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書いといてなんだけど、二つにわければよかった

宿に到着したのは、夕刻のころだった。夕陽に照らされて、赤く染まる宿は、クーザの宿屋よりも、些かランクが落ちるように見えた。木で出来た、いかにも古そうな建物だ。

宿屋の玄関前で、馬車を止めると、「倉庫を借りてくるから、ちょっと見ていてくれ」とダンは言い放ち、玄関から中へと入り、そこまで時間はかけずに戻ってきた。

倉庫の鍵であろう、小さな鍵と、部屋の鍵であろう三本の鍵だ。

そのうち、倉庫の鍵と、部屋の鍵を一本ずつ手にとって、自分のポケットへと入れると、仁志、冒険者二人へと、鍵を手渡した。


「部屋番号は鍵に書かれている通りだ」


そう言われて、仁志は鍵を目の前へと持ってきて眺めた。言われた通り、鍵に良く分からない文字が彫られていた。


「部屋にいったら荷物を置いて、外に出てきてくれ、飯にしよう、冒険者の二人はどうする?」


「……いっしょになってもよろしいのなら」


メルラドの絞り出すような声に、ヒトシはふと気になって視線を向けると、彼女の視線とぶつかり合った。怯えるような視線、どこか深い闇を持った瞳だが、心を射抜かれるほど美しかった。


「いいか?」


「――俺は、気にしないですけど?」


「じゃ、じゃあ、お、お願いします」


「よ、よろしくお願いしますっ!」


どこか嬉しそうな声で、二人は頷いた。

ダンは一つ頷いて、「じゃあ、すぐに合流するぞ」と言い残すと、全員を下ろし、アイリスに手荷物を手渡すと、一人荷馬車の前部へと乗り込んで、手綱を鳴らして去って行った。

その姿を見送ってから、宿屋へ玄関から入った。

目の前に酒場が広がる、丸い机と、丸い椅子が並び、奥にカウンターが置かれている。

まだ飯時ではないためか、人の姿は見当たらず、カウンターにいる老紳士風の男は、暇そうにしている。

その横に階段を見つけたので、上がっていくと、長い廊下が現れた。扉が設置され、その右上に部屋の番号が書かれた表札が打ちつけられていた。

番号が意味不明なので、鍵に掘られたものを頭に叩き込み、見比べていくと、似たような場所を発見、扉の鍵穴へと鍵を差し込み、ひねる。カチャンという高い音が響き、ドアノブをひねると、ゆっくりと扉が開け放たれた。

――あぁよかった、と仁志は心底安堵しながら室内へと入ると、ベッド三つが並んでいる。あとは机と、棚という簡素な造りで、風呂やトイレはついていなかった。

なんでベッドが3つあるんだろうか、と疑問に思ったが、それは呆然として部屋に入ってきたアイリスの言葉に、頭の隅へと追いやられることとなる。


「――お父さん、鍵持っていったんですけど……」


「え?――あぁ、そういえば」


記憶には、ダンが鍵をポケットへと押し込むのがハッキリと刻まれていた。


「じゃあ、荷物ここに置いていって一階へと行けばいいんじゃ?」


「い、いえ、たぶんそういうもの忘れじゃなくて、確信的なものだと――」


「確信的?」


仁志の問いに、アイリスは口を閉じて、もごもごと聞き取れない声で何かを言うばかりで、明確な答えは返ってこない。


「とりあえず、酒場で夕ご飯を食べないと」


「そ、そうですね」


「じゃあ、リーシャ――」


リーシャは腰を低くして、自分のベットとして決めたらしい、窓際のベッドへと手をかけると、前回と同じように、力を込めて中心に位置するベッドへとつなげた。

どうやら、仁志のベッドは決定したらしい。

達成感に満ち溢れた顔で、パンッパンッと軽い音を立てて、ベッドを叩くリーシャ。

――幸せそうで何より。仁志の視線に気づいたリーシャが、ここが仁志のベッドだと言わんばかりに、中心のベッドを叩いた。それをみて特に何も言わずに、肩にかけた鞄を指定されているベッドへと置くと、リーシャの瞳は満点の夜空のように輝いた。


「えへへ!」


嬉しそうに仁志の腕へと抱きつく。仁志はすでに慣れたもので、リーシャの頭を軽くなでる。血も繋がらず、容姿も全く似ていないが、二人の間柄は兄妹を思わせた。

さて、酒場に行こうか。仁志は踵を返し、扉の外へと向かうと、アイリスが先ほどから動かずにこちらを見ていることに気がついた。表情は、買ってくれなかったオモチャを、友達が持っていて、それで遊んでいるのを見ている子供のようだった。


