思案
「話しかけてくる、記憶。ですか」
「ああ。今まで一度も無かった。その反応だと、経験した人はいないみたいだな」
「いいえ、普通にありますともさ。でも、普通は記憶だからシチュエーションに合った言葉がナチュラルに。出てくるはずです」
「そこで喋ることができなかった私が、初めてと」
「相成ります」
「ふむ……」
感謝九玉の存在自体が不思議なのだが、その不思議の中でまた不思議なことが起こって、私の頭の中はさながら不思議という字の大規模デモ行進中。分かるわけがないだろう。
隣の彼女も原因が分からないらしく「うーん」とか「とぅとぅとぅ」とか「すぴー」とか唸りながら考えている。
「起きろ」
「はっ、失礼失礼」
さすがに寝息を立てながら思案に耽る者はいない。
しかし二人で考えた所で答えなど出るはずが無いのだ。私たちは専門家でもなければ、特に知識や教養を人一倍蓄えているというようなこともないのだから。
「いかが?」
彼女が粒状のチョコレートを差し出してくる。
「ありがとう」
口に含むと、マフィンの味がしたと思ったら急に紅茶の味がしたり、まるで舌の上で転がす度に口の中でティータイムが開かれているような感覚。
これはチョコレートではなく『お茶会の粒』と呼ばれる食べ物で、この集落では午後三時ぐらいになるとこれを含みながら談笑しあうのが雅びとされているとか。共同体の規模と文化は必ずしも比例しないことを感じる。あのスーパーハイテクハウスとかも含めて。ちなみに庶民味・貴族味の二種類があり、今食べたのは庶民味。オーソドックスな洋菓子類とダージリンやアッサムといった一般的な紅茶の種類を味わえる。貴族味はその名の通り庶民味に感じられる味全般のグレードがちょっと上がり、物々交換が基本のこの集落では味と同じくちょこっと高価値らしい。
しかしそんなお茶会の粒を含んでみても、湧き出るのは味蕾の刺激に対する幸せだけで、目下の問題が解決するような名案はおろか手がかりさえ浮かびはしない。
少しだけ、ほんの少しだけ「どうでもいいかなあ」などと思ってしまったことは今後一切において他言しないだろう。
終わらない思案の渦の中にずぶずぶと足を取られる。
昼食はアネリの家で出されたスープ(超美味かつ超ボリューミー!)だったので、紅茶の香り効果も相まってなんだか眠たくなってしまう。眠気をおして考え事をするのは非常に効率が悪いことを私は知っている。ということで、
「今日は帰るよ。また明日来る。それまでにこっちでも色々と考えておくよ」
「ありがたきことです。また、良い日に」
集落の南にあった窪んだ茂みを引き返してから自分の部屋まで戻った記憶が無い。
気がついた時には自室のベッドの上で横になっていた。
キッチンの方にある時計を寝ぼけまなこで見ると、丁度新しい日の始まる時間であった。とはいってもまだまだ陽が昇るのは随分と先であるが。
記憶が無いというのは不安になるものだが、服や体に別状が無いのを確認すると、そこまで考えこまずにキッチンにあったポットでインスタントコーヒーを淹れ、その真っ黒な液体を啜る。
「やっぱりコーヒーはドリップが一番だな……」
インスタントコーヒーとはカフェインの摂取のみを目的とした医薬品ではないかとさえ思えてくる。香りは無し。味も無し。雑味ではないと思いたい苦味だけが存在する黒いお湯。もちろんだ。これは賞味期限だか消費期限だかがとっくの前に切れた、インスタントコーヒーでなくとも美味しくなくなっているはずの年季入りの物だからである。
しかし起き抜けにドリップコーヒーを淹れるほどの気力は無かった。
私はキッチンの隅に置かれたコーヒーサーバー・ドリッパー・ペーパーフィルター・まだ新鮮であるはずのグァテマラ産コーヒー豆・手動コーヒーミル・コーヒーカップふたつに漫然と視線を巡らせて、いかにも面倒ですよといった具合に嘆息を吐く。これから考えなければならないことにも。
「話しかけてくる記憶か」
もちろんそんなことは聞いたこともなく、部屋にある数少ない本に書いてあるはずもなく、あれこれ思索に耽っていると哲学的な考えにまで至ってしまう。仕方が無い。
「記憶が寂しがっている……とか」
子どものような幼稚な発言を恥じる。
ここには私ひとりしかいないとはいえ、このような思考が空気に響くということそのものが羞恥心を駆り立てるのだ。
とは言うものの、
「分かんないなあ」
先ほどのような幼稚で強引な結び付けぐらいしか思い浮かぶものは無く、それが発せられるプロセスに一切の論理性は介在しない。常識とか論理とかいったフィルターを通すと、そのどれもが余すことなく濾し取られて、そこから私というビーカーに注ぎ込まれるのは非情な『時間の無駄』という透明で鬱屈な水だけとなってしまうのだ。解決という恵みが水の中に投げ入れられるのは果たしていつになるやら。
「……あー」
遠い未来のように思えた。
いつの間にか脳内は、記憶のことから無駄な思考時間の存在意義へと議論内容を変えて、更に哲学的でそれっぽいことを次々に叩き出していった。それ自体が無駄なことも分かっていたのだが、それが収まることはなく、次第に曖昧へと繋がっては遠のいていったのだった。つまり寝落ちしてしまったのだ。
薄かったか、インスタントコーヒーよ。
変な悔しさは夢のフィルターに濾し取られて、窓からの光に起こされる頃には消えていた。