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えんじぇるハイツ  作者: 安荷唯我独尊
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九話


僕は、そんな楽しげな光景に、計算に入れるべき事項を、考えれていなかった。

こんなにも、時間がたってしまうと、もちろんのことながら、復活しちゃうよね、チンピラ。

気を失っていた奴は、まだ寝ているけれど、もうろうとしつつも、意識があった奴もいるわけで、その筆頭が、さっきの親玉二人組。

その、二人組が起き上がり、口論のさなかの二人組の方に襲いかかった。

もうろうとしている故か、声は発さず、揺らめいて迫る姿は恐怖そのものだった。

ヤバい。あの二人気づいてない。

「おいっ! 危ないぞっ!」

僕は、注意を喚起した。だが、絶対的に間に合っていない。このままでは、あの巨漢の拳に押しつぶされてしまう。いくら魔法の腕が立つとはいえ、肉体自体は生身の女の子。あんなものを食らったらひとたまりもないぞ。

僕は今、彼女らと少し距離を取っていた。まさしく一触即発、といった状況で、魔法戦に巻き込まれたらたまらないと距離を取っていたんだ。

くそっ! こんなことなら、早くリズさんの待つパラダイスへゴートゥーヘブンしておけばよかった!

比較的に近くのレベッカちゃんなら間に合うか? 近くにある物は? 最善の策は、半ば賭けだった。

「おりゃああああああああああ!」

僕は、駆け出し、その過程で台車の上の荷物から、何かを引き抜き投げ飛ばした。

そして、予想通り、レベッカちゃんのもとには、ギリギリ間に合った。これでおしまい。

僕は、レベッカちゃん側の巨漢に飛び込み回し蹴りを決め、止まらずジャスミンちゃん側の巨漢まで進む。

投げた何かは、大きなクマのぬいぐるみだった。それを顔面に食らっていたジャスミンちゃん側の下種は、振る拳がワンテンポ遅れていて、それは、僕が詰め寄るには十分な時間だった。拳をみぞおちに叩き込み、予想ではなく本当にこれで終わったのだった。

「ふう」

僕は、ほっと胸をなでおろした。そして格好をつけた。

おいおい、これはカッコいいんじゃない? たくましいんじゃない? 見直してくれちゃったりしたんじゃないかぁあい?

「なんですか? その顔。カッコいいだろ感が強すぎます」

おうっ。やはり見透かす。いや、溢れ出す僕のカッコいいだろ感がいけないのか。

「でも、カッコよかったでしょ? 僕、かなり頑張ったよ?」

「たしかに、頑張りは評価できます。実際、私も助けられているわけですからね。でも、それがカッコよさに繋がっているかと言えば、また別の話です」

本当に辛辣だな。伝家の宝刀をもう抜いてしまいたくなるよ。だけど、僕は大人だ。クールにいこうぜクールに。

「ちょぉっとぉお!? レベッカちゃぁああん! どーして、魔眼なんてあだ名、いいえ、二つ名を手に入れちゃったのかなぁああ?」

「はぁあああああ!? 今それを言いますか!?」

大人げなくてすいません。でも、僕は悪くない。悪であったとしても、悪くはない。

レベッカちゃんとジャスミンちゃんの舌戦とは比較できないほど幼稚な言い争いを、僕とレベッカちゃんはし始めた。いや、レベッカちゃん、もっと僕を口でリードできるはずだろう?