「アイリスちゃん?」


「あ、あぁ!私先に行きますね!」


声をかけると、肩をビクッと上下させて、慌てたように、部屋の外へと向かった。

それをリーシャが止めた。


「アイリスさん!」


「うぇぃ!? な、何?リーシャ」


奇妙な悲鳴を上げて、アイリスは振り向くと、彼女の視線の先に、微笑むリーシャの顔があった。

リーシャは自分が捕まっている腕の反対の腕を指さした。


「隣、開いてるよ!」


「――え?」


「……はい?」


アイリスはポカンと口を開いたまま固まり、数秒で復活、何を言われたかを理解して、顔はゆっくりと紅潮していった。

仁志は、リーシャがなぜ、こんなことをいったのか理解できずに固まった。


「お兄ちゃん、いいよね?」


「いや、別にいいが、それはアイリスが――」


決めることだ、という言葉は、腕にかかる重みにより途切れた。仁志は重くなった腕を見ると、真っ赤な顔をしたアイリスが、腕を手のひらで包むようにして握っていた。

仁志は悟る、今日俺は死ぬんだろうなぁと。


(ご飯食べたい)


そして完全に現実逃避した。仁志は思考停止状態のまま歩き出した。両腕の二人も一緒に動き出し、そのまま酒場へと向かった。

一階へと到着すると、ダンと冒険者の二人が既に席に座っていた。

三人はこちらを見て、目を見開いた。ダンは笑いだした。二人はポカンとしたままだった。

席へと着席すると、ダンは手に持っていたお品書きを仁志へとよこした。

受け取って、読む。

一切読めない。


「……おすすめってあります?」


「ここははじめてなんでな、わからん」


「じゃあ、美味しかった料理とか」


そうか、それなら、とダンは立ち上がり、お品書きに書いてあるものを指差した。次にリーシャへと手渡すと、リーシャは素早く選び、アイリスが選び終わるまでにさして時間は必要としなかった。

仁志は周囲を見まわし、訊いた。


「あの、ダンさんたちは」


「俺たちはもう頼んだ」


「わかりました」


店員を呼ぶために、仁志は手を挙げた。

「は~い」と、明るい声が響き渡る、可愛らしい声だと思い、仁志は少し期待した。

……数秒と、持たなかったが。

目が細く、鼻はぺったんこ、全体的に太く、走るたびに仁志の脳内でゴジラが歩いていた。

地震が起きたかのように床は揺れ、短いスカートも揺れている。大木を思わせる太ももは、チラッチラッとチラリズムを我がものとしていた。

胸元を大きく切り開いた服装をしており、仁志をじっと見つめる彼女の頬は、不思議と赤く染まっており、彼女は仁志へと前かがみになって顔を近付けた。


「ご注文、お決まりですかぁ?」


尻をふりふり、腰をくねくね。ダンはヒュゥッと口笛を思わず吹いて、アイリスに冷たいまなざしを向けられていた。

いつも通りに違和感に襲われたが、仁志は表情を変えずに、ダンのおすすめを、メニューを指差すことで伝えた。次のリーシャ、アイリスと注文していった。


「お兄さん、かっこいいですねぇ」


「はぁ、ありがとうございます?」


注文を終えた後、去っていくかと思われた店員がそう言ってきた。仁志は突然のことに、疑問形で返答してしまった。

まぁ、社交辞令というか、接客業の基本のようなものだろうと、仁志は思ったのだが、店員が胸元から一枚の紙を取り出し、仁志のテーブル前に置いた。


「待ってますよぉ」


店員は笑みを浮かべて、こちらに手を振りつつ去って行った。あまりのことに仁志は口を半開きにして見送った。紙を手に取ってみる。何やらよくわからないので、問いかけようと顔を上げると、リーシャやアイリスが不満顔であることに気がついた。


「なんで怒ってるんだ?」


「知らない!」


リーシャがぷいと顔をそらした。

仁志は、その怒りがわからずに、首をかしげるばかりだ。紙へと視線を送る、何やら文字の羅列が書かれているが、仁志には一切読むことができない。読めないものを理解しろというのは無茶ぶりだし、理解できないものから、なぜ二人が怒っているのか答えろというのも不可能な話だ。


「あの、これどういう意味なんですか?」


仁志は、頼みの綱のダンへと訊いた。


「仲良くなりたいんだよ」


「仲良く? といっても明日には出ますよね?」


それじゃあ意味ないのでは?


