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近衛騎士と妹  作者: まる
第一章

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6/18

にわか雨は結構降る



雨に降られた時もびしょ濡れのままのフィルを見て、大変だなと思ったことは何度もある。だからレオンのことは拭いてあげようと思った。


レオンと馬に乗る練習をしていると俄雨に振られた。すぐに王城に戻り馬をつないでその近くの扉から中に入った。侍女が布を持ってきてくれてそれで自分の体をあらかた拭いた。


すぐそばで立っているレオンの髪の毛を濡れてる、と言って拭こうとしたその瞬間を扉から同じく濡れて入ってきたフィルに見られた。

眦が吊り上がったのがわかって、レオンを拭くのをやめる。えへへ、と誤魔化すように笑うとズンズンとフィルがこちらに歩いてくる。


レオンが怒られる、と思ってレオンの前に立つ。それにしてもフィルもびしょ濡れだ。しかも侍女が差し出す布も受け取らない。このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。


そう思ったら手が動いた。フィルが何かを言う前に布を頭に被せる。驚いた顔をして止まったフィルをいいことにわさわさと布で頭を拭く。フィルは何も言わない。何も言わないことをいいことに顔も拭いてあげた。


ずっとびしょ濡れで王城の中を歩き回るフィルが気になっていた。気になっていたけどなにもできなかった。なんだかスッキリした気持ちでフィルを見ると、フィルも私を見る。


「お帰りなさい、フィル。風邪を引くから着替えた方がいいよ」

「…ただいま戻りました」

「ご苦労様」


フィルの後ろをついてきていたお姉様は自分で体を拭いたらしくもう濡れていなかった。それでも冷えているだろうから着替えた方がいい。


「レオン、レオンも着替えた方がいいから私、部屋に戻るね」


部屋に戻ろうとフィルに背を向ける。怒られなくて良かった、と思いながら足を踏み出そうとして手首を誰かに掴まれる。

なに、と思いながら振り向くとフィルが私の手首を掴んでいた。


「フィル?」

「部屋までお送りします」

「レオンが」

「俺はジョルナ様と戻りますね」


そう言ってレオンがお姉様の隣に行ってしまった。思わずフィルの目を見ると真っ直ぐに見返される。なんと言っても断れ無さそうだ、と思ったからこくりと頷いた。


頷くと手首から手が離れる。フィルの手は冷たかった。雨に当たったからかもしれない。


「フィルは着替えなくて大丈夫?手、冷たかったけど」

「大丈夫です」

「私がフィルのこと部屋まで送ろうか」


フィルの部屋はお姉様の部屋の隣だから2階だ。私の部屋は3階にある。フィルのことを送ってから部屋に行ってもなんら問題はない。そう思って提案したのをフィルは首を振って退けた。


「大丈夫です」

「でもフィルの方が濡れてる」


そう言って腕を拭いてあげると、フィルがもう片方の腕も差し出してきた。やっぱり濡れてるのが冷たかったのかと思ってもう片方も拭いてあげると、ふいに私の頭にフィルの顔が寄せられた。


「どうしたの?」

「なんでもありません」


なぜそんなことをしたのだろうと不思議に思ったけれど歩き出す。フィルは部屋に着くまで何も言わなかった。




このまま食べてしまいたい、と何度思っただろうか。


頭から彼女のことをバリバリと食べてしまいたい。痛がるだろうか、嫌がるだろうか。それでもその全てを自分のものにしてしまいたい、という欲求はおさまらない。いつも彼女が痛いよ、というところを想像してそこで自分は食べようと思うのをやめる。


「フィル、歩くのゆっくりだね」


一緒に歩いているからゆっくりなんだと分からない彼女が愛おしくて憎らしい。小さい時からフィル、フィル、と懐いてきたくせに、自分がジョルナ第一王女の近衛騎士になったとたん、ぴたりと話しかけてくるのをやめた。


自分がどれだけ焦れたか彼女は知らない。そもそも決闘大会で優勝したのは彼女の近衛になりたかったからだ。優勝者は近衛騎士になれる、という情報だけ聞いて喜び勇んで優勝した。


蓋を開けてみれば第一王女の近衛だ。考えてみればすぐにわかる。ジョルナ第一王女に近衛はいなかった。王城ですれ違うことしかできない彼女に自分はどんな視線を注いでいただろう。

あまりにも物欲しげだったのではないか。その自覚はある。


「馬に乗るの、ちょっと上手になったんだよ。レオンが教えるのうまくてね」


それでも彼女は気づかない。平気で他の男に触れようとし、平気で他の男の名前を口に出す。目の前の男がそれにどれほど焦れているかまるでわかっていない。


「馬に乗れるようになったら、フィルとお姉様と一緒に遠駆けしたいな」


振り返って彼女が言う。それに頷くとまた前を向く。もうすぐ彼女の部屋に着いてしまう。それが惜しくてより歩くのがゆっくりになる。部屋に送り届けるのが終われば、自分の仕事に戻らなければならない。


「フィル?」

「風邪をひかないようにしてください」


ジョゼの部屋の扉の前に着くと王城の廊下には誰もいなかった。扉の前で立ち止まった彼女の額に口付けて、部屋の中に入るように促す。こないだ、レオンは彼女の手の甲に口付けていた。自分がしたかった近衛の儀式を何事もないようにこなす弟に、嫉妬しなかったといえば嘘になる。


額を押さえて驚いた顔をする彼女に少し笑ってしまう。部屋の中に急いで入っていく彼女を惜しいと思う。扉が閉じられて中の声も聞こえなくなる。


それを確認して歩き出した。彼女が拭いてくれたおかげで、服しか濡れていない。レオンが拭かれようとしているのを見て止めようとしたのに、自分は拭いてもらって喜んでいる。


彼女に想いを伝えるのは早すぎる。もう少し機が熟してからだ。そう思って右手を握りしめた。


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