呪いの言葉
魔王城にいる魔物はそう強くはなかった。危なげなく先に進むことができた。魔王が封印されてから復活するまで長い時間が経っている。その間に弱くなったんだろうか、と思いながら魔物の首に剣を突き立てた。
「フィル、少し休んでは」
「大丈夫です」
この程度で疲れるような鍛え方はしていない。ジョルナ様の提案を断って先に進む。途中でいた大きな魔物も図体だけだった。
「…フィル、褒賞は急がなくても逃げませんよ」
「足がついているので逃げられる可能性を捨てきれません」
ジョルナ様は俺が何を欲しがっているのかわかっているのだろう。それだけ答えると、後ろからため息が聞こえてきた。
「フィル、ジョゼはまだ子どもです」
「私の隣で大人になればいい」
そう口に出して、少し気持ち悪いなと自分で自分を嗤った。でも口に出したことは本気で思っている。自分の隣にいてくれるのならゆっくり大人になるのを待てる。でも隣にいないのなら、そこまで考えて横から飛び出してきた魔物の首を刎ねた。
隣にいてくれない、そんな未来を自分を許すことはできない。足を進めていくと、大広間であろう場所にでた。そこにいた男がゆっくりとこちらを振り返る。頭からツノが生えているその男はまだ魔物よりも人間に近いように見えた。
「魔王討伐か」
「おとなしく殺されれば苦しめはしない」
「…似ているな。おまえ、欲しいものがあるのだろう?どうだ、それを俺がおまえに与えてやろう」
魔王であろう男は優しげにも見える顔で笑った。
「今のままでは手に入らないものだ。俺が必ずおまえにくれてやろう。どうだ。俺の元へこい」
「フィル」
ジョルナ様が名前を呼ぶ。心が揺れたのがわかったのかもしれない。
「不確実な未来より、確実な未来を選べ。俺を殺したからと言って、おまえの欲しいものは手に入るのか?俺ならそれを与えてやれる」
深く息を吐いて、足に力を込めた。魔王の右腕が動くよりも先にそれを切り落とす。
「後悔するぞ」
その言葉は呪いのように俺に刺さった。
ぼんやりと魔王の言葉を思い出していると、庭をゆっくりと散歩するジョゼが目に入ってきた。今日の午後には王陛下から俺が望んだ褒賞が与えられるかどうかの決定が俺に下される。
ジョルナ様の近衛の任は一時的に解かれている。昨夜急に解かれて、理由を聞いたらゆっくり休めと言うことだった。魔王が討伐されて危険もないのだから、当然と言えば当然かもしれない。
こっちを見ないかな、と思いながらジョゼを見ているとしゃがみ込んで花をいじっている。手が汚れるだろう。行って手を拭いてやろう、そう思って窓際から離れようとした時、視線を感じたのかジョゼが上を向いた。
少し視線を彷徨わせた後、俺のことを見つけたジョゼが手を振ってくる。それに俺も手を振り返すと、ジョゼがニコリと笑う。そして、そこで待ってて、という身振りをした。
それに頷くとジョゼが走り出す。転けないだろうか。心配になってからいくつだと思っているんだと自分に呆れた。
程なくして扉がノックされる。開けるとそこには花を持ったジョゼが立っていた。
「フィル、お花あげる」
「ありがとうございます」
受け取ると満足げな顔をするジョゼに、頭から食べてしまいたいと思う。ニコニコとしているジョゼのことを見つめていると、ジョゼがあのね、と喋り出す。
「褒賞で私のことを望んでくれたでしょう」
「はい」
「フィルがどう言う気持ちかわからないけど、フィルが望んでくれるなら光栄なことだなと思って」
そこで一旦言葉を区切ってジョゼがふわりと微笑んだ。
「どうぞよろしくお願いします」
そう言ってジョゼが頭を下げる。たまらずに抱きしめると、おずおずと自分の背中に腕が回った。それだけのことが驚くほど嬉しくて、強く抱きしめると、ジョゼがグエっと言ったのが聞こえた。
やっと手に入った。
第一章が完結しました。
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