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 悪魔の屋敷は頑丈だった。

 門扉は閉ざされたままぴくりともしないし、薔薇の棘が鋭すぎて登る事も出来ない。

「来た時はあれほど簡単に開いたというのに……」

 柵を両手で握り込んで、シュバイツは項垂れた。

 その頭上に降り立った鴉がげらげらと嘲笑する。

「騙された? 騙されたのかい、シュバイツ王子?

 悪魔は騙すものだ。騙される方が悪いんだよ」

 その声の、癇に障ることと言ったら無い。

 すかさず彼は弓を構えた。

「黙れ、鴉。

 射抜かれたいのか?」

 ところがこの鴉はそんな事で怯えもしない。

「図星を突かれた王子は鴉を殺すのかい?」

 げっげっげっげっ、とわざとらしくシュバイツをからかってきた。

 そこに、悪魔の娘が通り掛かる。

 彼女が抱えた籠には草や花がびっしり詰まっていた。

「ギーリ、あんまり王子様を苛めるものでは無いわ。

 王子様も。その弓を使うなら食べられるものをとって来て頂戴」

 鴉は大げさに羽根を広げておどけてみせる。

「おお、悪魔の娘。

 このギーリは食べられないのかい?」

 対して、少女の答えは簡潔だ。

「もっと太ったらね」

 ちえー、ちえー、と鴉は奇妙な鳴き声をあげた。

 妙に親しげなやり取りに首を傾げながら、シュバイツは少女に尋ねる。

「ここから出ずに獲物を狩れと言うのか?」

 すると、家に戻ろうとしていた少女は振り返って指を差した。

「開いているわよ」

 その指の先では、ぎいっと音を立てて扉が開いていた。

 ぎょっとしてその取っ手にシュバイツが触れると、まるでなんの抵抗も無く蝶番が動いた。

「さっきまでは確かに……」

 ほんの少しも動かなかったのだ。

 そして少女はシュバイツの事など知らぬ様に、家の中へと入ってしまった。

 その姿を見送って、シュバイツは少し迷ったが、それでもその扉から外へと出た。真っ直ぐ森に向かって歩いた。

 一方、屋敷の中では、鴉が少女に声を掛けていた。

「良いのかい、悪魔の娘?

 王子はあのまま逃げてしまうかもしれないよ」

 その問いに、少女はころころと笑う。

「あの人は逃げないわよ。

 だって、彼はまだ大事な大事なお姉様の手掛かりを一欠片だって得ていないもの。

 それに……」

「それに?」

 含む様に笑って、少女は窓の外にあるシュバイツの背中を見て、目を細めた。

「先に行けども道はここに戻るわ。そういう風にしたもの」


 バンッ

 シュバイツの拳が悪魔の屋敷の扉に打ち付けられた。

 玄関先に立った悪魔の娘は楽しそうに笑っている。

「どういうことだ!」

 新緑色の瞳が怒りに燃えている。

 手に持っていた兎を放り出して、シュバイツは叫んだ。

「狩りが終わって、森を調べようとしたら、行けども行けどもこの屋敷に戻って来た!

 惑わしたのか?! 呪いでもかけたのかっ!」

 黒衣の少女はシュバイツの怒りを受けて、口元を綻ばせた。何処か心地良さそうでもある。

「庭の薔薇が咲くまで、と言ったでしょう? 

 それまでは、貴方はここにいるのよ」

 その物言いに、シュバイツは目の前が真っ赤になった。何時間も森の中を彷徨って来た彼の忍耐は限界だったのだ。

 腰から短刀を引き抜いて、少女の顔の横にだんっと突き刺した。

「悪魔の娘よ、私を解放しろ。

 姉上をお助けしなければならないのだ!

 お前に非力な姫の心などわかるかっ。あの方は助けを待っておられるのだ!!」

 シュバイツの怒気が降り掛かるが、少女は怯えも見せずに彼を見上げてきた。

 細い指先が短刀の切っ先に触れる。

「お姫様は助けられるのを待つものだものね?」

 くすくすと、喉の奥で笑い声をたてる。

 ふつり、と短刀の刃で切れた指から、赤い雫が滴った。

 それを口元に運んで、少女は舌で舐めとる。

「でもね、ここは悪魔の森なの」

 まだ血の滲む指で、彼女はシュバイツの頬を撫でる。

「だから、悪魔の望み通りに、王子は踊らなくっちゃ……」

 そっと背伸びをして、悪魔の娘はその柔らかい唇をシュバイツの顔に寄せた。

 ぎょっとして彼がその場から後ずさると、彼女は獲物を逃がした猫の様に微笑んだ。

「無様に踊って? 

 そうしたら、貴方の欲しがっている答えをあげるわ」

 くるりと足先で回って、少女はその場を立ち去った。









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