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近衛騎士と妹  作者: まる
第一章

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どうしようもない誘いもある

それに気づいたのは何度目かの朝食をとっている時だった。レオンが何度か腰を押さえている。その仕草に不思議に思ってレオンを見ると、誤魔化すように微笑まれた。


なんか隠してるな、と思ってレオンを見る。問いただしても答えてはくれないだろう。それなら後をつけるのみ、と思って今レオンの後をつけている。


王城の中は暗くて月明かりしか頼るものがない。ランタンはレオンに気づかれてしまうから置いてきた。


レオンの足取りは迷いなく王城の中を進んでいく。


その後をつけるために少し小走りになってしまう。レオンっていつも歩調を合わせてくれていたんだな、と当たり前のことに気づいた。何も気にせず歩けば、こんなに速いのだ。


レオンが向かった場所は王城の中にある鍛錬場だった。壁にぐるりと囲まれているそこには、見学でしか入ったことがない。


こっそりと覗いてみると、レオンの他にもう一人鍛錬場に立っていた。誰だろう、と目を凝らすと、それがフィルだということがわかった。


レオンは鍛錬場に入るとすぐに剣を置いて、別の剣を手に取った。


よく見えないけれど、それが木でできていることはわかった。二人で鍛錬をするのだろうか、と思って見ているといきなりレオンがフィルに切り掛かる。


フィルはなんの準備もしていないように見えたのに、剣で簡単にそれをいなした。カン、カン、と剣同士がぶつかり合う音がする。何度かぶつかった後、フィルがレオンの持っていた剣を弾き飛ばした。すごい力だ。


あっけに取られてそれを見ていると、弾き飛ばされたことで片膝をついたレオンのことをフィルが蹴り飛ばした。


思わずヒッと声が出てしまう。止めるべきなのか迷っていると、フィルの目がこちらを向いた。ばれている。


「姫様」


近寄ってくるフィルに怒られる、と首をすくめると、フィルは予想に反して私に自分がかけていた上着をかけてくれた。


「風邪をひきます。今日も泉に入ったでしょう」

「フィル」

「帰る時はお声掛けください。部屋まで送ります」


そう言ってフィルが離れていく。邪魔をしないようにその場に座り込んで見ていると、木製の剣を拾ったレオンがまたなんの構えもしていないフィルに飛びかかっていく。


フィルはそれを簡単にいなす。そういえば、今年の騎士団の決闘大会ではフィルは攻撃をひとつも受けていないと、レドルが言っていた。


無傷で勝ったことは喜ばしいが、我が息子ながら末恐ろしい、と言っていたレドルはそれでも嬉しそうだった。


フィルはそれだけ強いのだろう。魔王討伐に選ばれるのも当たり前だ。


ぼんやりと見ているとレオンがフィルに投げ飛ばされる。宙を舞ったレオンがどさりと地面に倒れる。


鍛錬とはいえやりすぎなのでは、と思いながらフィルを見るとフィルも私を見ていた。視線を逸らしてレオンを見る。思わず声をかけてしまった。


「レオン、大丈夫?」


その声かけがいけなかったのかもしれない。レオンがフィルに無理やり立たされて、剣を持って構えさせられる、と同時に強かに剣で肩の辺りを殴られた。


動きが早くて見えない。レオンがフィルに向かって剣を振るってもフィルは上手にそれを避けてしまう。


レオンがもう一度地面に倒れたところで、フィルが木製の剣を地面に置いた。


「姫様、お部屋までお送りします」


そう声をかけられて、レオンを見てからフィルを見る。レオンはこのまま置いておいて大丈夫なのだろうか、その不安が私の表情に出ていたのだろう。フィルが私に向かって頷いた。


「レオン」

「ジョゼ様、申し訳ありませんが、フィルに送ってもらってください」


息も絶え絶え、という感じでそう言葉を紡いだレオンに頷いてフィルに促されるまま鍛錬場を後にする。なんだか今日のフィルは怖い。


毎朝泉に行くようになって、距離が昔に戻ったかもしれない、というのは私の思い違いかもしれない。


「怖かったですか」


フィルの声が真っ暗な廊下に響く。窓から入ってくる月明かりだけが、フィルのことと私のことを照らしてくれる。


フィルの声は平坦で、なんの感情もこもっていないように聞こえた。


「少し。思ったよりもフィルが強くて」

「思ったよりも強かったですか」

「フィルが弱いとは思ってないよ。すごい強いって知ってるもの。でも、レオンとあんなに差があるとは知らなくて」


レオンは決闘大会で第二位だった。だから私の近衛騎士になったのだ。


でもレオンとフィルの間には大きな差があることがわかった。


あんまりレオンの怪我になる鍛錬はやめてあげてほしい、と言おうとしていうのをやめた。


「フィル」

「はい」

「鍛錬の邪魔してごめんなさい」


代わりに出てきたのは謝罪だった。そう言って俯くと、フィルに手を取られて繋がれる。


不思議に思ってフィルを見ると、フィルは無表情のままだった。


「眠れなかった翌日は俺のところへ来ていました。覚えていますか」

「覚えてるよ。フィルのところだとよく眠れたもの」


小さい頃は眠れない夜が怖かった。やっとの思いで朝を迎えて、一番に向かうのは鍛錬場にいるフィルのところだった。


フィルがいるところではどこでも私はよく眠れた。フィルもよく鬱陶しがらずに相手をしてくれていたものだ。


「夜は部屋か、鍛錬場にいます。眠れない夜は来てください」

「…ありがとう」


今はもうフィルの部屋は気軽に行ける場所ではない。でも鍛錬場なら行くことができる。私の部屋の前にくるとフィルが額にキスをしてくれた。


まだ私のことを小さい妹だと思っているのかもしれない。抗議しようと思ってフィルを見ると、フィルが優しげに微笑んでいた。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


扉を開けて中に入る。どうしてだかそのひはゆっくりと眠ることができた。

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