失恋の痛みは平等
公爵邸にお邪魔するなり、シュレル様は泣き始めた。そしてずっと泣いている。
その様子を眺めながらカップを手に取り中の紅茶を飲む。シュレル様はしゃくりあげるだけで何も言わない。あからさまに顔を顰めるフィルにそんな顔しないでと身振りだけで伝えてみる。
フィルには話をするから部屋の外で待っていてくれるように言ったけれどそれは無理だった。先日あんなことがあったのだから、絶対に部屋に入ると言ってきかなかった。
フィルの同行を許してもいいかときいてもシュレル様は泣くばかり。仕方なくフィルも部屋に入ってきている。
今日はレオンはお休みにしてもらった。フィルが私に1日中ついてくれると言ったからだ。あまりにもずっと泣き続けるものだから、レオンが楽しい非番の日を送っているといいなあと思考がよそに飛んでしまう。
「ひ、ひどいわ」
「ひどい?」
聞こえてきた言葉を聞き直すと、シュレル様はお客様がいるにも関わらずちーん!と鼻をかんだ。それっていいのかな、と思っているとシュレル様のそばにいた侍女が新しい布を渡す。
「ひどいわよ」
シュレル様はそう言ってまたおいおいと泣き始める。なにがひどいんだろう、と思ってフィルを見ると首を振られた。フィルもわけがわからないだろう。
ずっと泣いているシュレル様とでは話が進まない。このままこないだの謝罪だけして帰ろうかな、と思っていると執事が中に入ってきてフィルに耳打ちをした。それを聞いたフィルが今度は私に耳打ちをしてくる。
「少し出てきます。すぐにもどります」
フィルがそう言って部屋の外に出る。私ももう帰ろうかな、と思っていると泣き声がやんだのがわかった。
シュレル様を見るとごしごしと目を擦っている。そんなに擦ると赤くなりますよ、と忠告しようと口を開いた。
「あの」
「私、フィル様が好きだったの。いえ、今でも好きよ」
「え」
突然の告白に開いた口を閉じる。フィルとシュレル様にそんなことがあったなんて知らなかった。シュレル様は公の場に出る方ではないし、フィルも交友関係が広い方ではない。
「以前、街で迷っていたら助けてもらったことがあるの」
そう聞くと運命的な出会いに思える。シュレル様は鼻と目を真っ赤にしてしゃくりあげながら話してくれる。
「わたし、彼と結婚しようと思ってたのに。どうしてあなたなの」
ワッとシュレル様がまた泣き始めてついに机に顔を伏せてしまった。シュレル様の周りからカップやソーサーを侍女たちが避ける。だから、以前あんなに怒っていたのか、と合点がいってでもどうしようもないしな、と思ってシュレル様を見る。
そうしていると扉が開いてフィルが入ってきた。
「姫様、お時間です」
そう言われて立ち上がる。フィルが耐えられなくなってきたんだろうし、私もどうしたらいいかわからない。
「とにかく、前回のことはごめんなさい」
そう言い置いて、私たちは部屋から出た。帰りの馬車で私はずっと無言だった。
城に帰るとフィルは騎士団員に呼ばれて行ってしまった。椅子から立ち上がってぐーと腕を伸ばして伸びをする。レーナがお茶を淹れてくれてそれでやっと一息をつけた。
「レーナ、フィルって人気があるんだね」
私がそう言うとレーナが今更ですか、と笑ってくれる。
「フィル様は人気がありますよ。なにせ歴代最年少で近衛になった天才騎士ですから」
「それに優しいもんね」
レーナが頷いてくれる。シュレル様がフィルのことを好きだったとは予想外だった。今日は相手からの謝罪はなかったけれど、そう言う理由があるのなら謝罪どうこうの話ではないだろう。私はわからないけれど、失恋の痛みはひどいものだと本に書いてあった。
「失恋かあ」
私がそう呟くと同時にフィルが部屋に入ってきた。ノックもなしなんて初めてだな、と思っているとフィルがズカズカと中に進んでくる。その勢いの良さに驚いてなんとなく降参のように両手を挙げてしまう。
「どうしたの?」
「失恋したんですか」
フィルがそう言うから思わず笑ってしまう。フィルと婚約しているのに失恋することはない。私に笑われたのが嫌だったのかフィルの顔が顰められる。そんな顔をさせたくはない。
「フィルがいるのに失恋なんかしないよ。本の話」
「本の?」
「そう、これ最近読んでるの」
そういって最近流行りの恋愛小説を見せるとフィルは納得したようだった。確かにフィルは人気があるだろう。金色の髪に青の瞳、ぶっきらぼうだけど優しい。
「ご用があればお呼びください」
至近距離でフィルと見つめあっているとレーナがそういって部屋の外に出ていく。それをフィルの視線が追いかけてから、私の方を見てそれから引き寄せられた。
フィルの方に倒れ込んでしまってもフィルはなんてことなく受け止めてくれる。なんとなくフィルに抱きつくと、フィルも抱きしめ返してくれる。
「なにかありましたか」
「なにもないよ」
フィルにはそういったけれど、フィルが人気があると知ってなんだかモヤモヤとした気分になった。でもそれがまだなんなのかわからない。
フィルに抱きついて胸に顔を埋めるといい匂いがした。フィルと結婚できる私は幸運なのだと思った。




