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近衛騎士と妹  作者: まる
第一章

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9/18

手作りは大切

レーナから教わって作ったお守りの腕飾りをレオンにあげたら、そのひのうちにフィルに切られて帰ってきた。それは流石にひどくない?と思ったけれど、規則を知らなかった自分が悪い、としょんぼりと肩を落とした。


レーナに教わって作ったそれは、たくさんの糸を複雑に編み合わせて作るもので、完成までしばらくかかった。レオンが怪我をしませんように、と思いを込めて作ったものだから、尚更凹んだ。つけていけないと言うのはわかる。でもなんで切るんだ。


レオンに持っていてもらうだけでもいいのに、と思いながら王城の廊下を歩いていると向こうからお姉様とフィルがやってきた。それを見て歩いている方向を変える。


「ジョゼ様」

「ごめん」


急な方向転換で戸惑ったであろうレオンが声をかけてくる。気遣わしげなその声に余計にしょんぼりしてしまう。一生懸命作ったものが切られたら誰だって嫌だろう。しばらくは口をききたくもなかった。




「荒れてるなあ」


父上の口から出た言葉に何も言わずに頷く。荒れている理由はわかっている。ジョゼ様に避けられているからだ。表面上はいつも通りに見えても、ジョゼ様はフィルと会話するのを嫌がっている。さりげなく避けているのを今日も見た。


そのフィルはさっきから一対一の訓練では攻撃を一度も受けることなく、派手に相手を投げ飛ばしている。その投げ飛ばし方がいつもより派手だ。苛ついているのがわかって、俺はため息をついた。怪我人が出なければいいけど、と思っていると隣の父上もため息をつく。


鍛錬場での騎士団の訓練を王陛下が見学されるのは恒例のことになっている。騎士団員の士気も上がるし、いいことなのだが、今日だけは日程が悪かった。一段上の席からこちらをご覧になっている王陛下は満足そうな様子だが、フィルの相手に当たる騎士団員からすればたまったものではない。


「ジョゼ様はどうだ」

「お守りを切られたことにお怒りのようです。しばらくは口もききたくないかと」

「それは困るな」


ふむ、と父上が考え込むように口元に手を当てる。その間にも次!という言葉が響き渡り次々にフィルに投げ飛ばされている。そろそろ俺の番だな、と木製の剣に手をかけた。軽く足を伸ばしていると、父上が横から手を伸ばしてきた。


「お前はいくな。今日のフィルはまずいな」

「そんなにですか」

「お前の兄は時々、癇癪を起こすからな」


父上がそう言ってやれやれと首を振る。あれは癇癪で済ましていいものなのかと疑問に思ったけれど、それは口に出さないでおいた。


「やめ!」


父上が大声でそう言って訓練が止まる。こちらを振り向いたフィルが無表情で息も上がっていないことにもう驚きもしなかった。俺の兄はそういうやつだ。フィルの動きが止まる。振り向いたフィルが無表情で息も上がっていないことにもう驚いたりはしない。うちの兄はそういう生き物なのだ。

父上が膝をつくと、騎士団全体が王陛下に向かって膝をつく。


「いかがでしたでしょうか」

「本当にお前の息子たちは出来がいい。フィル、お前がジョルナの近衛騎士であること、真に嬉しく思う」

「…光栄です」


一言そう答えたフィルは王陛下の方を向いて片膝をついて頭をより一層深く垂れはしたけれど、全く嬉しそうではない。第一王女の近衛騎士に選ばれたことも、魔王討伐の騎士に選ばれたことも、俺の兄にとっては大したことではない。


それよりもジョゼ様がいつ口をきいて、避けるのをやめてくれるかの方がフィルにとっては大問題だ。ジョゼ様は王陛下の右後ろに立っていて、フィルを見ている。


「レオン、そなたの剣の才も素晴らしいと聞いている。ジョゼを頼むぞ」

「この身に代えてもお守りいたします」


そう言って頭を下げたけれど、フィルの方を見ることができない。どんな顔で俺を睨んでいるのか考えるだけで恐ろしい。歴代最年少で決闘大会に優勝したのはジョゼ様の近衛騎士になりたかったからだ。うちの兄の可愛いところはそこで、まだ近衛騎士がいないジョルナ様にお仕えするだろうと言うところまで頭が回っていなかったことだ。


普段はそんなことがないのに、ジョゼ様のことになると急に頭が回らなくなる。だからこないだもお守りを切ってしまったのだ。俺の手首についているお守りを、なんだそれはとフィルが見咎めた。


ジョゼ様からいただいたんだと言った瞬間、ふ、と風が通り過ぎたと思ったら剣で切られていた。規則が、戒律がと言った話ではない。フィルは単純に俺がジョゼ様から目をかけられているのが気に入らない。


切られたことは俺も悲しかったし、なんで切るんだよ、と思ったけれど何も言えなかった。フィルの気持ちを考えれば見せびらかすようにつけるものでもなかったかなと思う。足首につけておけば良かった、と切られたお守りを持って後悔していると、フィルは俺に何も言わずにその場を離れた。


ちょうど切られたお守りを持っていたところをジョゼ様に見られて、どうしたの?もう切れちゃった?と問われて誤魔化し切れずに全てを話してしまったことも俺が悪かったかなとは思う。


