後悔はある
冷たいし寒い。どうしてこんなに寒いんだろうと思いながら泉に足をつけると、そこから鳥肌が這い上がってくる。
こんな薄着で毎日!?と思いながら隣を見ると、お姉さまは顔色ひとつ変えずにそのまま両足をつけられた。
お姉様が身を清めるために毎朝水浴びをしているという泉はどこまでも澄んでいる。
覚悟を決めて両足をつける。護衛のフィルとレオンは私たちの姿を見ないように後ろを向いてくれているはずだ。
情けない声を出すべきではないし、魔王討伐に選ばれたのがお姉様だと言う理由だけで鍛錬をサボるべきではなかった。
お姉様が全身を泉のなかにつける。それの真似をして全身をつけると、心臓が止まりそうになる。お姉さまは今までこんな修行をしてこられたのかと思うと頭が下がる。
お姉様が泉から上がるのを待って自分も泉から上がった。布で体を拭いても寒すぎて歯がガチガチとなってしまう。
フィルとレオンが待っている間にたいてくれていた火のそばに座る。お姉さまは表情ひとつ変えていない。すごすぎる。
「ジョゼ様、これを」
レオンが追加の布を差し出してくれるのを受け取った。聞いた話ではお姉さまは服を変えずにそのまま教会で祈りを捧げるらしい。
私も頑張らないと、と思っても鼻水は出てくる。火はあったかいけれど、服を乾かしてくれるものではない。
「ジョゼ、大丈夫ですか」
「大丈夫です。お姉様、お供させてください」
そう言って立ち上がる。震えそうになる膝を手で叩いた。情けない。フィルもレオンもそう思っているだろう。
ちゃんと修行をしてくるべきだった。魔王討伐は魔王が復活するたびに行われる。
王家から一人必ず魔王討伐に必要な力を持った者が生まれる。今代はお姉さまが魔を封じる力を持って生まれてきた。魔を封じる力は私にも少しだけある。
それでもお姉様の力には遠く及ばず、今代の魔王討伐はお姉様とフィルが行うことになっている。
ラヴィータお兄様は魔王討伐がお姉様の役割であることを知ってから、ずっと魔王が住んでいる魔王城の監視をしている。お姉様が討つべき時に魔王を討てるようにしているのだ。
私といえば末娘と言うのもあってか、魔王討伐に関しては戦力外として見られてきたのをいいことに、好き勝手に生きている。
でも、とチラリとお姉様を見た。本当は好き勝手に生きていいわけではないのだ。お姉様の力に少しでもなれるように頑張らなくてはいけなかったのに。
どこまでも自分に甘い自分に呆れてしまう。今日からはお姉様と修行をちゃんとしよう。
「お姉様、今日から毎日一緒に修行をしてもいいですか」
「…徒労で終わるかもしれませんよ」
「構いません」
教会への道はマントをかぶって歩く。すれ違う人間もいないし、フィルとお姉さまは毎朝この道を二人で歩いていたのかと思うとなんだか背筋が伸びた。
一番前をお姉様が、次にフィルが、その後ろに私、そしてレオンというふうに一列になって歩く。太陽の光が目に眩しい。
「寒くありませんか」
フィルがいきなり振り返ってそう聞いてくる。寒いにはそりゃあ寒い。でもお姉さまは毎朝していることなのだ。私が弱音を吐いていい立場ではない。
「大丈夫」
小さい声でそう答えると、フィルが私の頭を撫でてくれた。小さい頃のことを思い出したのかもしれない。
それからは無言で歩いていると、しばらくして教会に到着した。白い教会は大きくも小さくもない。木の扉を開いて中に入ると、女神様の像が中央に置かれていた。
跪いてそれに祈る。何を祈ればいいかわからなかったので、とりあえずお姉様の力が増えますように。
それと私の力もできれば増やしてくださいと祈った。お祈りを捧げてお姉様が立ち上がるのを見て私も立ち上がる。
お姉さまはしばらく女神像を見つめたあと、踵を返した。
私も女神像を見つめてみる。女神像は微笑んでいるだけだ。なんとなく、心の中でこれからちゃんと修行をします、と宣言した。




