何のゲーム?
「クイックスポットにガーゴイルをセット。移動スキルを3倍にするわ」
場所は薄暗い洋館。灯と言えば、壁に等間隔で並べられた蝋燭のみの広い部屋。
床や天井、柱と言った僕を囲む全てが石で組まれている。
そんな空間自体にまで、重量があるような場所に置かれた長机と2脚の椅子。
片方には僕が座り、もう片方にはブロンドの長髪と黒いドレスから伸びるリボンを犬のしっぽの様に揺らす、少女が膝をついていた。
少女の瞳は嬉々として、卓上に並べられた盤やカードに向けられている。
そして今しがた彼女が動かした、餓鬼に悪魔の羽を生やした怪物が彫られた駒。
ガーゴイルが独りでに、盤上のマス目進んでいる。
ゴォォ ゴォォ
石の駒と、石の盤がこすれる音。
どうやら電機や磁石はこの部屋には存在せず、駒を動かす動力源が見当たらない。
「私はこれでターン終了。次はあなたのセットアッププロセスよ」
「セットアップ。カードをドロー」
僕は積まれたカードの束から、1枚を引く。
そこに描かれた落雷の文字。
ここに着て、僕はようやくこの状況を理解した。
何もわからないと言う事を理解した。
「イヤイヤイヤ! 何これ何のゲーム!? どうすれば勝ちなの? てかここ何処?」
椅子を倒す勢いで立ち上がり、長机に手をついて問いただす。
結構な衝撃だったはずだが、卓上の駒やカードの山は崩れない。
「……?」
「何その不思議そうな顔!? あれだよ、校門前でスーツが似合わないくらいビッキビキに鍛えられた逞しい黒服の連中に拉致られた挙句、こんな日本かどうかも分からない場所でゲームやらされてる僕の方が不思議だからね!?」
「なるほど」
今更ながら、ブロンド少女は合点がいったような顔を見せる。
幼さの残る顎先に付いていた右手で、左手の皿を打つ。
「綺麗なお姉さんに拉致られたかったってことだな」
「そうじゃぁねぇよ!」
先ずは大多数の人類が、拉致られることを好いていない事説明しないといけないのだろうか?
僕は世の中の常識やら、僕自身の意見など様々な面から彼女にアプローチする。
しかし話を聞いているのかいないのか、彼女の眼は今も長机の盤上に向けられていた。
「話は済んだか? ここから帰りたくば、君の後ろのドアから出ればいい」
彼女が指さす先には、誰かを肩車して通っても余裕がありそうな縦長な扉。
僕は1度振り返り彼女に軽く声をかけてから、扉へと向かった。
ドタタタッタ!
ライオンの形をした豪華なドアノブに手をかけた瞬間、後方で物凄い音がした。
身の危険を感じ、思わず振り返り身構える。
しかしやっぱりそこには一人の少女がいるだけ。
長机を挟んで立っていたはずだが、今は目の前にいる彼女が。
ギュッと制服の裾をつかまれ、盤を見ていた瞳に涙を溜めている。
「何で!? 見たことないボードゲームだよ? ここが何処とか、そう言うの気にする前に遊んでみたいと思わないの!?」
「思わないよ!」
「勝手に動く駒だよ!? 謎の美少女だよ?」
「思わないよ!?」
彼女は、俺の事をゲームマスターか何かと勘違いしてるのだろうか?
確かにゲームと名がつけば、僕は意外と何でも行ける口だ。(ゲームと言う名を悪用した、数学や化学の勉強は例外)
「遊びたいなら友達とかと遊びなよ?」
「富士の樹海を突破して、この屋敷にたどり着ける子供が一体どれくらいいるでしょうか?」
「ここ富士の麓なの!?」
ブロンド少女は膝をつき、手を付いて首を垂れた。
「お願いします私と遊んでください」
「土下座!?」
「こんな密林の中に遊びに来る子供も、私に友達がいる訳も無いじゃないですか!」
「しるか!」
お願いします、お願いしますと石造りの床に何度も頭をつく少女。
何か綺麗なブロンドが、逆に彼女のみすぼらしさを際立たせてるなぁ。
僕は仕方なく彼女を抱き上げ、彼女が座っていた椅子に戻す。
不安そうに僕を見る彼女に背を向け、僕は扉の方に歩いていく。
あぁというか細い声を聴きながら、長机の端までくる。
倒れた椅子を戻し、そこに腰を据える。
ブロンド少女の瞳が、一気に煌めいたのが分かった。
「一回だけだぞ。後今度から遊びたい時は、普通に僕を誘うこと」
彼女はうんうんと、頭を上下させる。ブロンドの髪が犬のしっぽの様に揺れる。
「逃げなかったことだけは褒めてあげる! 次はあなたのスタンバイプロセスだったわね!」
彼女が言うなり、長机の中央にあった抽選機から2つの駒が出てくる。
僕は手札のカードを確認。場にある駒と盤の形状を確認。頭上に吊るされた球体を確認。手持ちの武器はサーベルとボウガン、地雷が3基。エルフの好感度はハートが2個。
「だからどういうゲームだよこれ!」