つながり
「――大丈夫? 瑠璃ちゃん……」
「う、ん――大丈夫だよ……」
「…………」
とてもではないが、そうは見えない。今や瑠璃ちゃんはさっきのように顔を青ざめさせ、足取りは重い。やはり一欠片程度の心臓では到底燃料として足りなかったのだろう。
それは分かっていたことだった。そう言う理由もあって、僕は紫澄姫を狙ったのだが、彼女は死ぬとどういうワケか勢いよく発火し始めてしまい、その心臓を奪うことは出来なかったのだ。
そして、《ジャック・オー・ランタン》の方にはすでに心臓はなく、その心臓だけが頼りだっただけに、その自体は僕を絶望させるのに充分だった。
「大志君――」
「何、瑠璃ちゃん――」
「ボク、もういいかなって、思ってる」
「――っ、な、何がだよ?」
「ボク自身の人生」
どこか満足げな様子でそう語る瑠璃ちゃんに、僕は心臓をびくりと跳ね上げる。
「こ、こんなときにそんな冗談、縁起でもないよ」
「うん、冗談じゃない、かも。なんだかもう、ボク、いろいろ吹っ切れちゃった」
「瑠璃ちゃん――君のお母さんは、幸せになってくれって言ったじゃないか……?」
「そう。――でも、長く生きることだけが幸せじゃないから」
瑠璃ちゃんはそう言って、もう片方の腕を僕に回してくる。そのおかげで、一度足を止めざるを得なくなる。
「ボク、もう今は完全に幸せ。好きな人の腕の中で――大志君の隣でこうやって最期を迎えられる」
「そんな――」
認められない。認められるわけが無い。認めることができるわけが無いじゃないか。
「ボクの体が一つの心臓で一週間足らずしか機能しなかったのは、多分あなたと出会っちゃったせい。いつも心臓バクバク鳴りっぱなしで、フル稼働し続けてたんだ。そりゃあ、燃料切れも早く来ちゃうよね。
大志君にはすごく迷惑をかけちゃうことになるけど、これでおあいこ。ボク、あなたと会えたこと後悔してない。本当に幸せだった――」
まさか、本当に僕のせい――? 僕が押し掛けたから、瑠璃ちゃんは――、
「ぼ、僕はちっとも幸せなんかじゃないよ。もっと一緒に、瑠璃ちゃんと笑っていたいよ。ちょっと自分勝手すぎるよ――っ!」
抱きつく瑠璃ちゃんの片腕を振り払い、僕は再び歩みを進める。
「うん、その通り。自分勝手でごめんね、大志君――」
「――僕はまだあきらめない。僕はどんな手を使ってでも君を救って見せる。だから、ここで待ってて」
「…………」
僕はチェックインしたホテルのベッドに瑠璃ちゃんと柘榴を横たえさせる。肩にあいた穴を隠しながらはかなり神経を削ったが、何とか部屋を借りることができた。
今の彼女を救う手立ては、やはりヒトの心臓を食べさせるほかないのだろう。今それができるのは、他ならぬ僕である。そして、こんな結果を招いてしまい、彼女の命を引っ掻き回してしまったのも僕である。
今、僕の手にはたくさんの刃物が入った瑠璃ちゃんのバッグがある。
僕は決めたんだ。瑠璃ちゃんのためならどんなことでもするって。それがたとえ凶悪な犯罪だとしても。
僕はスポーツバッグを開ける。中には斧や鉈や鋸、何でもござれの刃物群がそろいにそろっている。
ホテルなら、他にも人はいるはずだ。ことは一刻を争う。とりあえずこの包丁を持って、隣の部屋を訪ね――
僕の背後で、バンッと扉が開く音がした。
「――っ!?」
まさか、何かする前に嗅ぎつけられたのか!? そう思い、焦りと共に僕は後ろを振り返る。だったら、こいつを――、
「じゃんじゃじゃ~ん! 《人助けが好きなヒト》登場~っ!」
「――へ?」
そこには、僕の命を助けた黒いコート、白い髪の女性が立っていた。
やはり、夢というわけではなかった。今更再確認するのもおかしな話だが、《ジャック・オー・ランタン》の実体化した悪夢的気配に比べると、どうにも現実味が薄いのだ。
