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えんじぇるハイツ  作者: 安荷唯我独尊
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八話


「あー、ちょっと待ちなよお兄さんがた」

僕がそう言いながら台車を連れて近づいていく。それとほぼ同時くらいのタイミングで、お兄さんがたの強く変わったお言葉に初めて反応するお嬢さんがた。反応と言っても、人に対するそれとは言い難かったが。

「おい! 無視してんじゃねえぞ!」

「あー、もう。うるさいですわね」

その反応を返したのはジャスミンちゃんだった。そんな、おざなりの極みのような返事。それはまるで、耳元を飛ぶ蚊に対する言葉のようで、すぐにレベッカちゃんに言葉を戻した。

「なんだか今日は、虫がうるさいですわね」

「そうですね。とても不快です」

あー、ひどい。さすがにそこまで言わなくてもいいじゃん。彼らだって必死なんだよ? あの悲痛さを鑑みるに、おそらくどこかにボスがいて、おいお前ら、女連れてこいや、状態なんだよ。多分ね。だからもう少し相手になってあげよう? 虫扱いはやめてさ。別についていきなさい、とは言わないからさ。

『ああああん!?』

案の定、ブチギレたチンピラABCDE。明らかに挙動が暴力に動いているので、これはヤバいぞと、とうとう助けないといけないぞ、と思った。

だが、僕も、そして彼らも動かなかった。多分、心根は優しい人たちなんだろう、ポーズだけで手は出そうとしていないのだ。少なくとも、女性に手は出さないんだろうな、と思わせた。僕にはそんなポリシーのある人たちを制裁することなんてできなかった。まだ話し合いの余地はあると思っていた。その思いが手遅れにさせたんだ。

『ぐわぁあああああああああ!』

彼らが、もう手遅れだった。


僕は一瞬の出来事に何の行動も起こせなかった。絡まれている側だったはずの彼女らが、僕が反応できないような速さで、五人をのしていたのだ。

僕は、一応冒険家として、少なからずの戦闘経験を積んでいる。並みの人間よりかは強いと自負していたけれど、その思いは改めるべきのようだった。

僕も、あの五人くらいなら一人でどうにかできると自負している。だが、彼女たち二人は、僕にはない力、つまりは魔法を用いて、僕にはできないであろう瞬殺、殺してないけど、を決め込んだのだ。

僕も、魔法を使う人間とやりあったことがないわけではない。不死身の薬を取り合ったり、もちろん偽物だったけれど、不死身の薬を奪おうとしたり、もちろん偽物だったけれど、と何回か経験があるけれど、ハッキリ言うと、彼女らが一番強いと僕は感じた。まあ、極力戦闘は避けるようにしてきた僕が言うのもなんではあるけど。

「ふう。片付きましたね」

「私の方が、一人多く倒しました」

「いや、雑魚を一人多く倒したくらいで、いい気にならないでほしいですね。少なくとも、私が倒した二人は、あなたの三人より強かったと思います」

「はぁあああああああ!?」

ジャスミンちゃんの咆哮。魔力の名残のせいで、ものすごく周囲に迷惑をかけている。

魔法は確かにすごい技術ではあるけれど、基本的には学校で習うものだ。リズさんの言う通りなら、僕みたいなのはめったにいないそうだから、チンピラもそれなりに魔法を使えるんだろう。

だが、圧倒的に修練度が違った。いや、まあ、彼らは魔法を使う暇も与えられなかったので、正確には比べられないけどね。彼らも実は強いんじゃないかと信じている。

僕が、呆然としていると、倒れているチンピラの一人が、何かに気が付いたように叫んだ。

「もしかして、〈魔眼〉レベッカと、〈魔人〉ジャスミンか!?」

ええ~? 魔眼? 魔人? そんな二つ名みたいなのあるの? というか、レベッカちゃんは、やっぱり魔眼を……。

「何ぃいいいいい!? あの『双頭三尾の魔獣(トリプレッタテイルズ)』かぁああああああああ!?」

とりぷれったているず? コンビ名まであるんだ。すごーい。

「あー、いや、すごいねお二人さん」

「なんだオメエら? 遅いと思ってきてみたら、のされてんじゃねえか!」

「ったく、情けねえなあ!?」

返ってきたのは、僕が思っていたお二人さんではないお二人さんからの返事。ま、僕に話しかけてきたわけじゃないけど。

どうやら、本当に親玉がいたようだ。さっきのゴチンピラーとはランクが違うと、一目見て理解できる。それほどに、ふたりはムキムキマックスハードだった。

確かに強そうだけれど……。

「おいおい姉ちゃんたちかわいいじゃねえか」

「俺たちと一緒にお茶しないか~い?」

はっはデジャヴ。ステレオタイプなデジャヴだよ。そんなことを言ったら、また……。

『ぐわぁあああああああああ!』

やっぱりね。思った通りだね。同じことになることはわかっていたんだけど、それを止めようとしなかった僕は悪でしょうか?

