女性。

女性騎士というやつだろうか。

顔立ちもどこか凛としていた。


(綺麗な人だなぁ)


と仁志は出あってすぐに思ったのだが、その感想はすぐに消え去った。

――妙に暗い。しかも、なんかブツブツと虚空に向かって独り言をつぶやいている。


「私はこんなとことで……はやく捜索へ……お願いだから生きて……」


聞こえてくる言葉の断片からは不穏な空気が感じられる。

……早く通り抜けてしまおう。仁志は足早に歩き始めるが、思惑通りには行かなかった。


「すまない」


声をかけられてしまった。


「えっと、なんですか?」


仁志は若干声が固くなりながらも、平静を装って訊いた。

女騎士は仁志をまっすぐに見つめている――と、思うと目を大きく開いて、顔を紅潮させ始めた。


「……し、失礼。最近は怪盗なんてものが現れていて、警戒は厳重にしなければならないのです。カードを見せてはいただけないでしょうか」


「あ、これですか」


仁志は素直にカードを差し出した。

ちらりと女騎士は視線を向けると、小さく頷いた。


「失礼しました。ご協力、ありがとうございます」


女騎士は優美な敬礼を見せた。

これで話は終わりだ、と女騎士は思っているだろうが、現代人である仁志が、『怪盗』なんて単語を前に出されて、飛びつかないわけがない。

フリスビーを投げられた犬のごとく追った。


「あの、怪盗ってなんですか?」


「え――?あ、あ……は、はい、か、怪盗ですか?」


虚をつかれた女騎士は驚き、そして仁志の顔をみて、先ほど引きかけた顔の紅潮が再び戻り始めていた。


「はい、怪盗なんですけど」


「え、は、はい。怪盗、かいとうてぃ、ティレニアのことですね」


「怪盗ティレニア……」


魔力という言葉が、クーザの口から放たれたときの興奮がよみがえって行った。


「どんな感じですか?」


仁志の頭に浮かぶのは、アルセーヌ・ルパンとか、鼠小僧などだ。

怪盗というものは、浪漫に溢れている。


「女怪盗でして……」


女怪盗。これまたロマンにあふれている。


「ものすごい醜女なのに、ものすごい露出をしています……」


仁志の興奮が一瞬のうちにガラガラと崩壊した。

思い浮かべるのは、腹の出た全身肉の塊かと思わんばかりの女性が、ボンテージ姿で脂肪を揺らしながら月光に照らされた夜の街を走る映像だった。

がっかり感がすごい。


「そうですか……がんばってください」


語らずとも、表現せずとも、仁志の全身から落胆を感じさせつつも、仁志は微笑みながら女騎士を応援し、ダンの元へと歩き出した。


「あ、ありがとうございまぁす!」


声の裏返った、見た目からは想像のつかないほどに慌てる女騎士の声を背中で聞いた。

しかし、仁志はそういったことになんら感情を向けずに、ダンの元へと向かった。

頭の中では、ボンテージの女怪盗が投げキッスをしていた。


「ど、どうしたんだ?」


「いえ、なんでもないです。ちょっとなんでも上手くいくとうぬぼれてしまっただけです」


「そ、そうか」


ダンは完全に意味不明であったが、ただその一言だけ返した。


「とりあえず、なんか飯でも食べて帰るか? 疲れたしな」


「はい」


気遣われつつも、馬車に乗り、御者へとダンは話をつけると、近場の料理屋へと向かった。

些かではあるが、高級感あふれるところだった。

通された席では白いテーブルクロスの中心に花が飾られていた。


「あ、おすすめなんですか?」


「ん、これだな」


「じゃあ、これお願いします」


と、前と同じく、文字が読めないのをごまかす作戦をして注文をした。

料理が並べられていき、一通りのところで、食事をはじめた。

高級感あふれる店内に、居心地の悪さというか、場違い感を感じながらも、食事をすすめていく、食事はなかなかおいしかった。

が、食事を進めていくと、やはりなにかが物足りなかった。


(味噌汁、のみたいなぁ)


思えば、醤油や味噌も、ここに来た最初辺りから口にしていなかった。

仁志は帰ったら台所を使わせてもらおうかと考えていると、


「うん? 表が騒がしいな」


ダンの言葉に顔を上げた、外を見ると、人通りが先ほどよりも多くなっているのが見えた。

なにかあるのだろうか、と身を乗り出して外を見た。


「人が左方向に歩いて行ってますけど」


「なんかあるのかねぇ……すまない、外の騒ぎはなにかわからないか?」


ダンが近くに居るウェイトレスに声をかけた。

ムキムキ長身の女性ウェイトレスは、「あぁ」と声を上げた後に、頬を赤くして言った。


「最近王族が大通りを通る様になったんです。美しい陛下や、それに連なる美男美女が見れるって評判ですよ!」


恍惚とした表情のウェイトレス。


「……王族か」


それとは裏腹に、ダンは渋い顔をした。

仁志は気付いたが、ダンの表情は一瞬で、ハッキリとうかがえはしなかった。


「そうか、そりゃすげぇ」


「えぇ、お連れのかたも天使のようにお美しいですが、やはり王族は格別といった感じで、顔はあまりみえないので、想像力をかきたてられるというか――」


「そ、そうですか」


もうすでに慣れたお世辞の言葉を聞き流し、仁志は作り笑いを浮かべた。

ウェイトレスが言葉の軍勢を放ち切り、満足しきった後で去っていく、残されたのは沈黙するダンと仁志の二人。

なんとなく、居心地が悪いな、と仁志は思った。


「あの、ダンさん」


「ん、なんだ?」


「王族ってどういうのですか?」


「あぁ……まぁ王族って言うのは、王の一族、で……まぁこの国の頂点なのはわかるよな?」


仁志は頷いた。


「それで、この国の影響が大きい。――つまり、風潮をつくれるんだよ」


そこからダンは愚痴っぽく言葉をつづけていく。

はじめ仁志は苦笑いを浮かべつつ、聞いていたのだが、いつしか笑みは消え、顔をしかめた。

次には口を閉ざし、ダンをまっすぐ見た。

仁志の真剣な表情に気付かないダンは、身ぶり手ぶりを交えつつ、この国について話し始めた。

むろん、声は潜めてではあるが。

それは彼が気づくことはなかった国の現状だった。

いや――気付こうとはしなかった、だろう。






――この国は、アイリスが生きにくい国なんだ。


  王族は美しきものは尊い、醜いものは卑しいなんて言いやがる。


  その上、ブサイクは外国に出にくいように囲いやがる。


  俺も昔はそんな風潮に呑まれていた。


  リコリスに出会わなけりゃ、今も俺はそう思っていただろうよ――


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