「……お前、ピュアだなぁ」


感心したように言われる。思考は、混沌からランクアップしていき――


(まぁいいや)


停止へと続いた。

よくわからないが、仲良くしたいといってくれるのが喜ばしく思う、友達なんていなかったのだ。記念に懐へと入れる、リーシャの視線が刃のように痛くなるのを感じた。

当然理由はわからないが、弁解のためにリーシャへと顔を向けると、仁志が口を開く前に、リーシャが切りこんだ。


「行かない?」


「行かないけど」


「本当に?」


「うん」


リーシャはニパッと暖かい笑顔を浮かべた。

同じく不満そうだったアイリスを見ると、胸に手を当てて安堵していた。

これで、このちょっとした騒動は終わりを告げた。料理が次から次へと出てきて、知らない料理に舌鼓を打った。

食後、明日の行動について話した。とはいえども、明日は早く出発、王都に着いたら知り合いに会いに行く、というだけの話だった。

話が終わると、ダンは解散を告げた――かと思えば、アイリスは天高く片手をあげた。


「お父さん、私はお父さんの部屋で寝るんですか!」


その問いに、ダンは笑いがこみあげてくるのを抑えながら、


「いやぁ、一人部屋しかなかったんだよなぁ、だから俺一人で、三人で使ってくれ」


白々すぎる声で言った。


「そうかー仕方ないなー」


アイリスの言葉は棒読み過ぎる棒読みだ。

話の流れについていけない仁志は、リーシャに引きずられるように部屋へと向かうこととなる。

アイリスと同じ部屋で寝ることに気付いたのは、部屋へと入った後、階段をかけおりれば、ダンは街へと遊びに繰り出していた。

二日酔いになれ、と仁志がダンへと恨みごとをいったのは、これがはじめてだった。




部屋の中は、アイリスがそわそわと落ち着かないこと以外は、何事もない。仁志は教科書を手にとって、パラパラとめくって暇をつぶしているだけだ。リーシャは仁志に付き合う形で、教科書を読んでいる。時々、リーシャが質問をして、仁志が答える。アイリスは気になって、近付いて教科書を覗き込んでいた。


「これ、アラトロスの本? 何が書かれているんですか?」


「あぁ、これは数学っていう科目で――」


と、会話が続けられて、夜も更けていく。

夕飯のウェイトレスの記憶など、すっぽりとどこかへ飛んで行ってしまったときに奴はきた。

仁志はポケットに入れてある携帯を取り出した。時刻は夜の10時ごろだ。寝るには早すぎる時間だろうが、リーシャは子供なのでこのぐらいに寝ていた。

ランプの灯りを消そうと、仁志がベットから外に出た時だった。

コン、コンと扉がノックされた。仁志はダンだろうか、それとも従業員だろうか、と考えた。近付いて、扉を開け放つ。


「遅いからきちゃったわぁ」


そっと閉じる。夕飯に絡みがあったウェイトレスがそこにいた。ウェイトレス時の服装よりも奇抜な服装だ。たしかボンテージとかいったような。

網のようになっていて、贅肉が網の間から飛び出している。仁志は入院する前に、両親が親戚に送られてきたと言っていた紐で縛られたハムを思い出した。

扉の向こうから、声が聞こえた。


「恥ずかしがらなくてもいいのよぉ?」


甘い声だ。女性経験のない仁志にとって、脳髄が蕩けてしまいそうになる声だ。思わず扉を開けたくなる――扉の向こうにいるのが、”あれ”でなければな。


「お部屋をお間違えのようですよ」


頭が真っ白になる中で、口だけは冷静に動いた。鍵を閉める音で、刺激してはいけないと、音を鳴らさないようにしっかりと閉めた。

鍵穴から外をのぞくと、ボンレスハムがくねくねと踊っていた。そっと目を離した。


「そんなわけないわよぉ、さっき紙渡したでしょ?」


ジェスチャーでリーシャを呼び、紙を手渡した。扉の向こうから聞こえる声に不快そうに顔をゆがめ、紙をみて、さらに不快そうにしている。子供らしさの消え失せた彼女へと、ジェスチャーを使ってなんとかなんて書いているのか教えてくれと乞うと、嫌そうではあるが、教えてくれた。


