第3話 シニア・ジュニア
パチパチパチパチ氏の家に新たな追手として現れた組織の後輩『スクリプト』。守るべきモノを抱えた絶望的な状況下。零はどう切り抜けるのか...?そして零とパチパチパチパチ氏の運命はいかに...!
スクリプトと零の殺気がバチバチと音を立てるようにその場に駆け巡る。
月の光が薄く照らす家の庭...今にも二人の猛獣が戦いを始めそうである。零が『スクリプト』について高速で思考をまとめる。
(スクリプト...まだ若いがその日本刀の腕は組織でもトップレベル。そして脅威なのは...)
スクリプトがどこか柔らかい笑みを浮かべながら、予備動作ななく零に襲いかかる。その素早い斬撃が、零の髪を切り裂く。
ヒュッという風切り音だけが響く。
零は、紙一重で首を反らして回避したが、スクリプトの驚異的な刀の速度が生み出した風圧と、鋭い切先が、零のフードの縁をかすめ、髪の毛の束を切り裂いた。
(この笑みを浮かべた攻撃...殺気が読みづらい)
その攻撃に呼応するように、零はナイフを懐から一瞬で抜き、スクリプトに劣らずの斬撃を繰り出す。その攻撃をスクリプトは避けてみせるも、同じく髪を切り裂かれる。お互いの攻撃を終え、スクリプトが口を開く。
「ふふっ、さすがっすね先輩」
彼女はそう言いながら、日本刀を構え、次の斬撃を放つための予備動作に入った。零もまた、ナイフを低く構え、刀を持つ相手との距離を慎重に測る。
(スクリプトとの戦闘...長引きはダメだ。パチパチパチパチ氏が危険だ。そして"ヤツ"が来るのも時間の問題...)
零の脳裏には、護衛対象という、いつもにはいない守るべき存在がいた。
それが、彼女の戦闘中の思考に、普段とは違う重荷を課す。
しかし、その一瞬の隙を、スクリプトは見逃さない。
「珍しく考えごとっすか?」
スクリプトは、優しげな笑みを浮かべたまま、零に鋭い言葉を投げつけた
「ッ!」
スクリプトも戦闘のプロ、零に考える暇もなく、スクリプトが笑みを浮かべながら突っ込んでいく。零はナイフを構え、それを正面から受け止める。
そして零のナイフとスクリプトの日本刀が火花を上げながら、激しい切合いに差し掛かり、鈍い金属音を立てながら二人の刃が高速で混じり合う。
(この間合いなら日本刀の私の方が有利...このまま押し切る)
スクリプトは、自身の武器の優位性を冷静に判断していた。長い刀身は、零の短いナイフより圧倒的にリーチが長い。彼は、勝利を確信するような笑みを深めた。剣圧に押され、零が徐々に後ろに下がり始める。その時だった。
(これで仕留めるっす...!)
スクリプトの柔らかな笑顔の奥に、一瞬凄まじい殺気が現れる。しかし、零の瞳には、殺気とわずかな軌道の変化を捉えた。
(ここ...!)
「もらったっす!先輩!」
次の瞬間、スクリプトの次の斬撃に、今までとは比べ物にならない強大な力が乗り、零の頭上めがけて叩きつけられるように落ちてきた。
それと同時、零は常識では考えられない行動をとった。
零は、自身のナイフの先端と柄を両手でがっしりと掴むと、スクリプトの日本刀の刃に向かって、敢えて刃と刃を滑らせるように、一直線に突っ込んだ。
キンッ、ギュルルルル……!
