残暑が残る夏ですが
「拓海ぃ!」
「・・・蓮。どうした?」
五時間目に突入する五分前。俺と仲のいい1人・櫻井 蓮が話しかけてきた。
「あのさ、今日さ、いつもの喫茶店に行かね?」
「お~・・・いいけど。修治と真咲は?」
修治と真咲も俺の友人。他のクラスの奴らとは関わりを持ってない。
「あの2人は駄目。部活だってよ。バスケ、県いくらしいし。」
「へェ。帰宅部って楽だな。」
俺と蓮は中学の時から帰宅部。
「だなっ。あ、じゃあ後2時間頑張ろうぜ!」
「おう。」
この毎日を言うなら、普通だ。
普通が一番幸せだと思う。
放課後。俺は蓮といつも行く喫茶店に向かった。
「今日はレアチーズ食べるぜ、俺!拓海は?」
「レアは勿論。後は・・・プリンかな。」
「拓海は甘党だもんな。レアはいつも食うよな。そんなに好きか?」
「好きだね。何よりもレアが好き。」
レアチーズは昔から食べてきたから、もう1日に1個は食べないと俺の舌が渇く。
「ははっ。甘いモンの話するとお前輝くよな。」
「そうか?」
なんて普通の会話をしていると喫茶店に着いた。
――――カラン
オシャレなドアを開けると小さなベルの音が俺達を出迎えた。
「いらっしゃい。拓海ちゃんに蓮ちゃん。」
そこのオーナーがマイナスイオン付きの微笑みでまた出迎える。
「いつもの席、空いてるよ。」
「ありがとう。」
拓海は幼い頃からこの喫茶店【クツロギ】に来ている。
その拓海はいつも同じ席に座っていた。
誰かがその席に座っていると、その席が空くまで立っていたりして待っていた。
「ここが、一番落ち着くんだ。」
端っこで、良い具合に日があたる。
「レアチーズ、2個ください。あと、プリンも。」
「はいはい。きっとまだ食べるんでしょうね。」
笑ってオーナーは厨房に行った。
「は~。でも、本当にここの食べ物は旨いよなぁ。」
「ああ。俺はここ以外のケーキは食べたことがないね。」
「そんなにかっ。ま、分かるけどな。」
「お待たせ。出来たわよ。」
オーナーがレアチーズ2個とプリンを机に置いた。
「ありがとうございます。」
「うっひょう!うまそっ」
「美味しいわよ。あ、そのプリンね、今ここでバイトしてる子が作ったのよ。」
「バイト?」
「パティシエ希望で、ここで習いに来てるの。ついでにバイトね。」
ふ~ん、と相槌を打って一口プリンを口に入れた。
「・・・」
「どう?」
・・・普通だ。
まず頭に浮かんだ率直な感想。
「・・・美味しいですけど、市販のみたいで・・・。」
「お~さすが拓海!」
「う~ん。やっぱりそうなのかしら?・・・あの子、料理は上手だけど・・・何か違うのよねぇ。」
そう言って首をかしげた。
「・・・」
「そんじゃ、レア食べようぜ!」
「ああ・・・」
レアチーズは、勿論市販のものより美味しかった。
夕方。蓮と喫茶店で分かれた。
「んじゃ、また明日な~」
「おう」
蓮は拓海とは反対方向に走っていった。
「・・・?」
拓海が足を前に出すと、小さな声が聞こえた。
本当に蚊の鳴くような声が拓海の足を止めた。
気になってその声の方に足を向けた。
声は喫茶店の裏から聞こえた。
「・・・何やってんだ?」
自然と声を発していた拓海。
声をかけられた方は動きを一瞬止めてゆっくり振り向いた。
「・・・お客はんですか?」
振り向いた青年は、拓海より少し背が高いくらいで、声のトーンは低すぎず高すぎずという所。
白い服に、黒いエプロンをしていた。
「いや・・・もう帰るけど・・・」
「そうですか。ありがとうございました・・・」
軽く頭を下げて店の裏ドアを開けようとした。
でも青年は動きを止めて、拓海に背を向けたまま言葉を紡いだ。
「・・・先ほどは、不快な思いさせて、すみませんでした・・・」
「は?」
「・・・プリンです。お客はん、食べてはったでしょ?」
