保護が過ぎる
あのあと身なりを整えてシュレル様のお屋敷を後にした。大事になる前に帰ってしまおうという魂胆だったけれど、そううまくはいかず、シュレル様の件を謝罪しに、侯爵が城を訪れた。
「大変申し訳なく思っております」
お父様に呼びだされて玉座の間に入ると頭を下げいている侯爵がいた。お父様は私を見ると破顔する。
「ジョゼ、喧嘩をしたのか」
「はい、しました」
「勝ったか」
「次は勝ちます」
「そうか」
ニコニコと笑うお父様は公爵に頭を下げなくていい、といった。その様子は微塵も怒っている様子ではなくて、さすがお父様、と言いたくなった。
「ブロント、子どもは喧嘩をするものだ。いちいち親が謝罪に来ていては安心して喧嘩もできん」
「ですが」
「ジョゼ、喧嘩は仲直りが大事だ」
「任せてください」
お父様にそういうとお父様は満足げに頷いてくれた。お父様は昔から私の喧嘩を咎めたりはしない。
「そういうことだ。ブロント。下がるがいい」
「承知いたしました」
公爵が私のことをチラリと見て頭を下げようとするのをやめた。親が子どもの喧嘩に出るものではない、というお父様の言葉に従うことにしたのだろう。それにしても謝罪にくるのが早い。
「ジョゼ、フィルのことは自分でどうにかするのだぞ」
「どういうことですか?」
「この間から出ればわかるだろう」
そう言われて私は不思議に思いながら玉座の間から出た。そこにフィルが立っていた。表情は険しい。その前に公爵が立っている。公爵もフィルのことは知っている。当然、私の婚約者だということも。公爵が怯えたように一歩を踏み出さないので、私の方が先にフィルに近づいた。
「フィル」
「話はレオンとレーナから聞きました」
二人も問い詰められて話してしまったんだろうと想像がつく。フィルは私のことを背に庇うように立つと、柄に手をかける。お父様が自分でどうにかしろ、と言ったのはこれか、と思い当たってフィルの手を押さえた。
「ただの喧嘩だよ」
「先に手を出したのはシュレル公爵令嬢だと聞きました」
「私もカップを投げつけてドレスを破いたの」
私の言葉に公爵が目を見張る。そこまでは話してなかったのかもしれない。フィルが私のことを見てそれから公爵を見る。視線だけを動かしたそれに、私も緊張してしまう。フィルが本気になれば私には止められない。
「次はない」
それが公爵に向けられた言葉だというのはわかった。それに公爵が何度も頷いて見せる。私が視線で帰るように促すと、公爵が足早にその場を去る。フィルが柄にかけていた手を離す。私もその手を離した。
「どうしてすぐに話してくれなかったのですか」
「それは」
フィルに言えば大事になるかもしれないと思ったから、とは言い難い。何も言わない私を見てフィルがため息をつく。呆れたように聞こえるそれに、ちょっと心が痛む。
「これから私がいない時の外出は控えてください」
「それは無理だよ」
あはは、と笑い飛ばそうとしたけれどフィルの表情は真剣だ。本気なことが伝わってくる。
「フィル、フィルがずっとついていなくても大丈夫だよ」
「大丈夫ではないです。事実あなたは怪我をするかもしれなかった」
「…そうだけど」
そうだけどさ、と俯くとフィルの手が頬に触れる。そのまま顔を持ち上げられて、フィルと目があう。その青の瞳を見つめているとなんでも言うことを聞きそうになってしまう。
「言うことを聞いてください」
「…」
ため息をついてその言葉に頷いた。
あの喧嘩をしてから私の外出は厳しく制限されるようになった。ほとんどの時間を部屋の中で過ごしている。
「レーナ、体が衰える」
「仕方ありません。どこへ行くにもフィル様への報告が必要になっていますから」
フィルはあの後騎士団に通達を出したのだろう。どこへ行こうとしてもどちらへ?とにこやかにきかれて部屋に戻されるようになった。お姉様の部屋に行く事すら許されない日もある。そんな生活が二週間も続けば普通に嫌になってくる。
お父様が自分でなんとかしろと言ったのはこれも含めてのことだったらしく、お父様もお姉さまも助けに入ってはくれない。
「フィルは私のことを引き籠りにさせたいのかな」
「そうでしょうね」
レーナが無表情でそういうのを聞きながら、なん度目かわからない部屋の窓際に立つ。あれからシュレル様とは会っていない。どうして彼女が突然怒り出したのかもわからないままだ。
「仲直りしたいな」
「まずはフィル様を納得させるところからですね」
レーナの意見に賛成だ。フィルは日に一度、時間を見て顔を出してくれる。その時に説得してみよう、と思った。