金属同士が擦れ合う、耳障りな高速摩擦音が響き渡る。零のナイフは、スクリプトの刀の側面を滑り台のように利用し、一気に間合いを詰めたのだ。
「!(刀を滑らせて接近!?)」
スクリプトの笑顔が初めて完全に消え失せ、その顔に動揺と驚愕が走る。
零は、スクリプトの刀の側面を滑らせて懐に入り込み、日本刀の間合いを完全に無効化した。
そして、零が次に取った行動は、ナイフによる斬撃ではなかった。
零は、スクリプトが斬撃の反動で体勢を崩した一瞬を見計らい、宙に飛び上がった。
彼女の両足が、スクリプトの上半身を、強烈な力で蹴りつけた。
「ぐっ...」
スクリプトは、予想外の体術による強打に苦痛の声を上げ、その場で一気に後ろに吹き飛ばされ、数歩よろめいた。体勢を崩した彼は、激しく地面に足を叩きつけ、体制を立てなおす。
スクリプトは日本刀を握りしめ、零がいたはずの庭の縁側を再び鋭く見据えた。しかし、そこに零の姿はなかった。
零は、スクリプトの身体を蹴ることで生じた強力な反発力を計算通りに利用し、その勢いを加速装置のように使って、割れた窓枠を通って再び家の中へと滑り込んでいたのだ。
しかし、スクリプトの笑みは剥がれない。
(家の中に戻ったすね...作戦通り、『アイツ』と挟み撃ちっす)
ーーー家に入った零は、ガラスの破片が散らばるリビングを走り抜け、パチパチパチパチ氏が隠れるソファの元へ急ぐ。零に気付いたパチパチパチパチ氏は、安堵と混乱が入り混じった声を上げる。
レイ姉……さっきのは……!?」
パチパチパチパチ氏が状況の説明を求める途中、零は彼の言葉を遮るように、彼をソファの陰から引き出し、お姫様だっこのような形で素早く抱きかかえた。
「!!!(お、推しに抱っこされとる……!!)」
突然の接触とに、パチパチパチパチ氏の脳内は一瞬で幸せな花畑と化す。極限状況にもかかわらず、彼のオタク的本能が勝利を収めた瞬間だった。
しかし、その喜びに浸るのもつかの間、零は彼の顔を覗き込み、真剣な表情で、一切の冗談を許さない口調で話しかける。
「パチパチパチパチ氏、今から私が言う作戦をよく聞いてくれ」
零の瞳は、暗殺者としての鋭さを帯びていた。抱きかかえられているにもかかわらず、その張り詰めた空気に、パチパチパチパチ氏の理性が引き戻される。彼は、真剣な零の目を見て、強く、決意を込めて頷いた。
ーーー足音が聞こえる。スクリプトが家の中に入ってきたのだろう。
零はパチパチパチパチ氏にこう言う。
「来た...失敗は許されない。頼んだぞ」
「ま、任せろ...!」
パチパチパチパチ氏の声を聞くと頷き、零はソファの影に隠れたまま、タイミングを見図る。
「先輩〜隠れるなんてらしくないじゃないっすか」
彼女が、刀の平で自信の肩をたたきながら、零達がいるリビングへと近づいてくる。
零は、スクリプトの動きをじっと見つめていた。そして、零とスクリプトの位置が完全に直線になったその瞬間...
零は、パチパチパチパチ氏をお姫様抱っこした状態のまま、ヒュッと空気を切り裂くような速度で、スクリプトに向かって飛び出た。
それに呼応するように、スクリプトは脅威の反応速度で、何の躊躇もなく刀を振り上げる。
「そこにいると思ったっすよ!」
スクリプトは、目視ではなく、殺気の微かな流れと経験則だけで零の場所を正確に把握していたのだ。彼女は、零への集中を極限まで高め、その
鋭い刀は、零たちの軌道を正確に捉える。
零たちとスクリプトの距離がゼロになる少し手前。このままでは、零は斬撃を避けられない。
「今!」
「おおおお!」
零が短く合図を送ると、抱きかかえられていたパチパチパチパチ氏が、渾身の力で、持っていたクッションをスクリプトの顔めがけて投げつけた。
「おっと!?」
極限まで集中を高めていたからだろう。スクリプトは、殺気に満ちた空間で突然飛来した物体に対し、反射的にそれを敵の攻撃と見なし、クッションを斬ってしまう。
スパッと、軽快な音を立ててクッションが切り裂かれ、中身の白い羽が雪のようにリビングの中を舞った。その一瞬の視界の遮断と判断の遅れが、零にとって決定的な時間を生んだ。
白羽が中を舞うその同時、パチパチパチパチ氏を抱えた零は、スクリプトの横を高速で通り抜ける。
「ぐっ逃さないっす...!」
スクリプトが零の背中へ刀を振り下ろそうと即座に視線を向けた、その瞬間だった。
シューーーッ