「ああ・・・」
市販と同じようなプリンを作ったのは、この人なのか。
「・・・何が足りないのか、俺には分からへんけど・・・もっと研究して市販とは明らかに違うプリン作りますから・・・その時は、」
一瞬間を置いて、拓海の方を向いた。
「その時は、是非、あんさんに一番に食べてほしいわ。」
「!」
泣きそうな目を必死に抑えて微笑んだ青年に、何か引っかかるものを感じた。
「では・・・」
「おいっ!」
気づいたら、引きとめていた。
「あ・・・っ、名前、聞かせろよ。」
顔が熱い・・・。きっと夕日のせいだ。こっちにガンガン光を当てやがって。
「そうですね。名前を言っとかんと、食べてもらえまへんな。」
「・・・」
「俺は、大内 オト。大学に通いながら喫茶店でバイトと修行してるんや。お客はんは?」
大内・・・オト
「ああ、俺は、風村 拓海。この近くの高校に通ってる。1年だ。」
「ほ~。ほかほか。よろしゅうな。風村君。」
「・・・俺は、なんて呼べばいい?」
そうやな~、と考える仕草をしながら、何か思いついたというように歯を見せて笑った。
「普通に、オトって読んでくれたらええよ。」
「そうか。分かった。じゃあ、帰る。」
そう言ってオトに背を向けて走った。
「気をつけてな~!!」
オトは手を振って拓海を見送った。
しばらく走って喫茶店が見えなくなった所で足を止めた。
「はあ、はあ、、はあ~・・・」
久しぶりの全力疾走で息を切らした。
「な、んで、俺・・・こんな走って・・・」
息を整えてゆっくりと家まで歩きはじめた。
今まで、誰に会っても、興味は示せなかった。
『人間』という生き物自体に、興味もなかった。
勿論、自分にも。
嫌いではないが。
「なのに・・・あんな。」
なんて事を考えていたら、もう目の前に家があった。
「ただいま…」
「おかえりぃ。今日も母さん達遅くなるってぇ」
拓海が幼い頃、両親は離婚。姉と拓海は母に引き取られた。
そして最近、母は自分より10若い男と再婚した。式は挙げてないが。
再婚してから、家にあまり帰って来なくなった。
それからというもの、姉は夜遊びをするようになった。ちなみに大学生だが、朝帰りなのであまり行ってないようだ。
「ご飯作ってあるから食べて風呂入ってねぇ」
「ありがと」
姉は家事全般をやってくれる。頼りにはなるんだ。
「んじゃ、あたしそろそろ行くわぁ。」
派手な服を身にまとって家を出た。
実質、家にはいつも1人で留守番をしている拓海。
(静かで楽だから、いいけどね。)
拓海はテーブルに置いてある唐揚げを一口食べて風呂に向かった。
風呂ももう沸かしてあったから直ぐに入れた。
「んっーーっ疲れた…」
お湯に浸かって伸びをした。
「…大内、オト。」
関西人かな…なんて考えてしばらく浸かっていた。
しばらくして、風呂から出て、夕飯を食べ始める。
テレビも点けずに黙々と食べる。
ご飯は一膳。唐揚げは大皿にのっている半分を食べた。残りは明日にとっておく。
食器を洗おうとスポンジを手に取ると、家の電話が鳴った。
「・・・」
手を吹いて受話器を取った。
「はい、風村です。」
『拓海!真咲だけど。』
相手は仲の良い真咲だった。
「何だよ。」
『明日さ、朝練行かないからさ一緒に学校行こうぜ!』
「県いくんじゃないの?」
『俺まだ一年だからね~。レギュラーじゃねぇのっ先輩に任せてる。』
「いいのかよ、それ」
『当日は先輩のサポートとか、応援とかマネージャー的な事するからいいんだよ。』
そう言って笑った。
「分かった。じゃあ7時な。俺の家まで来いよ。」
『あいよ~。んじゃ、おやすみ』
「ああ。」
受話器を元に戻して、再びスポンジを手に取った。
食器を洗い終わり、部屋に戻って、本棚から一冊の本を手に取った。