「あはははは。すごいねお二人さん」

僕は、もう一度、台車を押しながら声をかけた。

「別に普通ですよ」「当然の結果ですわ」

やっと、まともに返事がきたよ。正直、疎外感で押しつぶされそうだったの。お兄さんガラスのハートなんだかんね?

「それにしても、魔眼に魔人ね」

『っ!?』

ははあ。どうやら触れられたくないところのようですね。僕は、それを察知し、触れないように気を使ったんですが、彼女らの性格がいけないよね。

「あなたが! あなたが魔眼なんて呼ばれ始めるからいけないんですわよ!」

「はいぃ? 私だって呼ばれたくて呼ばれてるわけじゃないですぅ!」

「そうでしたっけ? 呼ばれ始める原因ってたしか……」

「うあああああああああ!」

彼女らの性格がいけないよね。そんな話をされたら、知りたくなるじゃないか。

「ジャスミンちゃん、いったいどんなお話があるんだい?」

「ちゃ、ちゃん!?」

ジャスミンちゃんは頓狂な声を上げた。ああ、そういえば許可を取っていなかったな。いきなり、ちゃん付けは失礼だったか。レベッカちゃんにも、同じことをしたはずだけれど、レベッカちゃんはどんな反応をしていただろう。ま、少なくとも受け入れてくれてはいたんだろうな。

そんなことを考えつつ、レベッカちゃんの様子をうかがうと、彼女は僕に魔眼を発動していた。掘り下げんじゃねえよクズが、って目だろうな。多分。

「あ、ごめんね。いきなりちゃん付けは馴れ馴れしすぎたかな?」

「いえ、全く持ってかまいませんことよ!」

ジャスミンちゃんの、その言葉で僕はすごく安心した。けど、心なしか顔が赤いような。無理しているのかも。だけれど、これこそ掘り下げるな、といった話だ、僕はそう思い、改めることはしないと決めた。

「で、どんなお話だい?」

僕は、もう魔眼には屈しないと決めたんだ。ああ、でも痛い。視線がジャックナイフだよレベッカちゃん。

「ふふふ。これが傑作なのですわ」

「それ以上言うと、あなたの頭を傑作な芸術作品に変えてしまいますよ?」

「あれは、魔法学院初等科四年の時でした」

ジャスミンちゃんは気にせず話し始める。が、僕にしてみれば聞き漏らしておけないような単語が含まれていた。

魔法学院? それは、魔法を学ぶことに特化した学校だ。本来、通常の学校では、生活に必要な、ある程度の魔法しか習わないそうだから、あの実力差にも納得というものだ。

レベッカちゃんってば、そんな学校に通っている素振りなんか全然なかったよ? 魔法学院の卒業生は、基本的に従軍すると聞いているしね。何しようか迷うこともないだろうに。

「おりゃああああああ!」

「そんな、冷静さを欠いた攻撃では、私に傷一つつけることもできませんわよ!」

レベッカちゃんは、かなり本気で、ジャスミンちゃんの口をふさごうとしていた。さすが魔法学院、と言いたくなるような、多彩な魔法を繰り出している。

そんなレベッカちゃんの猛攻を、すさまじいステップでことごとく躱すジャスミンちゃん。

そして、舞うように僕に物語ってくれるのだ。

「たしか、魔法の授業の時でしたか。授業のたびに、レベッカは先生の見せる魔法を必ず一発で成功させていたのです。レベッカは人よりも魔力の動きがよく見えているのですわ。それは、私にはない才能ですので、正直にすごいと思っています」

そこで言葉に一区切りつけ、さらに、レベッカちゃんを煽る。

というか、ジャスミンちゃんって、そりが合わない人のことでも、きちんと褒められるんだ。すこし意外だった。

「ですが、すごいで済まされない子がいたのです。そして、その子はレベッカに聞いた、どうしてそんなにすぐにできるのか、と。そして、レベッカはこう答えたんです」

オチの直前にジャスミンちゃんは一拍置いた。いいの? オチの内容、僕、おそらくわかっちゃったよ? でも、レベッカちゃんがそんなことをね。

「私には、魔眼がある! 選ばれた人間なのっ! ですって!」

うん。予想通りだったけれど、なかなか面白い小話だったな。このネタさえあれば、将来的に、なめられた義兄にならなくて済みそうだ。

「ふふふ。どうやら私の勝ちのようですね?」

「強化系の魔法を使って、ただ逃げ回るだけで自分の勝利になるなんて、どんだけハッピーな頭してんですか?」

「負け惜しみにしか聞こえませんわ!」

強化系ね。なるほど、それであんなに素早く動けるわけだ。見て気づけよ、という話ですね。

僕は、高らかに勝ち誇るジャスミンちゃんに、悪いとは思いながらも水を差した。つまり、「で、魔人の理由は?」と。

はっと我に帰るジャスミンちゃん。額には汗がにじんでいる。

キラーン、と効果音が出そうなほどに輝く魔眼。僕は獲物を前にした魔獣の姿を目撃した。怖い。

「はーはっはっは! あなたは知りたがりすぎですよぉ! そんな知的好奇心に、私が答えてあげましょう!」

「答えなくても、大丈夫ですからぁあああああああ!」

完全に立場逆転であった。

だけど、レベッカちゃんは、ジャスミンちゃんのようにできるのだろうか? 少なくとも、ジャスミンちゃんが強化系の魔法を使って、回避している間、レベッカちゃんは、そういったものを使っているようには見えなかったからだ。

