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「……………………、教えろ」
低く、低く、シュバイツは呟いた。
悪魔の娘は良く聞こえなくて、小さく首を傾げた。
物凄い勢いで振り返ったシュバイツは少女の細い肩を掴んで言った。
「この悪魔の居所を教えろ!!」
その瞳は怒りに燃え、狂気の色さえ覗き始めていた。
悪魔の娘は胸に沸き上がる喜びを押さえきれなかった。
彼女の表情にこそ、シュバイツは目の前が真っ暗になるような怒りを覚えた。
その感情をぶつけようとした時、それを先んじるかの様に悪魔の娘は口を開いた。
「いいわ、教えて上げる」
昂った感情で強張っているシュバイツの頬に指を添えて、彼女は囁く。
「もっと、もっと、その心に憎悪を宿して。……私を楽しませて!」
声に合わせて、風の奔流が起きた。
それは二人を包み込み、周囲の景色は一変した。
「ここは……」
見覚えのある風景に、シュバイツは戸惑った。
周囲を見渡せば、確かに先程までいた場所だ。
つまり、あの三つ目の灰色兎と出会った所である。
「おや、おやおやおや」
そんな声が聞こえた。
彼の兎かと振り返ったシュバイツの瞳に映ったのは、兎では無かった。
声と口調こそ同じだが、木の根に腰をかけているのは黒髪の青年だった。
「意外と早かったね、王子様」
その顔に浮かべる笑みは芸術品の様に美しく慈愛に満ちている。
「……お前が悪魔だったのか」
シュバイツは驚き、ぽつりと呟いた。
その表情には先程までの憎悪が無い。完全に虚を突かれたのだ。
悪魔の青年はその様子ににっこりと笑みを深めた。
「君の絶望が見たかったんだけれど、そんな顔は嫌だなあ」
のんびりと言った彼の額に矢が立った。
風を切る音がまるで後からついて来たかの様な速度だった。
続いて胸に、腹に、次々と矢が突き刺さる。
「姉上の仇だ……」
弓を構えた姿勢のまま、シュバイツは言った。
その瞳にはくすんだ憎しみが満ちている。
姉姫を騙した悪魔に驚いたのなど一瞬だったのだ。直ぐにシュバイツの胸には真っ黒な憎悪が広がり、厳しい訓練で鍛えた腕が矢を射ていた。
「おや……?」
胸の矢に手を当てて、悪魔の青年は首を傾げた。
彼は人間の作った鉄の矢では自分に致命的な損傷を与えられない事をよく知っていた。
しかしこれはどうした事か。身体が上手く動かないし、何より、内側から破壊されている感触がした。
「おかしいな……」
そう言った瞬間、石像が内側から破壊される様に、矢の突き刺さった部分がぱんっと爆ぜた。
砕け散った身体が真っ黒い塵になって、ぼろぼろと崩れていく。
微笑みの形を保ったまま、悪魔の青年の顎が傾いていった。
その口が「ああ」と呟く。
「…………破魔の、銀を」
使ったんだね。
そう言い切れずに、青年の全てが塵となった。
後には小さな塵の山だけが残された。
悪魔の森に入るにあたり、シュバイツが持ち込んだ矢は三種類。
ただの鉄の矢と、悪魔を殺す銀の矢、魔を制す水晶の矢だ。
胸の内に凝る憎悪を感じながら、シュバイツは弓を下ろして振り返った。
彼の目の前には静かな表情の悪魔の娘が立っていた。