「お困りかな少年? お困りよね、お困りなはずだわよね! お困りすぎてお困りと言う言葉がゲシュタルト崩壊を起こすくらいお困りよね!?」
なんでこのヒト妙にハイテンションなんだろう。
「困ってますけど――どうにもならないんですよ。一つの方法を除いて」
「ふむふむ?」
「この子を見てください」
「見るからに衰弱してるわねー」
その間の抜けた返答にカチンときながらも、僕は話をつづける。
「信じられないかもしれないけど、この子の心臓を含めた体の一部は、人間の心臓を燃料にしないと動かないんです。本当は約一か月間の間持つはずだったけど、一週間足らずでこんな燃料切れの状態になって――」
このヒトは僕に、今この胸で鼓動をつづけている心臓をくれた。ならば、別の心臓をこのヒトは持っているかもしれない。
「――それで、燃料となるその心臓が今すぐにでも必要だと。だから君は包丁を握りしめてるんだね」
「はい。だから、この子に食べさせる心臓をくれませんか? お願いします、なんなら、僕の今の心臓を使ってもらっても構いませんから……ッ!」
僕が必死な想いで頼み込むと、彼女は顎に手を当て、「う~ん」と唸って見せた。
「ゴメン、無理。食用の心臓なんて、私持ってませんから」
そしてあっさりと、僕の期待は裏切られてしまった。
「――じゃあ、しょうがないですね」
僕は自らの手のうちにある包丁を、落とさぬようにしっかりと握りしめる。ならば、目の前のこのヒト自身のモノを奪うまで。命の恩人かどうかなんて関係ない。瑠璃ちゃんに生きてもらうためなら、恩を仇で返すことだって僕は平気でしよう。
「まーまー、そう焦んなさんな少年クン」
僕の心を見透かしたように、《人助けが好きなヒト》は笑顔でそう言った。
「食べさせるための心臓はないけど、その子に入れてあげられる心臓なら、今しがた手に入ったところなのよ」
「え、それってどういう――」
僕の疑問に答える事はなく、《人助けが好きなヒト》は瑠璃ちゃんが横たわっているベッドのところへと歩み寄った。
そして、懐からあの時と同じように赤黒い心臓を取り出した。
「ただ、一つだけ注意しておくことが君にも、この子にもあるよ」
「――っ、なんですか?」
「この心臓は、この子ととてもつながりの深いヒトのモノだったんだけど、だからと言ってこの子の心臓や右手や両足、片目はこの心臓と入れ替えたらそれら機能しなくなる。その中枢を務めてたのが、今の彼女の心臓だからね。つまり、ほとんど動けなくなっちゃいますよってこと。それでもいい?」
「…………」
《人助けが好きなヒト》に問われ、僕は思い悩む。
勿論、瑠璃ちゃんが動けなくなったら僕が世話をしてあげればいいだけだ。しかし、彼女は自らの体が動かない事を、どう考えるのかそれが分からない。
本人にも関わってくる事だ。そこを勝手に判断できないし、ことによっては僕が心臓を狩り続けたほうがいいこともある。
「お願い――《親切なヒト》」
「――っ、瑠璃ちゃん!?」
今にも消え入りそうな声を出した瑠璃ちゃん。《人助けが好きなヒト》は無言でうなずくと、彼女の胸にその心臓を入れ始めた。
――しばらくして、生々しい塊の代わりに作り物めいた赤い塊が出てくる。それは考えるまでもなく、人形である柘榴の心臓だろう。
「はい、これであなたは生きながらえることができました! 人を殺して心臓を燃料として補給する必要はなくなった代わりに、その手足は動かなくなっちゃったけど」
「瑠璃ちゃんっ!」
《人助けが好きなヒト》の解説をBGMに起き上がる瑠璃ちゃん。
僕は彼女が息を吹き返したのがうれしくて駆け寄った。