そんな幼稚な争いに介入するのは、ジャスミンちゃんだった。彼女は、僕らに寄ってきたと思えば、クマのぬいぐるみを抱きしめ、何かもじもじしたまま口ごもっていた。

あー、なるほど。そういうことね。僕は、現状を理解し、最良の言葉を彼女にかけた。

「あはは。そのぬいぐるみ、欲しいならあげるよ?」どうせ、あんな野郎の顔面にヒットしたぬいぐるみなんて、リズさんに渡せようもないのだから。

「ええっ!? でも……」

「いいんだよ。それは君にあげる」ま、その年でぬいぐるみが欲しいなんて言い出しにくいわな。そう思い、僕は彼女を後押しするのだった。

「あ、ありがとうですわ」

ジャスミンちゃんは顔をクマにうずめ、僕にお礼を言った。

「どういたしまして」

僕は、そう返すやいなや、レベッカちゃんの手を引き、また同じことが起きる前に退散することにした。

「じゃあ、ジャスミンちゃん。また会うことがあれれば。君も早く帰るんだよ」

どうだろうか? なかなか無責任かもしれない。あんな危険な状況に陥った女の子を一人で帰すなんて。だがまあ、彼女の強化魔法はとても強力だったし、万一奴らが何かアクションを起こしても、逃げ切るのは容易だろう。

「あ、あの」

ジャスミンちゃんに呼び止められた。やっぱり一人は不安なのかな。僕は、失礼なことをしたな、と思い振り向いた。

「お名前は!?」

「ランドー・カサネ」

割合に予想外の質問だったので、とっさだったが、普通に答えてしまった。あれー、僕まだ名乗ってなかったのね。あまりにもレベッカちゃんと仲良ししてるからじゃないかな? ジャスミンちゃん。

「ランドー。ランドー様……。ありがとうございましたですわ!」

そういうと、彼女は今日一番のスピードで僕らの前から姿を消すのだった。そんなに怖がることもない連中だろうに。

僕の隣で、レベッカちゃんがため息をつくのが見えた。




僕は、レベッカちゃんの三歩後ろを歩いている。さながらよき妻のごとくである。

僕の手の中には、食材の入った袋がある。ちなみにレベッカちゃんは台車を押している。

なぜか、それは簡単。卵も入っているんだから、台車に乗せたらだめでしょう! ということです。それにレベッカちゃんが気づいた時には、もう手遅れだった。というか、台車を借りて、彼女らのところに持っていった時点で、もはやいくらかおじゃんだったのだ。

これじゃ、オムライスには足りない。そこで、もう一度、卵を買いに行き、もう一度、チンピラを成敗したのだった。最初の五人組は戦意喪失気味だったんだけどね。

「あーもー、あなたの所為でどれだけ時間がかかったと思っているんです?」

「面目しだいもございません」

日は傾くどころか、姿を消し、あたり一帯は余熱のようなかすかな明かりに守られている。

そんな時間まで買い物をしている予定などなかったのだ。レベッカちゃんには帰す言葉もない。こんな調子で尊敬される義兄になれるのだろうか?

僕が、しばらく黙っていると、レベッカちゃんの方から声をかけてくれた。

「あなたは姉さんの依頼ならば、なんでもきいてしまいそうですよね」

その質問とも言えない確認のような言葉の真意は僕にはわからなかった。だが、一つ言えるのは「もちろん。リズさんの頼みならね」ということだった。

その返答にレベッカちゃんは、少し困ったような顔になった。

「だったら、もう帰った方がいいかもしれませんよ」

それは悲痛な表情だった。今日一日だけの付き合いだけれど、僕は彼女がこんな顔をするようなタイプには思えなかった。

「どうしたんだい? そんなに危険な依頼なのかな?」

「ええ。とても危険だと思います。なにせ、私たちのお父さんが命を落としたんですから」


「お父さんが?」

僕は聞き返した。それは僕がはぐらかされてきたことだったから。

「詳しいことは、夕飯のあとに姉さんが話してくれるでしょう」

また引き伸ばしか。落胆しないでもないけれど、いつ話してくれるのかわかっただけでも、知的好奇心は抑えられようもの。

「レベッカちゃんは、リズさんが僕にしようとしている依頼の内容を知っているのかい?」

「完璧に把握しているわけじゃないです。でも、大体の想像が付きます。姉さんは優しいですからね」

何を当たり前のことを言っているんだこの子は。リズさんが優しいなんて当たり前じゃないか。

だが、僕は、彼女の言わんとすることを悟った。

危険な依頼。それを依頼するのは優しいリズさんだというのだ。

「それは、つまり、リズさんが危険なことになる依頼ってわけか」

僕が危ない目に合う依頼なんだろう、言葉の上では。リズさんは、性悪だと言った。言葉では僕に気を使わせないようにするが、すべての危険を自身で被ろうとするのではないか?

