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 ぎゃあぎゃあ……

 ぎゃああ、ぎゃああ……


 虚ろな鳥の泣き声が響き、木の葉が深い影を落とす森の中を、一人の青年が歩いていた。

 道無き道を進む足元は皮をなめしたブーツ。細身だがしっかりとした体を包むのは簡素だが上等な拵えの衣装と毛織りの外套だ。

 更に腰には短刀と、よく使い込まれた弓を下げている。弓は小振りだがよくしなるアベンの木で作られ、縁には金の文様が入っていた。

 茶褐色の帽子に隠された銀色の髪は薄闇の中にでも光を放ち、新緑の様な緑の瞳は真っ直ぐ前を見据えている。

 先を進む足取りは遅いが、それは周囲を警戒しての事で、体力的な疲れは見えない。

 彼はこの森に接する国の王子で、名をシュバイツという。

 若き王子は悪魔が住むと言われる深い森にたった一人で入って来たのだ。

 そんな彼の頭上に一羽の鴉が舞い降りた。胸元に白い毛のある大きな鳥だった。

 顔を上げたシュバイツに、鴉は嘴を開いてみせる。

「おお、エナ・ルイの王子シュバイツ殿下。悪魔の森に何の用だい? 

 このまま進めば悪魔の娘に喰われてしまうよ?」

 げげげげげ、と下品に笑いながら鴉は言う。

 シュバイツはその眦をきつくした。

「お前こそが悪魔だろう、鴉め」

 素早く矢を向ける王子に、鴉はますます楽しそうに笑った。

「まさかまさかのたまさかまさか。私はただの鴉だよ? 

 さあさあ、奥へ進め進め、シュバイツ王子。

 悪魔の娘に会って行くといい。お前の目的を果たす為に!」

 そう言って、鴉は森の奥へと飛び去る。

 ばさばさっ、と羽音が宙に残った。

「……………………」

 薄気味悪そうに顔を顰めたシュバイツだったが、彼は再び歩を進めた。

 


 黙々とシュバイツが森の中を歩いてゆくと、やがて木々がまばらになり始めた。

 地面を這う木の根も大人しくなり、隆起は大分減って、平地と呼んでもいいくらいだ。

 すると、シュバイツの目に一軒の屋敷が飛び込んで来た。

 赤黒い蔦に覆われた柵に囲まれたうら寂れた佇まいのそれは、間違い無く民家である。

「この森に家が……?」 

 悪魔の住む森にある屋敷は、すなわち悪魔の屋敷だろう。

 しかし日も傾き始めてしまったため、仕方が無く、シュバイツはその屋敷に近づいた。

 蔦の正体は薔薇だった。鋭い棘がびっしりと生えて、天へと伸びた枝の先には蕾が膨らんでいる。

 棘を避けながら柵の隙間から中を覗くと、意外にも綺麗に整備された庭が広がっていた。

『東に吹く風、西に舞う夢、ことさらに包むか事も無く……』

 突然聞こえた歌声に、シュバイツはさっと腰の弓を持ち上げた。

 肩の矢筒から素早く矢を一本取り出してつがえると、きりりと弦を引き絞る。

 その矢の先には、少女が一人いた。

 漆黒の髪を緩く三つ編みにして、漆黒のドレスを身に纏い、薄いショールを肩にかけている。

 彼女は他者の存在に気付かず、歌を口ずさみながら、庭の植物に向かって屈み込んでいた。

 俯く少女の横顔に、シュバイツは息を呑んだ。

 彼の姉達も諸国に噂される美貌の持ち主だったが、目の前の娘のそれは明らかに質が違った。

 彼女の美しさは、魔性の美だ。

 白磁の肌に、赤く色づいた唇、仄かに染まる頬。その全てが完璧で、不足が見当たらない。

 非の打ち所の無い美しさからは、人を惑わす妖艶さを放たれていた。

 そんな一種の静寂の中に、ばさりと羽音が降って来た。

 胸に白い毛のある鴉が彼女の傍らに羽根を休めたのだ。

「悪魔の娘、王子が来たぞ。

 姉姫を探して、エナ・ルイの王子シュバイツがやって来たぞ」

 ぎひひひひ、と下品に笑った。

 少女は鴉の台詞に顔を上げて、少し首を傾げた。

 そのままくるりとシュバイツの方に向き直る。

 彼の姿を認めて、彼女はにっこりと笑った。

 まるで彼の訪れを知っていた様に、当たり前の様に彼女は言う。

「ようこそ、悪魔の森へ」

 赤紫の瞳の奥で、妖しい光が揺れた。









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