6
翌日、シュバイツは森を彷徨っていた。
険しい彼の瞳が探すのは、姉姫の姿を見たあの場所である。
手掛かりと言えば、奇怪な姿の木々と水辺が近くにあるという事だけ。
焦燥と疲労で、弓を握る手にじっとりと汗が滲んでいた。
幾つかの泉とも沼とも知れない水場を通り抜けたところで、シュバイツは足を止めた。
拳で顎に垂れて来た汗を拭う。
「一体何処にあんな風景があるというんだ……」
苦々しい声が漏れる。
そこに、ひょこりと、長い耳が飛び出して来た。
灰色の兎だ。しかも、二本足で立っている。
シュバイツの膝くらいの高さで耳はぴくぴくと揺れていた。
ふと、兎は彼の方へと顔を向けた。
大きな黒い瞳は可愛らしい顔の中に納まっている。ただし、通常の箇所に二つと、額に一つ。明らかに異形の兎であった。
「おや、おやおや?」
三つ目の兎は鼻をひくひくさせながら、姿勢を低くしてシュバイツに向かって一歩足を踏み出した。
素早く弓をつがえるシュバイツに怯えた様子も見せずに兎は笑う。
「お前、悪魔の娘のニオイがするゾ」
ここ数日を共に過ごせば匂いくらい移るだろう。
鼻の効く兎に簡単に分かってしまうくらいには一緒にいるのだ。
「……それが、どうした」
「おやおや」
慎重に尋ねるシュバイツに、兎は瞳を瞬いた。
「エナ・ルイの勇敢なる王子が悪魔の娘といるなんて!」
こんな愉快な事は無いとばかりに兎は笑う。
「……………………」
自分の事が悪魔の森に広まっているという事実に、シュバイツは顔を歪める。実に不快だ。
兎はケタケタと笑いながら、額の瞳を糸の様に細めた。
「あの娘はお前の知らない事を知っているゾ」
意地の悪い口調でそう言う。
だが、シュバイツとてそんな事は百も承知だ。
あの娘が彼の必死の様子を見て楽しんでいる事もだ。
それでもシュバイツはそこにしがみついて姉姫を探さなくてはいけない。
「だから、どうした。マロウの代わりにお前がそれを教えてくれると言うのか?」
違うだろう、と断じる様にシュバイツは言い放った。
すると兎は引っくり返って腹を抱えた。
「ひゃひゃひゃっははははぁ! 悪魔の娘の本性を知っていて共にいるなんて、面白い王子様だ!」
ごろごろと地面を転がる兎に向かってシュバイツは矢を射た。
勿論当てたりはしない。
彼の兎の鼻先に突き刺したのだ。
「ひっ」
小さな悲鳴を上げて、三つ目の兎は飛び起きた。
あの喋る鴉との付き合いでシュバイツが学んだのは、こういう手合いには先手を取る必要があると言う事だ。
「さあ、狩られる兎になりたくなければ、私の質問に答えるんだ」
兎は暫く固まっていたが、やがて笑みを取り戻した。
草食動物に不似合いな鋭い歯をむき出しにして言う。
「オレは知っていることを知らないゾ」
はぐらかされているのか、とシュバイツが眉間に皺を寄せると、兎は大人しげな様子に戻って懐から何かを取り出した。
「白い兎が導く者ならば、オレは惑わす者。だから、お前が知りたい事を聞いても知らないゾ」
ますますわからないと、首を傾げるシュバイツに、兎はシニカルに微笑んだ。
「でも、お前は面白い。悪魔の娘を忌避せず、魔物に対してまっとうに話そうとする」
だから、と兎は続ける。
「これをお前にやろう」
そう言って、手の中の物を差し出した。
小さな肉球の上に乗っているのは、どす黒く変色したカメオだった。
姉姫の胸元で純白の輝きを放っていたカメオの変色は、『悪魔との契約』が成された事を示していた。