私の可愛い近衛騎士
誕生祭も無事に終わり、フィルは私を部屋の前まで送り届けてくれた。それにお礼を言おうと向き直ると、フィルが失礼、と言って髪の毛に触る。それに少しだけ動揺した後、気を取り直して微笑んだ。
「何かついていました」
「ごめんなさい。今日はありがとう。フィルが相手で良かった。フィルは大変だっただろうけど」
「そんなことはありません」
「そう言ってもらえると助かる。ありがとう。おやすみなさい」
ファーストダンスの相手をさせただけにとどまらず、ゴミまでとらせてしまった。申し訳なく思って謝ったけど、フィルが否定してくれて少し気持ちが晴れた。扉を開けて自室に入ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
やっとのことで長椅子に座ると、レーナがすぐに髪飾りを外しにかかってくれる。
「レーナ、私変じゃなかったかな」
「変ではありませんでしたよ。フィル様とも仲睦まじく見えました」
「良かった」
フィルとは5歳の時から仲良く育ったけれど、年をとるごとに距離は開いていった。当たり前と言えば当たり前だ。フィルは騎士団に入るための訓練で忙しくなり、私の相手をしている暇などなくなった。
決定的だったのは三年前、フィルが決闘大会で歴代最年少で優勝し、お姉様の近衛騎士に就任したことだった。それから、フィルに気軽に声をかけることはできなくなった。お姉様の近衛騎士なのだから、と言う遠慮もあったし、何より王城ですれ違うフィルの視線がなんとなく怖かった。
常に近衛騎士として周りを警戒しなければならないのだから当たり前なのに、私はフィルに声をかけることができなくなった。
「前は仲良かったのになあ」
「フィル様は今でも仲良くしたいと思ってらっしゃいますよ」
「レーナはお世辞が上手ね」
ふふっと笑って自分で首飾りをとる。きっとフィルはそんなことは思っていないけれど、レーナがそう言ってくれたことは嬉しかった。髪の毛を梳かしてくれるレーナに甘えるように擦り寄ってしまう。
「明日は私の近衛騎士が発表されるのよね。私、近衛騎士とは仲良くしたい…だってずっと一緒にいることになるんだから」
「そうですね。ジョゼ様なら仲良くおできになりますよ」
レーナがそう言ってくれるのに頷いて、湯浴みを、と促されるままに椅子から立ち上がる。明日の近衛騎士の発表が楽しみだ。
「レオン・ユルフスコート、第二王女ジョゼの近衛騎士に任ずる」
「謹んでお受けいたします」
近衛騎士の就任式は玉座の間で行われた。そこにレオンがいた時から、そうじゃないかとは思っていた。けどやっぱり嬉しい。レオンとも小さな時から一緒に遊んでいた。知らなかったけれど、決闘大会ではフィルに続いて第二位だったらしい。
近衛騎士の服に身を包んだレオンが片膝をついて頭を下げる。それに近づいていき、言われていた通りに片手を差し出す。その手をレオンがとり、手の甲に口付けた。
「この身に代えてもお守りいたします」
その言葉に鷹揚に頷いてみせる。本当はレオンと手を合わせて喜びあいたかった。レオンが近衛騎士で嬉しい。手を下げると、レオンが立ち上がり、一礼をして下がる。ふと視線を感じてそちらを見ると、フィルが私のことを見ていた。その視線の鋭さに慄くとすぐに視線は逸らされる。
なんだったんだろう、と思いながら私もお父様の隣に下がる。就任式はこれで終わりだ。今日からレオンは私と常に一緒に行動することになる。私の紋章を腕に巻き付けることも決まっている。
就任式が終わり、人がゾロゾロと扉から出ていく。早速レオンに私の紋章をつけてもらおうと腕章を持って歩き出すと、レオンも向こうから歩いてきてくれるのが見えた。
「レオン、これ私の腕章」
「ありがとうございます」
「私こそありがとう。レオンが近衛騎士になってくれて嬉しい」
思わず腕章を握りしめて笑うと、レオンも笑ってくれた。常に一緒に行動することになる近衛騎士だからこそ、気が合うかどうかは重要だ。
「自分で」
「やらせて。ずっと夢だったの。近衛騎士に何かしてあげるの」
「光栄です」
レオンがそう言ってくれたから近づいて腕章を巻こうとする。そのレオンと私の間に腕が差し込まれた。驚いて腕を差し込んだ人物を見るとフィルが立っていた。その隣にはお姉様が立っていて、私のことを困ったように見ている。
「フィル?」
「レオン、姫様に巻かせるとは何事だ」
「フィル、私がやりたいって言ったの」
このままではレオンが叱られてしまう。その焦りからフィルの腕を押さえた。体に触るのなんて何年ぶりだろう。力強い腕は私がそっと触ったところでおりなかった。私が腕章を巻くのはそんなにいけないことなんだろうか。不安に思ってフィルをうかがってしまう。
「なぜですか」
「え」
「なぜ腕章を巻きたいのですか」
フィルが視線を動かして私にそう問うてくる。なぜと言われても憧れていたからだとしか言えない。お母様の近衛騎士も、お父様の近衛騎士のレドルも二人ととても仲がいい。私もずっと一緒にいられる、ずっと仲良くできる近衛騎士ができるのだと憧れていた。だから、私の紋章の腕章を巻くときは私が巻きたいと思っていた。
「だって私が近衛騎士にしてあげられることって少ないし」
してあげたい、の声は思っていたよりも小さくなった。フィルの眼光は鋭くて、レオンも何も言えずにいる。このままレオンが怒られてしまうなら、私の夢は諦めた方がいい、そう思って腕章をレオンに差し出す。
「ごめんね、レオン」
「いえ、ジョゼ様」
レオンが腕章を受け取ると、フィルの腕が下ろされた。思わず不満げな顔をしてお姉様を見てしまう。お姉様はため息をついて、フィルの腕の腕章にそっと触れた。
「行きましょう、フィル」
「…はい」
フィルが返事をしてお姉様と連れ立って歩いていく。私は夢を邪魔された気がしてため息をついてしまう。レオンが困ったような顔をして首を傾げる。それにしても今のフィルは怖かった。あんなに礼儀に厳しいとは思っていなかった。
次期騎士団の団長と目されているフィルは自然と戒律に厳しくなってしまうのかもしれない。私も軽率だった。そう思っても肩は落ちてしまう。
「次はフィルがいないところで巻いてください」
レオンが私の後ろに立ってこっそりと耳打ちしてくれた。それを聞いて笑顔になってしまう。
「そうする」
連れ立って玉座の間をでたとき、フィルがまだ扉の前にいて二人で飛び上がってしまった。その厳しい視線に自然と背が伸びてしまう。ぺこりとお辞儀をしそうになるのを堪えて、フィルの前から足早に消えるのが精一杯だった。