「そんなところですかね」

レベッカちゃんは肯定した。おそらく僕の思考も含めて。僕は、リズさんのことならすべて理解できるような気がした。

「うん。先に聞いておいてよかったよ」

僕は、これが事実だとしてリズさんの頼みを断ることができるだろうか? リズさんは僕が拒否したら引き下がってくれるだろう。だけど、僕の性格として、彼女の頼みを断れる気がしないのだ。

僕は、困った表情でレベッカちゃんに心配をさせないように、別の話題を振る。

「それにしても、レベッカちゃんは本当にリズさんのことが好きなんだね」

「なっ……、当たり前でしょう! 姉さんなんですから」

「じゃあ義兄さんのことは?」

「いったい誰のことでしょうか? そんな人は存じ上げておりません」

うーむ辛辣。もうちょっとね、誰が義兄さんですかっ! くらいかわいげのある返事ができないものかね。

「かわいげがないなぁ。僕の目が覚めた時の甲斐甲斐しさはいったいいずこへ?」

「あれは、あなたがただの客人だった時の話でしょう? そんな昔のことをぶり返されても」

「ええ? そんな昔のこと? 今朝の話じゃないか」

この一日を、そんな昔と言い放てるほどの心境の変化とはいったい何なのか。彼女に何があったのかを僕は知らない。いや、教えてくれたんだけどね。

「私の態度の変化は、あなたが姉さんに告白したからです」

あふれる気持ちを抑えてさえいたら、もっと友好的な態度になられていたのでしょうか? だが、そんな地獄のような状況は精神的被

虐嗜好の保持者ではない僕には耐えられないこと請け合いだ。

「お姉さんが大好きなんだねぇ」僕のloveの方が勝っていることは言うまでもないけれど。

僕の茶化しに、少々むっとしたご様子のレベッカ嬢。姉についての話は、好きなようで実は苦手なのかもしれない、そう思った。

「姉さんは、しっかりしているようで天然な気がありますからね。あなたみたいな、馬の骨に騙されるかもしれない。だから私が、姉さんに群がる馬の骨を検閲するんです」

検閲ね。この調子だと全部を廃棄処分してそうだけどね。馬の骨のスープを作る気はないように思える。

「なるほど、検閲の対象には辛辣にもなろうものよね」

「よね? まあ、そんな感じです。家族、友人、他人、馬の骨、と態度が変わると思ってくれれば大丈夫です」

おいおい。ジャスミンちゃんが抜けているぞ? それとも、あれは友人のくくりなのかな? だとすれば、友達はジャスミンちゃんしかいないだろうな。未来の義妹の行く末が心配になった義兄であった。

「ジャスミンちゃんは?」

「はぅっ!?」

レベッカちゃんは顔を赤らめ俯いた。ふう。どうやら僕の心配は杞憂のようだ。義兄を心配させるもんじゃないぜ? マイシスター。

「誰がマイシスターですか!?」

レベッカちゃんに足を踏まれた。手の紙袋が落下しちまうぜ、そんなことをされたら。僕は、うるんだ瞳で訴えた。でも伝わらない。いまだにじり続けている。なぜ? さっきは僕の心を読んだじゃない!

「何言ってるんですか? 普通に声に出してましたよ」

マジかよ。僕の感情のストッパーは喉にはついていないのか? それともリズさんの魔力がそうさせるのか。これは明らかに後者だ

ね。

これは、思考と言語化の乖離だ。学会で発表できるぞ! そんなことはないけれど、自分の心の中で、結構衝撃的だったこの事実を、ふざけることでうやむやにしたかった。

「ははは。この話はよそうか」

僕は、頭で考えてることを意識せずに口に出してる、って病気じゃないですか、とか核心を突いてくるレベッカちゃんに対して、話をうやむやにした。

そのあと、僕らは少しの雑談をし、リズさんの待つ、スウィートホームにたどり着くのだった。


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