ベッドに座り、ページをめくった。
「美味しそう…」
手に取った本はデザートのレシピ。
作る訳ではないが、食べたいと眺めている。
「この…ケーキ、凄く美味しそうだな!姉さんに作ってもらいたいけど、無理だよな…」
なんて毎日眺めながら呟いているわけだ。
「……もう9時か」
ふと時計に目をやると、9時を回っていた。
小学生ではないが、9時には寝ている。
「寝るか…」
本を閉じて本棚に戻した。
布団にもぐって、目を閉じた。
翌日、6時に起床。
姉は帰っているようで、玄関にサンダルが無造作に置いてあった。
朝食はためてある菓子パン。
今日はメロンパン。
飲み物は牛乳。
テレビはニュースを見ている。
「…雨が降るのか。」
天気予報では、今日は雨らしい。まだ降ってはないが、午後から90%になっている。
「傘持って行くか。」
そしてニュースを見ながらゆっくり食べていると、30分経っていた。
コップを洗い終えると、タイミング良くインターフォンが鳴った。
「真咲か…早いよ…」
と言いながらドアを開けた。
「ヘヘっ。家に居てもつまらないから来た!」
時刻は6時30分。
「7時に出るから、それまでゆっくりしてって。」
「おう!」
真咲をリビングに入れて、ソファに座らせた。
「コーヒーだっけ?」
「悪ィな。ココアしかないんじゃないか?」
「家でココアを飲むのは俺だけだから。姉さんはコーヒー派だし、ちゃんとあるって。」
そっかそっか、と真咲は笑った。
「朝っていいテレビないよな」
コーヒーを飲みながらチャンネルを変えていた。
「子供の番組とか、ラジオ体操ならやってるけど?」
「あははっ見る歳じゃないから〜」
とか言いつつチャンネルを3に変えていた。
「この時間は人形劇かな〜」
「見るのかよ」
「イイ暇つぶしにはなるだろ?」
言いながら人形劇を見ている。
「この番組も長いよな。俺らが保育園の時からやってるだろ。」
「だなぁ。大人でも好きな奴は見てるだろうけど。」
「ああ…ん?」
メールの着信音が鳴った。
「修治からだ。…怒ってるぞ?言わなかったのか?」
「言い忘れ〜言い忘れ!いつも駅で待ち合わせしてるからさ。」
「待ってても来ないから先に部活行ったって。てか、早いな。部活」
「県大会も近いからいつもより30分くらい早くから朝練に来る人が多いんだよな。だから俺らも早めに行ってるんだけど」
話を聞きながらココアを作る拓海。
「今日は…拓海と一緒に行きたい気分だったから。」
少し驚いた。珍しく、真面目な声で言うから。
真咲はルックスは上だ。真咲を狙う女子も少なくはないだろう。
そんな真咲は、好きな人がいるらしいが「叶わないけど、諦めきれないんだ。」とか言ってる。そのせいか、彼女はいない。
「…真咲、彼女つくらんの?」
真咲は体をこちらに向けるとニカッと笑って、
「好きな奴がいるんで。」
いつもそう答える。
「ふぅん。勿体ないな。」
「だろぉ?俺もそう思うけど、その子、なかなかこっちに気づいてくれないからさ〜」
「…大変だな。お前も」
「大変大変。」
そんな話をしていると、もう時刻は7時になっていた。
「さ、行くぞ。」
そう言って空のコップを拓海に渡す真咲。
「あ、ああ。ココア飲むから少し待てよ…」
「仕方ねぇの。お姫様のお願い聞いてやるよ〜」
「誰がお姫様だ。学校には15分もあれば着くからいいだろ?」
「分かってるよ〜」
ココアを飲む時、急ぎはしない。まだ時間があるからね。
(そういや、もうココアきれたな…帰りに買うか。)
「雨降ってるな〜小雨だけど」
「もう降ってるのか?」
「少し寒いな〜。何か羽織ってかないのか?」
少しムッとした。
「女みてぇに柔じゃねぇの。」
「そりゃそうか!」
笑う真咲を見ながら、ココアを飲み干した。
「行くか…」
「はいよ〜お邪魔しました」