やるなら全力で
シュレル様のお茶会はシュレル様のお部屋で催された。予想外だったのは私とシュレル様の二人きりだったということだ。
「…」
「…」
さっきからシュレル様は黙ったまま、私のことをじっとみている。私も黙ったままその瞳を見つめ返す。久しぶりに会ったシュレル様は以前に会った時よりも髪の毛がだいぶ伸びていた。結いあげられず垂らしたままの髪の毛は腰まで届いている。お手入れが大変そうだ。
「フィル様と、婚約したというのは」
シュレル様が口を開く。それに驚いて反応が遅れてしまった。急いで頷いて見せる。
「はい。婚約しました」
「なぜですか」
なぜとは。ここでフィルに請われたからです、と答えるのは惚気ているみたいで恥ずかしい。どう答えようか迷っていると、シュレル様は飲み物を飲んだカップをガチャン!と音を立ててテーブルに置いた。
「理由をお聞かせください」
怒っているようにも見えるシュレル様に、私が何かしたかとレーナを振り返る。レーナは首を振るだけだ。どうしてシュレル様が怒っているのか見当がつかない。
それでも相手の問うていることに答えなければ、と口を開いた。惚気に聞こえてしまったとしても事実なのだから仕方ないだろう。
「フィルが私との結婚を望んだからです」
「そんなわけない!」
バン!とテーブルをシュレル様が乱暴に叩く。ご令嬢らしくないその姿に呆気に取られていると、シュレル様がカップを振り上げた。危ない、と思っているうちにカップの中身は私の方へ飛んできた。避ける暇もなく、私の顔に飲み物がかかる。
「ジョゼ様!」
レーナが悲鳴をあげて名前を呼んでくれる。衝撃がきてから、熱いと感じた。慌てて椅子から立ち上がると、レーナが顔を拭いてくれる。それ、レーナの前掛けなのに、と思いながらされるがままになっていると、レーナが声を張り上げた。
「お気は確かですか!?王族にこのような仕打ち!」
「うるさい!」
まずい、と思った瞬間にはカップがレーナめがけて飛んできた。危ない、このままじゃレーナが怪我を、と思ってレーナの前に出る。備えていた衝撃がいつまでも来ないことを不思議に思って目を開けるとそこにはレオンがいた。
カップはレオンの腕に当たって床に落ちたらしい。
「ジョゼ様、お怪我は」
「ないよ。ないけど、レオンは」
「怪我のうちに入りません。それよりもシュレル様、ご説明を」
レオンの手が剣の柄にかかった。近衛騎士は王族の盾であり、王族の剣だ。レオンは私が紅茶をかぶった罰を受けるかもしれない。そしてシュレル様は確実に罰を受ける。城で待っているであろう婚約者の顔を思い出して覚悟を決めた。どうやっても五分五分に持ち込まねばならない。
「やったわね!」
カップを掴んでその中身をシュレル様に向かってぶちまける。それだけじゃこと足らず、近くにあった手拭いも投げつけてやった。
「ジョゼ様!」
レーナとレオンが慌てて私のことを押さえつける。私は二人の間から、近くにあった替えのカップをつかむとそれをシュレル様の頭に向かって投げつけた。
「痛い!」
「うるさい!先にやってきたのはそっちでしょう!」
レーナとレオンが私を押さえる力はそんなに強くはない。二人の間をすり抜けて、シュレル様の髪を掴んで引っ張る。
「謝りなさいよ!」
「あなたこそ!」
シュレル様も私の髪の毛を掴んで引っ張る。ドレスもお互いに引っ張りあってもみくちゃだ。私たち二人を止めようとレーナとレオン、それにシュレル様の侍女が入ってきてもお構いなしに、シュレル様の髪の毛を掴んで引っ張り、ドレスを引っ張って破いてやった。
「ジョゼ様、お止まりください」
「シュレル様が謝ったらね!」
「シュレル様!おやめください!」
「止めないでよ!」
こんなふうに人と喧嘩したのは何年ぶりだろう。つかみ合って破りあっているうちに足が出始めた。お互いに相手を蹴ろうと足を出す。レオンがこれでは埒が開かないと思ったのか、私のことを担ぎ上げた。
「レオン!おろして!」
「おろしません!」
レオンが私のことを担ぎ上げて部屋から出る。すぐに侍女がついてきて別の部屋に入れられる。その部屋でレオンは私を床に下ろすと、私のことを見てかわいそうなものを見る目をした。
「レオン様、ご退出を。身なりを整えませんと」
「ああ、頼む」
レオンがそう言って部屋から出ていく。残されたのは私とレーナの二人だけ。レーナは大きくため息をついた。
「言いたいことはたくさんありますけれど、とりあえず身なりを整えましょう」
そう言ってレーナが私の顔を拭いてくれる。そこにワゴンに布や水を乗せた侍女が入ってきた。
「後でお話はありますからね」
レーナの言葉にとりあえず首をすくめてみせた。




