わかってないのはお互い様だ
結局彼女は何一つ分かってはいない。
騎士団員が鍛錬をしているところを見ながらそう思った。何一つ分かってはいないのだ。自分が彼女を失うことをどれほど恐れているのかも、彼女が傷つけられることがどれほど度し難いことなのかも。
だから平気で出歩いては平気で危ない目に遭って帰ってくる。
一度手に入ると次は無くすことを恐れてしまう。
「足元がおろそかだ」
そう言って騎士団員の足を足で払った。転けるのを見ることもしないで次の騎士団員の元へ向かう。
鍛え直して欲しいと言われて頷いたものの、騎士団の戦力が他国と比べて劣っているとは思わない。自分が魔王討伐も済ませたのだから、そう焦る必要もない。そこで魔王の言葉を思い出す。
『不確実な未来より、確実な未来を選べ。俺を殺したからと言って、おまえの欲しいものは手に入るのか?俺ならそれを与えてやれる』
欲しいものは手に入ったと思っていた。心まで手に入るかは話が別だ。ジョゼは自分のことをまだ仲のいい友人くらいにしか思ってないだろう。
徐々に距離を詰めていけばいいと思っていたけれど、予想以上に焦れている自分に気づく。
舌打ちをして剣を引き抜いた。誰かと鍛錬に取り組めばこの気持ちもどうにかなるだろう。そう思って剣を構えると後ろから声がかかった。
「フィル、久しぶりですね」
「ジョルナ様」
鍛錬場の中心まで来るのはめずらしい。用件は自分がジョゼを軟禁している件だろう。剣を鞘に収めて向き直ると、ジョルナ様は微笑んだ。
「あちらで」
手で安全な方を指し示して歩き出す。ジョルナ様はそれに何も言わずに着いてくる。
「フィル、私が貴方との婚約をジョゼに勧めたのは軟禁させるためではないですよ」
「…」
「貴方の頑張りに報いたいとあの子は思っています。守りたいのは分かるけれど、やり方は間違っているのでは?」
諌めにきたのだ。それは分かる。自分のやり方がまずいことも自覚はある。でもどこかの誰かに傷つけられるのならば自分の目の届く範囲にいて欲しいと思うことがそんなに悪いことだろうか。
憮然としている自分のことをジョルナ様が困った子どもを見るような目で見つめる。自分はもう成人しているのだから、そんな目で見るのはやめてくれ、と言いそうになる。
「ジョゼはシュレル様と仲直りがしたいそうです。貴方、送っていってあげたら?」
ジョルナ様はそう言うと片手を振ってその場を立ち去る。魔王討伐が終わってからジョルナ様の肩の力は少し抜けたようだった。それでも周りに対する目配りは変わらない。
ジョゼに嫌われては元も子もない。公爵邸まで送ることをジョゼに提案することにした。
「送ってくれるの?ありがとう!」
公爵邸まで送ることを提案するとジョゼは嬉しそうに微笑んだ。いつがいいかな、と早速日程を確認しようとするジョゼの腕を掴んで引き寄せる。
侍女がいるけれど関係はない。
「フィル?」
困ったように名前を呼ぶジョゼを至近距離で見つめていると、心がないでくる気がした。ジョゼはもう手に入っている。あとは心だけだ。だから焦らなくていい。自分にそう言い聞かせて、ジョゼを離す。
「なんでもありません。日程はいつでも。ではこれで」
そう言って部屋から出ようとする自分をジョゼの手が引き留めた。振り返ると、服の裾を掴んでいる。
「どうしました」
「フィル、今度は気をつけるからね」
そう言われて思わず微笑んでしまう。彼女なりの譲歩だろう。そう思って彼女の腰に手を回して額にキスを落とす。
「そうしてください」