「住所と、九時に来てって、いいことしましょうって」


「いいこと?」


仁志は訊いた。リーシャは顔を赤くしてパタパタと去って行った。

意味はわからなかったが、とりあえず仁志が指定した時刻に来なかったから、ここに来たようだ。


「えぇと、明日には出発するので、いけないです」


「一晩の気持ちの良い夢よぉ、き・て?」


「その、もう寝るので」


「私と寝ましょ?」


ダメだ、動きそうにない。仁志は泣きそうになった。

その時だった、


「あの、何をやっているんですか?」


ファイサの透き通るような声が、壁を通り抜けて、仁志の鼓膜を揺らした。

鍵穴をのぞく、ボンレスハムが横を向いている、鍵穴から目を離し、耳を扉に付けた。

少し扉から離れたためか、声は聞こえづらい、何をいっているのか半分も理解できない。それでも、二人が馬鹿にされているということだけは理解した。

二人がどういう様子かは伺い知れないが、仁志は罪悪感を感じていた。ちゃんとおいかえせば、二人が悪口を言われずともすんだのだ。

――追い返さねば。心に決めて、息を飲んだ。震える手を無理やり動かして、扉を開け放つ。





時は少し遡る。メルラドとファイサは、寝る前に一杯飲んでおこうか、と考えて、一階へと向かおうとした。この時間となると、酒場は少し混み始めていて、誰もこちらを見ないだろう。二人とも同じくらいの容姿なために、何を言わずともわかりあい、言葉を交わさずに外へと出た。すると、女性の声が聞こえて、二人は声の主を探した。

女は、夕飯時に酒場にいたウェイトレスだった。美しい姿を今でも覚えていた。

女は、ボンテージという妖艶ないでたちだった。大木のような四肢。水風船のように突き出た腹。顔は風船のように膨らんで、顎は何重にも肉が重なっていた。悪いところを指摘できない、美しい肢体だ。

女である二人でさえも、思わず唾を飲んでしまう。見るだけで卑屈な心が湧きだし、妬みが心を黒く染め上げた。


「メルラド、ヒトシさんの部屋だよ」


「……お似合いとは言えないが、私たちよりもずっと良い女性だな」


頭に、彼の顔が思い浮かんだ。目の前の女性がいかに美しいといえども、彼と釣り合うとは思えないが、それでも自分たちよりは釣り合いが取れているだろう。

『……よくわからないですけど、別に悪くないと思いますよ?』

メルラドの頭に、今朝の彼の言葉が流れた。落胆する。やはりあの言葉は偽りだったのだ。少し高揚感を覚えた自らが馬鹿であった。


「……?」


ふと違和感を覚えた。女は扉越しに話しかけているが、一向に開く気配がなかった。

近づいてみると、会話の内容が聞こえた。仁志は彼女へと抵抗して、帰らせようとしていることが伝わってきた。


「あの、何をやっているんですか?」


メルラドは、言い放ったファイサの顔を思わず見詰めた。

真剣な表情だ。顔は険しく、緊張していることがありありと伝わってくる。

女は、苛立ち混じりの表情で、睨みつける様にしてこちらをみて、ギョッとした。化け物を見たかのような反応だった。

メルラドとファイサの心で、劣等感が動き出した。何度この反応をみただろうか、数えきれないほどであろう、慣れたことは一度たりともなかった。

劣等感が二つに分裂する、悲哀と憤怒だ。その気持ちを奥歯をかみしめることによって押さえて、二人は真っすぐに女性を見た。


「何よあんたたち」


「……私たちは、この部屋の人を護るように依頼された、冒険者です」


「ブサイクの上に、冒険者ぁ? 救いようがないわねぇ」


図星だ。心が銛を打ち込まれたように痛んだ。二人はわかりきっていることだからこそ、顔を覆って泣きだしたくなった。


「男の子を護ろうなんて思ったの?世間一般には、貴方達のほうが犯罪者に見えるわよ? 今ここで私が悲鳴をあげるとするわね、人が来るわ、さぁ問題です、みんなはどっちが犯罪者に見えるでしょうか?――貴方たちを犯罪者にすることなんて、たやすいのよ? そもそも、男の子が迷惑よ、迷惑!」


容赦のない言葉は、二人に声をかけたことに対して、後悔をさせるには十分だった。


「わかった?さっさといきなさいよぉ、ゴ・キ・ブ・リ・さん?」


メルラドも、ファイサも、ここを離れた後、泣き叫んでしまうだろう。

優越感に浸った女の声と表情に、怒りは湧きださず、ただ敗北感があるのみだ。

――その時だった。

部屋の扉が開くと、ヒトシが現れた。

女はそれに気がついて、獲物を前にした肉食動物のような笑みを浮かべた。


「……帰ってください」


「……は?」


笑みは瞬く間に消え去った。メルラドとファイサの二人は、ヒトシが何を言っているのか、理解できなかった。


「その、俺、貴方みたいなのは……すいません、嫌いです、よくわからないですけど、その――とにかく帰ってください」


「は? 何言ってんの? 私が、嫌い? は? じゃあ何? こいつらのほうがいいっての?」


女は横にいる二人を指差した。二人とも怯えた表情をした。脳裏に否定するヒトシの姿が流れたのだ。


「……まぁ、そうです、二人は綺麗だなぁと思います」


真実は、真逆の姿を映し出した。表情は少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。だからこそ、この場にいる女三人は、それを真実であると確信できた。