でもやっぱりフィルも悪かったと思う。


「他の騎士団員も体を壊さぬようにな。それでは戻ろうか」


後半の言葉は王妃陛下に向けられたものだった。頭を下げている間に王陛下と王妃陛下が鍛錬場から退室する。騎士団長の父上が立ち上がったのを合図に騎士団員が立ち上がる。ジョゼ様とジョルナ様はまだ鍛錬場の中にいた。


「レオン」


ジョゼ様が俺に近寄ってくるのを、フィルが見ている。どうしようか、と考えていると俺の前に父上が立ちはだかった。


「レドル?」


ジョゼ様が不思議そうに父上の名前を呼ぶ。どうしたんだ、と父上を見ると父上はにっこりと笑った。


「ジョゼ様、レオンを貸していただいてもよろしいですか。少し話がありまして」

「そうなのですか?じゃあレオン、また後でね」

「送りにはフィルをつけましょう」


その言葉にジョゼ様が一瞬止まる。それから作り笑顔だとわかる表情でにっこりと微笑まれた。


「大丈夫です。フィルはお姉様の近衛ですし」

「ジョルナ様はこの後、私と話があるのです」

「…レオンと話があるのでは?」

「二人と話があるのです」


その言葉にジョゼ様が不満げな顔をする。そんな顔をするのは珍しい。相当フィルと二人きりになりたくないらしい。でも父上は二人に早く仲直りをしろと促している。それがジョゼ様にも伝わったのだろう。大きく息を吐いて、わかりました、と言った。


「フィルと戻ります」


声が小さくて聞こえにくいくらいだった。それでも聞き逃さなかったらしいフィルはすぐにジョゼ様の隣につく。ジョゼ様の顔を真っ直ぐに見つめるフィルをジョゼ様が見て諦めたように息を吐いた。


「レオン、また後でね」


ジョゼ様からすれば話をしたくもないだろうが、早めに仲直りをしないとフィルがどうなるかわからない。鍛錬場からフィルを連れて出ていくジョゼ様を見送って、俺はジョルナ様に向き合う。


「ジョルナ様、ご協力を感謝します」

「フィルも困った子ですね」

「本当に。ジョルナ様のような落ち着きがいつになったら身につくのやら」


父上がそう言って頭を掻いた。ジョルナ様がその様子を見て笑う。


「ジョゼは近衛に何かしてあげたい気持ちが強いから」

「ありがたいことです」

「…フィルは本当は」


そこまで言ってジョルナ様がハッとしたように口をつぐんだ。それから俺を見てニコリと微笑む。


「私のことはレオンが部屋まで送ってくれるのでしょう」

「もちろんです」

「ではもう少ししたら行きましょうか」


ジョルナ様は聡明な方だ。フィルの気持ちにも当然気づいているのに、それに対する不満を表には出さない。近衛騎士が自分よりも妹を守りたいと思っていたことを知れば誰だっていい気はしないはずなのに、ジョルナ様は平然を装ってくれている。


「よければ庭を散歩してから帰りませんか」


そのお心を少しでも慰められればと思ってそう提案するとジョルナ様は俺を見て驚いた顔をした後、少し微笑んだ。


「ぜひ」


俺はこの人の近衛ではないけれど、少しでも俺と一緒にいることを楽しんでもらいたい。そう思った。









無言でじっと見つめられると、なんだかこちらが悪いことをしているような気持ちになる。すぐ後ろからフィルがじっと私のことを見つめているのはわかっている。それを無視して廊下を歩いている間に自分の部屋まで後少しと言うところまで来てしまった。


「姫様」


後ろから話しかけられて振り向くと、眉毛が困ったように垂れているフィルと目が合う。その見たことのない表情に動揺してしまう。私がフィルに対してこんなに怒ったことがないからだろうか。


「大変申し訳ありませんでした」


そう言って頭を下げるフィルに、怒っていた気持ちがシュルシュルと萎んでいく。


「私も、ごめんなさい。規則を知らなくて」

「…いえ、規則ではありません」

「規則で禁止されているのではないの?」

「俺が」


俺って言った。相当動揺しているのかも知れない。フィルは公の場では必ず自分のことを私と呼ぶ。それが俺に戻っている。俺が、の後の言葉を待っていてもフィルはそのあとは何も言わない。

沈黙が落ちて、私はその間に気を取り直した。


「レオンにあげたのはお守りなの。ふざけた気持ちであげてないよ」

「わかっています」

「直したやつは切らないでね」


精一杯の譲歩でそういうと、フィルが時間をかけて頷いた。なんでそこで時間がかかるのだろうと思ったけれど、フィルも思うことがあるのだろうと何も言わないでおく。話は終わった。フィルに背を向けて歩き出そうとしたところで、がっしりと手首を掴まれた。


「フィル?」

「すみません」


謝るばかりでフィルは手を離してはくれない。その顔はいつも通り無表情でなんの感情も読み取れない。困ったな、と思ってからフィルの手首を逆の手で掴んだ。


「フィル、手が大きいね」


そう言って笑うとフィルがやっと手を離してくれた。相変わらず無表情のままだ。何も言わないフィルを見つめると、フィルも何も言わずに私を見返してくる。そして、ふと寂しげな表情になった。


「今夜は冷えるようです。暖かくしてください」


そうフィルが言って私が頷く。なんだったんだろう、と思いながら歩き出すと、もう視線は感じなかった。

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