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ただのネタです

ただいまは、もう、言わなくなった。

返ってこないことはわかっていたし、誰も帰ってこないことを教えられている気分がするからだ。

仏壇の前で手を合わせる、そこには両親の写真が仲良く飾ってあった。


「お父さん、お母さん、今日も俺は元気ですよ」


せめて、仏壇の前では笑顔でいたかった。

高校には居場所がなかった、というのも容姿の問題が会った。

仁志は幼いころから、そして高校入学前まで、病気を患っていた。

そしてそれを治す薬の副作用により、仁志の顔は、まるで水ぶくれのようにパンパンに腫れていた、お世辞にも良いとはいえない、むしろ夜道で出会えば誰もが悲鳴を上げる、水木茂が描いた妖怪たちの一体であると言われても頷いてしまうほどに化け物のような容姿をしていた。


「……ふぅ、学校行くか」


気は進まないが、無理にでも足を動かし、机の上の鞄を手に取り、コートを羽織った。

外は雪が降っていて、吐く空気は真っ白だった、寒さがコートに護られていない顔や手へと突き刺さって行った。

道路には雪が積もり、誰がやったのかはわからないが、隅へと追いやられていた。

それが自分のように見えて、思わず雪を握り締める、手の中にある雪は、体温によってすぐに溶けて行った。

なんだか悲しくなって、玄関脇に止められた自転車の鍵を開けて、乗り込んだ。

そのままペダルを踏みしめる、この時は楽観的な考えだった、去年のみならず、近年は大雪を観測することはなかった。

これが、あぁなるとは予想すらできなかった。


「おはよー」

「おはよー、一年ぶりの雪だねー」


校門前に行くと、高校生たちの和気あいあいとした声が聞こえた。

そこを無言で通り抜けて、自転車置き場へと走らせる、到着すれば、さっさとあいている場所へと止めて、教室へと向かった。

階段を走りぬけて、教室へと入る、誰に挨拶することもなく、誰にも挨拶されることはなかった。

病気でこんな顔になった時、いじめられるのではないかと、仁志は危惧した。

しかし、そんなことはなかった、恐らくは病気でこうなったという理由が関係しているのだろう。

無言で席へと向かい、本を開いた。

誰とも喋らず、誰とも会わない、そんな学校生活が今日も続くだけの話だ。

放課後まで、何も考えずにいればいいだけの話だ――。

意識を、静かに落としていった。


「……」


ひたすらに授業を聞いて、黒板の文書をノートに書き写し、昼は一人ぼっちで御飯を食べる、あとは同じように繰り返し、そして放課後が訪れた。

外の景色は真っ白だ、それをみて教室中の生徒が口ぐちと不満を言い放っていた。


「やべぇ、俺自転車通学なのに……」

「電車動いてるかなぁ」

「最悪歩き、四つ先だから、2時間は歩くかなぁ」


その声を聞きながら、若干仁志も焦っていた。

他人事ではない、仁志は楽観視して、自転車に乗って登校したのだ、そして追い打ちをかける事実が一つ、家に食材がない、残っているのは冷ご飯と納豆と卵と、インスタントラーメン、圧倒的な野菜不足だ。


(か……買いに行こう、いまならまだやっているはずだ)


大雪になると人が減るので早く閉まるらしい、だが時刻は5時前、流石にこの時刻なら空いているはずだ。

コートを着て教室から飛び出した、白に覆われた景色を駆け抜け、自転車置き場に向かうと、自分の自転車を引き出して、鍵を開けた。

さすがに自転車に乗れるわけもなく、押していき、何度か滑りそうになりながらもスーパーに到着した。

スーパーには張り紙が1枚、そこには『本日悪天候のため、6時閉店となりました』と書かれていた。

ホッと安どして、スーパーへと向かう、籠を取って、白菜にネギにもやしと言った野菜を大量に放り込み、肉類もポンポンと放り込んでいく、恐らく大雪で数日はここにくるのが億劫になるだろう、そう考えて大量買いを始めた。

水の2ℓペットボトルも放り込み、電線が切断することも考えてライトと電池も買っておくことにした。色々と考えてライターも買い、そういえばと調味料なども入れていった。

会計を済ますと、袋5つ分、ずっしりとしたものは自転車のかごに纏めて入れ、それ以下のものは鞄に入れて、軽いものはビニール袋へ、自転車のハンドルにひっかけていく。

――重い……!

自転車を力任せに引いていくが、本当の試練はここからだった。

家へと帰る道のりにある、大きな坂だ、雪が降り積もり、ぺかぺかと、良く滑りそうにテカっていた。


「ふぅ……ふぅ……ん?」


息を荒くしながら押していると、車が一台止まっていた、そして何度もホイールを回しているが、空回りしているようだ。

いつのまにか体は動き、自転車を民家の塀に預けると、車へと近付いた。


「お、押しますよ……?」


「お、本当かい!?」


か細い声でそういうと、運転席から顔をだした男性が明るい笑顔でそう言った。

仁志は、初対面で顔を見られて、不愉快な顔をされなかったのは初めてだった。


「じゃあ、よろしくお願いするよ!」


「は、はい」


ぐっと力を押すと、車体は滑るように移動して、ホイールは空回りせず動き出した。

普通に動くようになった、運転手の男性は外に出てきて、手のひらにポンッと「お礼だ」と言って何かをのせた。

仁志が其れを見て見ると、ゼリータイプの栄養補給飲料だった。

それが2個。


「会社員に必須だからね、大量にあるんだ!……あれ?」


さわやかな笑顔の男性は、顔を前に突き出して、何かに注目していた。

仁志はそれを見て、首をかしげて背後を見た、すると――


自分の自転車が壁に寄りかかりながらスライドし坂を滑り始めていた。


「やばい!」


仁志は飛び出して、自転車を抱えるように掴み、足を踏ん張るが、如何せんつるつると滑って止めることは叶わなかった。

そして壁は終わり――摩擦は氷のごとく滑る地面という、なんとも頼れないものとなる。

ぐんぐんと加速していき、その先には踏切が見えた。

吹雪のような強い風により聞こえにくいが、ランプが点灯し、カーンカーンと音を立てながら閉まっていった。


「手を放せ!」


仁志の耳に、背後から男性の声が届いた、手を放そうとするが、手がかじかんで動かない。


「ああああああ、ああああああ!」


悲鳴にもなりはしない。

ジャットコースターなんて並ではない、史上最高のスリルがここにあった。

衝撃、暗転――。




「手を放せ!」

(やばい、このままだと――)


そう考えて男性は視線を、少年が落ち行く先へと向けた。

踏切が閉まり、今にも電車が走り抜けて行きそうだった。

飛び出そうと一歩踏み出すが、坂で滑って尻もちをつく、気付いた時にはもう遅かった。

思わず手を伸ばす、当然届きなんてしなかった。

そして、少年が踏切へと直撃し、そしてその瞬間、電車が通った。

思わず目を閉じた、そしてゆっくりと開いた、


「――あれ?」


悲惨な事故はなかった、それどころか彼の乗っていた自転車もない。

車を動かし、安全を確保し、サイドブレーキを入れて、坂道を下りて行った。


「あ、あれ?」


周辺を見渡すが、彼の姿はなかった。

まさかどこかへ弾き飛ばされて――と嫌な予感が脳裏をよぎるが、線路の先を見ても、何もなかった。

血の一滴も落ちておらず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった――。


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