思い通りにはいかない
フィルがいないところでなら腕章を巻ける、と思っていたのは簡単に打ち砕かれた。お姉様から直々に、明日からしばらくは行動を共にしましょうと言われてしまったのだ。
なぜかというと、フィルからレオンは近衛騎士としての警護に慣れていないから、しばらくは一緒にいて警護の基礎を教えたいという打診があったそうだ。
「フィル様と一緒なら安心ですね」
「レーナまで」
「ジョゼ様に何かあれば大変なことですから」
警護の基礎を教えるのは大切なことだけれど、今日のフィルは怖かったからできれば一緒にいたくない。そう思ってしまうのはわがままなんだろう。
「朝から晩まで一緒なのかな」
「そうでしょうね。警護は朝から晩までですから」
「そうだよね」
思わず両手で顔を覆ってしまう。緊張しながら朝から晩までを過ごさなきゃいけないのは気が重い。
お姉様の前でだらけたりもできないし、明日はレオンと中庭や前庭でおしゃべりしながら散歩しようと思っていたのに、一日中勉強や女神様に祈りを捧げることになりそうだ。
うんざりした表情を隠さずに、扉に近づく。少しだけ開いて外を見ると、レオンが扉の横に立ってくれていた。
「もう寝るからレオンも寝てね。おやすみ」
「ごゆっくりお休みください」
レオンがそう言って頭を下げてくれる。近衛騎士の部屋は私の隣になる。何かあればすぐ駆けつけてくれるだろう。
そう思えば重労働だ。顔を引っ込めて寝台にのそのそと上がり込む。
「レーナ、しばらくっていつまでだと思う?」
「フィル様が納得するまででしょうか」
そう言われてレオンには早く一人前になってもらおうと思った。
こんなに静かな朝食久しぶりだ。目が覚めたときにはもうすでにレオンは扉の外にいた。
朝食食べた?と訊いても食べました、お気になさらないでくださいと言うばかり。気になるのは片腕を時々押さえることだ。
朝食はお姉様の部屋で一緒にとることになって、部屋まで行った。フィルは部屋の扉の前に立っていたけれど、私たちと一緒に部屋の中に入ってきた。
部屋にはいつも通りの朝食が用意されていて、私はそれを無言で食べる。
いつもはレーナとおしゃべりをしながら食べているけれど、今日はレーナもひとことも喋らない。黙々と食べ物を口に運んでいるとすぐにお腹がいっぱいになってきた。
もうこれで終わりにしよう、と最後のリンゴを口に入れて咀嚼する。飲み込んでからフォークとスプーンを置いて顔を上げると、フィルとばっちり目が合ってしまった。
信じられないものを見るような目で見てくるフィルになにかおかしいところがあるのかと、自分の体を見回す。何もおかしいところはないけれど、とフィルを見て首を傾げてみた。
するとフィルが近くに寄ってくる。
「もう食べないのですか」
「お腹がいっぱいで」
「フィル、食べる量にまで口を出すと嫌がられますよ」
お姉様の言葉にフィルが私のことを見る。私もフィルを見返して、しばし無言で見つめ合った。
フィルの瞳が揺れて、私は意味もなくへらりと笑ってしまう。
「申し訳ありません。ですが、少ないのではありませんか」
へらりと笑った私に笑い返すでもなく無表情でそう言ったフィルに、そんなことない、という意味を込めてくびをふる。
「結構食べたよ」
「本当ですか」
「本当です」
それに私よりもお姉様の方が食べてないんじゃないかと思って前に座っているお姉さまを見る。
ゆっくりだから分からないかもしれないけど、お姉様はかなりの少食だ。
いつもご飯を食べるところを見ているわけじゃないだろうけど、お姉さまより多いのに少なすぎると言われるのは心外だ。
「お姉様の方が少ないですよ」
「フィルは私の食事量なんて気にしていませんから」
ツンとした声に聞こえた。なんだか気まずくなって口を閉じるとフィルも一緒に口を閉じた。そのまま朝食はお開きになって、今度はお姉様が女神様に祈りを捧げに行くのについていくことになった。
王城から歩いて少しのところに神殿がある。その神殿でお姉様は毎日祈りを捧げているらしい。知らなかった。さすがお姉様だ。
お姉様は着替えがあるとのことで、私もお姉さまにならった服装に着替えることにした。