突然頬を張られた。
「――っ!?」
「馬鹿ッ、大志君の馬鹿ァッ!」
瑠璃ちゃんは泣いていた。こちらをまっすぐに睨みつけて。
そして彼女が飛びつくようにして僕を抱きしめてくる。右腕は僕の背中に回るが、左腕はもう動かない。
「ボクが、どんな気持ちで『もういい』って言ったか知りもしないで――本当に馬鹿だよ。大志君には、ボクみたいに汚れてほしくないのに、だからここで死んでもいいって言ったのに、それを聞きもしないで……っ!」
「瑠璃ちゃん――」
言われて初めて、彼女の意図に気が付いた。
――本当に、彼女の言う通り、僕は馬鹿だ。大馬鹿だった。瑠璃ちゃんの気持ちを考えもせずに、僕は一体何をしようとしていたのか。
僕は瑠璃ちゃんの小さな体を抱きしめ返す。いろいろな感情をごちゃごちゃに混ぜながら、強く強く、抱きしめ返す。
「うん、若いっていいね!」
――空気読んでくださいよ。
「うっわ、睨まないでよ!? わ、私恩人よ!? 恩人! 感謝が目的でやったわけじゃないけど、そんな目で見られるのは心外よ!?」
「――そう思うなら、少しは待ってくれてもいいじゃないですか」
「私はこれでも忙しいのよぅ。でもまあ、ハッピーエンドで何より何より。やっぱりまっすぐに物事を見られる若い目っていいわね!」
そう言って、《人助けが好きなヒト》は僕らに手を振って部屋の扉を開けた。
「――あなたは何者なんですか?」
「え? そう言うのって告げないほうがかっこいいと思うんだけどな~。って、前も言ったっけ?」
「…………」
「ま、あえて言うなら――そうね、その子とそっちの子の家族だったヒトかな?」
《人助けが好きなヒト》が、一瞬ちらりと瑠璃ちゃんと柘榴を見た。
「家族――ボクと柘榴の他に家族『だった』なんて、っ、もしかしてあなた、名前をつけてあげられなかった――」
「さあさあ、誰でしょう? ご想像にお任せします! 想像の余地を残すのも、時には大事だからね~」
はぐらかすようなことをわざわざ言った後、結局何者か語らずに彼女は一歩踏み出した。
「あ、そうそう」
彼女が突然足を止めた。
「気が付いてなかったかもしれないけど、ここ、ホテルはホテルでも、ちょっぴりピンクなホテルだから、いろいろ大丈夫よ~」
そう言って、今度こそ彼女は去っていった。
「…………」
「…………」
「――えっと……」
「大志君のえっち!」
「誤解だよォ!?」
瑠璃ちゃんに突き飛ばされ、彼女はその反動を利用してベッドへとダイブした。僕に背を向けて寝転ぶ姿が、僕にとっては何とも物悲しく思える。
でもそれ以上に僕は、彼女が生きていてよかったと嬉しく思っている。
「ねぇ瑠璃ちゃん。もう苦しくない?」
「――うん」
「そう。よかった――」
僕も瑠璃ちゃんの隣に寝転んだ。やはり気恥ずかしくて背を向けた状態だが。
結局、《人助けが好きなヒト》が何をしたかったのかはよくわからない。そう言えば瑠璃ちゃんがあのヒトの事を、以前彼女を助けた誰かと同じ《親切なヒト》と呼んだが、同じ人物なのだろうか?
それを瑠璃ちゃんに聞いてみようと思ったが、正直今日はいろいろあって疲れた。助かったんだ、今はそれでいい。
僕の背中に、瑠璃ちゃんが背中をくっつけてくる。
その体温に、ようやく僕は平穏を実感する。
安心したら眠くなってきた。
明日は住む家を探さなきゃね。僕と瑠璃ちゃんが住む、新しい家を。
この話で一度「My 彼女 is ジャック・ザ・リッパー」を終わらさせていただきます。いろいろ拙い箇所はあったかと思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございました!
9/12 微修正
11/4 微修正しました!