零のいた場所から、音もなく、辺り一面を覆い尽くすほどの真っ白な煙が噴出し始めた。
「ゴホッゴホッ(煙幕...っすか)」
スクリプトは反射的に口と鼻を抑えたが、煙幕の強烈な化学物質が、目と呼吸器官の機能を即座に奪う。視界は真っ白になり、彼女は咳き込みながら、数秒間、動きを止めざるを得なかった。
わずかに反応が遅れたスクリプトは、咳を鎮めながら、零が逃げた先、割れた窓の開口部から庭へとすぐに移動する。
庭に出たスクリプトの目に映ったのは、すでに庭の高い塀の上に立っていた零の姿だった。周囲の建物へ飛び移るには十分な高さと足場である。
月光の反射を受け、フードの奥の零の黄緑の目が、怪しく、そして冷徹に光る。それは、追跡者へ向けられた、明確な勝利宣言だった。
スクリプトは、自身の日本刀の間合いではもはや届かないこと、そして、零の異常な身体能力をもってすれば、ここから追うことは不可能だと、プロとしての経験から即座に判断し、刀を鞘に納めた。そして、スクリプトの顔から笑みが消え零にこう言い放つ。
「次は絶対に逃さないっすよ。ゴースト」
個人的な感情、組織への忠誠、そして裏切られた者としての怒り...その時スクリプトは初めて明確な強い殺意を零に飛ばした。
零に、その絶対的な敵意が肌を刺すように伝わる。
「あぁ、いつでもかかってこい。次死ぬのはお前だ」
零も強烈な殺意を宿した目でこう言うと、パチパチパチパチ氏を連れたまま近隣の家の屋根を軽々と跳び移り、どこかへと跳び去った。
零が去った後、月だけが残る空を見つめるスクリプト。すると家の中から少し間の抜けた声が聞こえてきた。
「あれ、もしかしてゴーストは逃げました?」
スクリプトは、その声に反応し、プイと顔を背けた。可愛らしい仕草とは裏腹に、その頬は不満でふくれあがっている。
「もぉ、遅いっすよ。『リトルスター』」
スクリプトの背後、暗い家の入り口から音もなく現れたのは、全身をデジタル迷彩の戦闘服に包んだ一人の男性だった。フードの奥から覗く髪はグレーがかった色をしている。
名をリトルスター。
彼にスクリプトは怒りをぶちまけた。
「一体何してたんすか!もう少し早く来てたら仕留められたっすよ!」
怒るスクリプトに対し、リトルスターは一切動じることなく、どこか申し訳なさそうな、淡々とした口調で答えた。
「申し訳ない。玄関の方にトラップを複数仕掛けててですね...」
「なんでトラップなんすか!戦ってたの分かってたすよね!」
スクリプトの非難に、リトルスターは心底困惑した様子で、やや表情に動揺を見せた。
「いや、そもそもゴーストをトラップで仕留めるってことを提案したのはあなたなのですが...僕が玄関で待機してあなたがゴーストを玄関におびき寄せるのではないんでしたっけ?」
スクリプトの瞳がさまよい、一瞬にして怒りが霧散する。
「あっ...わ、忘れてたっす」
リトルスターは、深い、深いため息を一つ吐き出すと、疲労を隠せないように、手に額を当てて俯いた。リトルスターはぼそっとこう言い放つ。
「そんなんだから『おこちゃま暗殺者』って言われるんですよ」
「な!?おこちゃまじゃないっすよ!?」
スクリプトは地団駄を踏みそうな勢いで反論し、再び限界まで頬を膨らませた。その姿は、確かに子供じみた癇癪を思わせるが、リトルスターはそれを指摘しなかった。
「まぁそれは置いといて...ゴーストはどうでした?」
リトルスターの問いかけは一転して真剣な響きを帯びていた。その途端、スクリプトの表情から子供っぽさが消え失せ、深い暗雲が差し込んだように陰る。
「正直めっちゃ強かったっす。最初は押してる感じがしたんすけど...気づいたら押されてて...」
「やはり、噂通りみたいですね」
スクリプトの声は悔しさと、圧倒的な実力差を認める苦い響きを伴っていた。
リトルスターは冷静な目元をわずかに引き締めた。
「まぁ、最後はターゲットの男に一本取られたっすけど!」
スクリプトは、敗北の事実を強引にポジティブな言葉で覆い隠そうとするかのように、わざと明るい声を張り上げた。
「笑い事じゃないですよ...」
彼はそう言いながら、今度は感情を込めすぎたほど重々しいため息を再びついた。
「ひとまず、家の中の探索と死体の回収です。『例の物』が残っているかもしれないですので」
「了解っす」
二人は荒れた戦地の後の家に足を踏み入れた。




