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『辺りには誰もいない』【掌編・?】

作者: 山田文公社

『辺りには誰もいない』作:山田文公社


「まず何から話せばいいのだろうか……」

 男は神妙な顔で唐突に語りだした。当然のように辺りには誰もいない。公園のベンチに一人語り始めたのだ。

「あれは、そう……天気も良い三日前だった」

 どこか遠くを見つめる男にはどこか哀愁が漂っている。しかし辺りには誰もいない。

「仙台からおばあさんが、福島からは親戚のおばさんが、遊びに来ていたから、わたしはつい大人げなくお年玉をせがんだのだよ」

 何故右手が車のワイパーのような手振りをしているのか謎ではあるが、男は少し自慢げだ。

「そうするとどうした事だろうか、おばあさんが3万ほどくれて、おばさんは500円をくれたのだ勿論『38にもなって何してるんだか』などと言うお小言を言いやがった」

 男は悔しそうに、今度は反対の左手がワイパーのような手振りになり、右手はキツネになって、しきりに口を動かしている。

「悔しくて夜も眠れなくなる前におれはおばさんの靴を裏庭埋めてやったんだ」

 右手をスコップで掘る仕草をしながら、男は笑った。当然まわりには誰もいない。

「笑えるだろう……それが今じゃさ」

 男は急に笑うのを辞めた。虚ろな表情で空を見ている。

「……誰もいなくなった」

 冷たい風が公園へと吹き込んでくる。

「みんな死んだんだ」

 男は呆然とした様子で両手をワイパーのような手振りをしていた。


 公園のベンチに男が座っていた。男は精神を病んでしまって病院で治療を受けている患者だった。2年ほど前に男の家族と親戚が全員死んだ。男一人を置いて皆が親戚同士の旅行に出かけ飛行機が墜落したのだ。ときおり男は病院を抜け出してベンチで一人喋っている。病院に勤める看護師は男がここに来る事を知っている。以前はすぐに声をかけて連れ帰っていたのだが、いつからか看護師はしばらく見守るようになっていた。この場所は他のスタッフには知らせていない。男が全て喋り終えるまえに連れ帰られてしまうからだ。だからこの場所は近隣住人と男と看護師しか知らない。

 看護師から見ると男がそうやって喋るのが精神のバランスをとっているように思えたからだ。だから一通り話しが終わるまで見ている事にしている。

 待っているあいだ看護師は診察用のボールペンをノックして鳴らし続けていた。しばらくすると男は動かなくなった。看護師はゆっくりと男へと近づき声をかけた。


「宮坂さん」

 看護師が声をかけると男は振り返って目を見開いて看護師を見た。

「帰りましょうか?」

 男は大きく頷いた。看護師は男の腕をとり病院まで手を引いていく。

「宮坂さん、満足しました?」

 男はまた大きく頷いた。看護師は安心して手を引いたが、男の呟きで手を離してしまった。

「見てたお前も満足だろ……」

 冷や水を浴びせかけられたように看護師はゾッとした。男は自分が見ていた事を知っていたのだ。男は目を見開いて看護師を見つめている。

「さぁ帰りましょう」

 看護師が差し出した手を男はしっかり掴んだ。


 看護師は病院への道で考えた。『一体どこまでが正常でどこからが異常なのだろうか……』と病院には多くの患者がいるが、なかには一見普通そうに見える人もいる。しかし話しを聞けば正常では無いことがわかる。なかには普通と異常を波のように変化していく人もいる。この患者だって以前は会社の社長をしていた人だそうだから、頭は良かっだろうし正常だったはずだ。

 けど今では前後の脈絡のない会話をしたり、黙り込んだりしている。自分だってこの患者を黙って見ているのだから正常ではない。だからこそ『見てたお前も満足だろ』って言葉は恐ろしかった。

 病院に着くと男は自分からふらふらと病院内へと歩いて行った。それを見送りながら看護師が如何に頼りない正常認識しか持って居ないことに唖然とした。

 看護師は男の後を追って病院へと入っていく。看護師は治療する立場だが果たして本当のそうなのだろうか、自分が正常であるなどとは、実はただの妄想ではないかと考えたら、看護師は自分が立っている場所が酷く危うい所だと知った。

 看護師は制服を脱いだら自分も患者とかわりがないと思えるようになってきたのが恐ろしかった。仕事が終わった看護師は気がつくと公園のベンチに腰掛けて語り始めた。


「まず何から話せばいいだろうか……」

 

 当然のように辺りには誰もいない。

お読み頂きありがとうございました。

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