女たちは、顔を赤く染めた。ウェイトレスの女と、冒険者である二人とは、まったく意味は異なっている。

女はいたく自尊心を傷つけられたことによる、怒りだった。

メルラドとファイサは、喜びだった。心臓が高鳴った。頭が熱で浮かされたかのように、思考が定まらない。瞳は真っすぐとヒトシの姿を映し出す。

“綺麗”という言葉は、二人にとって初めて言われた言葉だった。

さらには、自分よりもはるかに美しい女性よりも、自分たちを見てくれた。助けてくれた。

二人の瞳に、ヒトシはかつて諦めていた、白馬の王子様のように見えた。

メルラドとファイサ、二人の心に、欲求という小さな炎が灯る。

もっと、欲しい――。


「ふざけんじゃないわよ!」


女が激昂して、仁志へと掴みかかる。二人は自然に体が動き出し、女の手を取ると、地面へと力づくで倒した。ファイサは女へと耳打ちをする。


「――冒険者二人を相手にしますか?」


女は苦虫をかみつぶしたような顔をした。ヒトシを睨みつけ、舌打ちをくれてやると、廊下に置いてある上着をひっつかんで、罵倒を言い残して去って行った。

今度の言葉は、二人の心を傷つけることはなく、どこ吹く風だ。

彼女たちの心には、ヒトシのかけてくれる言葉を期待するのみだった。


「あの、大丈夫ですか?」


心配そうな仁志の声、二人にとっては麻薬よりも甘美な快楽を生む。


「私たちは大丈夫です、――ヒトシさんは大丈夫でしょうか」


「俺は問題ないですよ?」


それを証明しようとしてるのか、ヒトシは笑みを浮かべた。

それが多少無理をしているように見えたのは、二人の見間違いではないだろう。


「――いつあの女性がくるのかわからないので、警備をします」


「そ、そうですね、やろう!」


メルラドとファイサは口ぐちに言い放つ。ヒトシはその言葉に、顎に曲げた人差し指の背を当てて考え出した。その様子を、二人は固唾をのんで見守った。


「じゃあ、お願いできますか?」


パァッと顔が明るくなった。「はい!」と二人は同時に頷いた。




(なによ、なによなによ!)


ウェイトレスの女性――ガーネットは怒りで顔を真っ赤にして、出口へと向かっていた。その様子に酒場の客が、なんだなんだと視線が向いて、ガーネットはそれに気が付き、睨みを返した。

どうやらほっといたほうがいいらしい、というのはこの場にいる共通の思考だが、


「おう、美人のウェイトレスさんじゃねぇか」


外からやってきた客に関しては違う。声をかけた男は、酒場の扉を開けて目に飛び込んできたガーネットの姿をみて、頬を赤く染め上げて、気取った口調で挨拶した。

ガーネットは声をかけてきた男を見る。ここ周辺で名の通った荒くれ者だ。

男の姿と、頭の中の情報を引き出した瞬間、ガーネットは脳に真っ黒な考えが湧きだし、思わず笑みを浮かべた。


「ねぇ、ラングリッドだったわよね?」


「お、おうっ、天下のラングリッド様たぁ、この俺のことだ!」


「かっこいいわぁ、貴方みたいな男タイプなのぉ」


「そ、そうか? なら一晩――」


身の程を知れよ。ガーネットはそう考えつつも、表情は崩さずに笑顔を浮かべた。

人差し指で下唇を触りながら、囁くような声でラングリッドへといった。


「私、そんな安い女じゃないのよ? でも、一つお願いをきいてくれたら――」


最後まで言わずに、体を離す。ガーネットの瞳に、顔を赤くし、鼻息を荒くしたラングリッドの姿が映る。

いける。それを理解すれば、詰めだ。


「どう?」


「やってやろうじゃねぇか!ラングリッド様にやれねぇことはない!」


意気揚々とラングリッドは言い放った。

バカな男ね、とラングリッドの死角で嘲笑うような笑みを浮かべて、ガーネットは明日のことへと思考を向けて行く。

あの馬鹿な男に私の魅力を刻んでやろう、身の程知らずな女に、身の程を教えてやろう、明日のことを考えるだけで、彼女の心は躍った。


次回、リーシャ無双。


冒険者はヤンデレになるようです

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