かくて世界は廻る
タイトルは、レイラの初恋(http://sinai.3.tool.ms/)さまよりお借りしました。
「お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま」
女は骸を見ては噎び泣いた。骸となった何よりも愛しい姉を想って泣いた。美しい顔を歪めて泣いた。
「お姉さま、わたくしの醜いお姉さま。醜くて醜くて、それでも生きていたではありませぬか。それなのに、ああ、ああ、なんということにございましょう」
女は泣いて、泣いて、怨みますわ、と低く唸るように呟いた。そしてぞろりと目前の男を睨み付けてまた言った。
「怨みますわ。お前はわたくしからお姉さまを奪ったのですもの。わたくしのお姉さまを、お前なんぞに、お前なんぞに」
女は尚も言い募った。
「なにゆえお前は殺したの。なにゆえお前は殺せたの。お姉さまはわたくしのお姉さまだけれども、お前にとっての姉でもあるでしょう。それなのに、どうして殺めることなぞできましょうか。なんてなんて、薄情な男にございましょう。ああ、可哀想なお姉さま」
男は骸を抱いてそこにいた。骸だけを見つめていた。そしてそのまま己を憎々しげに睨む女をくつりと嘲笑った。
「全て此奴が望んだことだ。俺に殺されることを望んでいたのだ。何よりも望んでいたのだ。花も服も宝石すらも、何もいらぬと言った此奴が唯一望んだことなのだ。なんて愚かで愛おしいのか」
女は唇を噛んだ。きりきりと音が鳴るほど噛み締めた。そんなこと、と女は思った。そんなこと、と心中でまた繰り返した。
――そんなこと、そんなことくらい、とっくの昔に分かっていましたわ。だって、お姉さまのことですもの。
「それでも、それでも、わたくしは生きていてほしかったのです。お姉さまに、生きていてほしかったのです」
女は半ば叫ぶ様に言っては再び泣き崩れた。地に伏せるようにしてわあわあと泣き続けた。
「ああ、お姉さま、お姉さま」
女はもの言わぬ骸に縋らんとそのほっそりした腕をのばしたが、男はそれを許さなかった。女の腕は届くことなくぱたりと落ちた。骸はしかと男に抱き抱えられていた。さも男のものであるのだと言わんばかりな様子であった。女はそれを見ては募る悔しさに地を掻いた。がりり、と不快な音をたてた。女の爪が欠けた。
「怨めしい、怨めしい、殺してやる、殺してやる、殺してやる」
女の声には並々ならぬ憎しみが込もっていた。それはさながら呪咀のようであった。しかし男は全く意に返した様子もなかった。俺は死なぬ、と女には目もくれずに言った。
「俺は死なぬ。俺の命は此奴に遣った。俺の命は此奴のものなのだ。俺は決して死なぬ、此奴が俺を殺すまでは」
男が続けて言うと、女は泣き濡れた顔をそのままに、けたけた、けたけたと笑いだした。その可笑しさを、その滑稽さを、嗤った。
「何を馬鹿なことを。お姉さまはもはや動かぬ骸となったのです。お前を殺すことなどどうしてできましょうか」
それでもだ、と男は言った。
「何を馬鹿なことを。死なぬものなどないのです。それはお前もまた然り」
それでもだ、と男は言った。そして男ははじめて骸を見下ろす顔を上げて、己を睨む女を見た。男の藍色の瞳がぎらりと光った。
「俺は死なぬ。此奴が俺を殺せぬのなら、いつまでも、いつまでも生きてみせよう。それが例え世の条理に反することでも」
男は淡々とそう言った。淡々としたなかに優しいものが混ざっていた。女は言葉が出なかった。何かを言わんと口を開閉させるが、何も言えなかった。男を嗤うことすら、出来なかった。男はそんな女を一瞥するともはや話すことはないと思って骸を抱えたまま去って行った。
「なんて、なんて愚かなのでしょう」
残された女はぽつりと呟き、そして静かに涙を流したのであった。
これにて完結ですが、番外として、過去の話などを書こうと考えています。気長に待っていただけると幸いです。