口紅ってさ。
「口紅ってさ、何でこんなニガいの?」
「いきなりキスしといて何その言い草」
頬をつまむ力は弱くて、あんまり痛くない。ちょっとスネてるだけなんだろうけど君はむくれがお。
街頭でしかも出会いがしらでなんて、昔ならひっぱたかれてたとこなのに。
久しぶりのデートで浮かれてるの俺だけじゃないって事でOK?
「化粧品が苦いのは、ナメると身体によくないって教えてくれてるのよ」
「じゃあ何でそんなのすんの? 素顔の方が俺は好きだけど」
駅前は人が群れている。
だが、多いからこそ、別に周りを行き交う人達は恋人達の事など気にしていない。
抱き寄せようとするとサラリとかわされる。
「折角綺麗にして来たんだから、まだ崩しちゃダメ。いーい?」
化粧はずっと肌に載せているとどうしても崩れてしまうのだそうだ。だから、会う前に直して来てくれてるんだろう。
そう思うと何だかもったいない。
「じゃ、後で」
君は囁きに知らん顔をして、でも僕がつないだ手をきゅっと握り返してくれた。