ジャスミンちゃんは、さっきと同じように、超速で連打している。だが、レベッカちゃんは、それを紙一重で避け続け、一向に当たる気配がなかった。

「あれは、私のあだ名が、魔眼に定着し始めていた頃のこと」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

「遅いですねぇ。そんなんじゃ、私に傷一つつけることができませんよ!」

ジャスミンちゃんとは対照的に、挑発的に煽るレベッカちゃん。それで、僕は理解した。

あの回避力は彼女の眼によるものだろう。魔力の動きがわかる眼だと言っていた。つまり、強化系の魔法を使っているジャスミンちゃんの動きは、魔力と一緒にわかってしまうんだ。

だから、冷静になられては困ると、煽っているんだろう。

「当時から、私たちは今と似たような関係性でした。つまり、互いのことが気に食わなかったんです。互いに、自分の持っていないものを羨み、そして、自分の持っているものを得意げにひけらかす。そんな関係」

気に食わない、ってねえ。聞いてる限りじゃ普通に仲良しにしか聞こえないけれど。

「そして、ジャスミンは羨んだ。私のあだ名を! その時の滑稽さったらありませんよ。私のあだ名を広めた子に、私にもあだ名を! ですって! いや、その子が付けたわけじゃないですし、ものすごく困惑していましたよ。それに怒って、ジャスミンは、今みたいな状態になってしまいまして、その子に手を出そうとしちゃって、これはいけませんね、ということで、私が割って入り、その……ことの詳細を伝え、名乗りだしたのが」

レベッカちゃんも、やっぱりオチの前には一拍おくんだね。話のテーマが固定だったもんだから、またオチがわかってしまったけれど。なんというか、二人ともそんな感じの子供だったんだねえ。

「超高速の美神ライトニングヴィーナスです。ライトニングヴィー

ナスなんですっ!」

おおう。一歩先行くそんな感じさだった。

「ですが、そんな、あだ名が定着するはずもなく、というか定着していたら、もっと面白いことになっていたんですけど、結局、噂を広めた子が、ジャスミンの気迫に恐怖してしまって、あれは魔人だ、なんて言った言葉が今のあだ名につながっているんです」

かたくなに、二つ名だとか異名だとか言わず、あだ名って言ってるところに、過去に対する後悔がうかがわれる。

全てを語り終えた時、ジャスミンちゃんは崩れ落ち、レベッカちゃんは、それを勝ち誇った顔で見下ろすのだった。こんな時にも魔眼は発揮されている。

「卑怯ですわ! あなたのその眼!」

「私にはない才能ですので、正直にすごいと思います、なんて言っていたのはどこのだれでしたっけ?」

「ううううううううう!」

僕は無性に、このお互いに、一勝一敗でドロー、みたいな空気を打ち破ってみたいと思ってしまった。こんな、見方によっては、ほのぼのとした、逆に見方によっては、殺伐ともしているわけだけれど、そんな空気を打ち破りたいと思う僕は、空気の読めないやつでしょうか?

「トリプレッタテイルズで一勝一敗。やっぱり、チームメイト同士では強さも同じくらいなんだね!」

はは、二人とも顔が引きつってるよ? どうしたい? どんな事情があるんだい? そのコンビ名には!

「そうだ、トリプレッタテイルズ、の由来はなんなんだい?」

できる限り、ただの好奇心を装って、さわやかに聞いてみたけれど、僕の心を読んじゃうような子がいたことを忘れていたよ。

その子が、ずんずん僕に近づいてきて、僕の足を思いっきり踏みつけた。

「のうっ!」

なにしゃーがんだ!? いや、悪意に満ち溢れていた僕が悪いよね。

「すみません。こればっかりは、私たちお互いの名誉のために、引き下がっていただけると……」

今まで、多少なりと好意的だったジャスミンちゃんが、今はっきりと僕に険を発した。ええ? そんなに外に悪意が漏れてた? 僕の感情制限能力の低さがうかがえる。というか、そんな粗末な感情制限だったなんてリズさんの前の時なんていったいどんな状態だったのか。レベッカちゃんに訊くのは、恐ろしすぎる。僕は、この発見を心のうちにしまっておくことに決めた。うん、ゴートゥー墓地っす。

「だいたい。トリ…むにゅむにゅも、レベッカ! あなたの所為でしょう!」

「また、責任転嫁ですか? 見苦しい。あのときだって、最終的に命名したのは、あなたじゃないですか!」

「むうううううう! でも、直接の原因はレベッカでしょう? それをなきもののように扱うのはフェアじゃありませんことよ!?」

「それは、わかっていますが、でも・・・・・・」

またもや、口論に突入。そして、その結果、命名の過程が僕に筒抜けになってしまったのだが、それは彼女らの名誉のために伏せておきたい。いやあ、そんなことがねえ。


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