世界を救う
やっぱり世界を救いたいなんて微塵も思えない。
魔王討伐の命を正式に受けたのは一年前、自分が成人した時だった。その時はなんの感慨もなかった。それよりも自分の一年後に成人するジョゼのことが気になってしかたなかった。
ジョゼが誰とファーストダンスを踊るのか。自分が気になっていたことはその時それだけだったと言っても過言ではない。世界を救いたいなんて微塵も思えなかった。それでもその命を受けたのは。フィルはまおうをたおすんでしょう、みんないってるもの、と舌足らずに言ってきたジョゼのことを思い出したからだ。
自分の強さは幼い時から自覚していた。魔王を討伐する騎士に選ばれるのは自分だろうとなんとなく思ってもいた。
フィルがまおうをたおしにいくときは私もついていってあげる、と言っていたかつての彼女を思い出して、口元に笑みが浮かぶ。ついてこさせるわけがない。ジョゼは城の中で編み物でもしていればいい。
危ないことも怖いことも何一つしなくていい。何一つできることもなくていい。そう思っているのに最近の彼女は修行を頑張ると言って頑張っている。口には出さないけれど、そんなこと頑張らなくてもいいと思っている。
冬の時期の泉は冷たいのに、我慢して入っている姿を見るとやめさせたくなるし、祈りを捧げているのも膝が冷たいだろうと心配になる。彼女はそんなことをしなくてもいい。ずっと暖かいところで、自分のことを待ってくれているだけでいい。
そんなことを考えながら近衛の服に着替えて、部屋を出ようとした時にコンコンと扉がノックされた。こんな時間に誰だ、と思いながら扉を開けると、ジョゼが所在なさそうに立っていた。
「フィル、いた。よかった」
彼女が自分の顔を見て嬉しそうに破顔する。頭から食べてしまいたい、と思いながらそれでも自分の表情は変わっていないだろう。
「どうしました」
平然を装って応えると、ジョゼが可愛らしく包装された包み紙を取り出した。
「フィルに。お守り。お姉様とお揃いなの。邪魔じゃなかったらつけてほ」
「つけてください」
まだジョゼが喋っている途中で腕を差し出す。ジョゼが驚いたようにその腕を見て、それからいそいそと包み紙からお守りを取り出した。以前自分にも作って欲しいと言えなかったそれに、気持ちが浮上する。
「腕でいいの?足とかの方が邪魔にならないと思うけど」
「腕がいいです」
見えるところがいい。その言葉は口に出さなかったけれど、腕にジョゼがお守りを巻いてくれる。様々な色の糸を編み込んだそれは精緻で美しかった。自分の目線の高さに腕を上げてそれをまじまじと見つめる。
「フィル、大丈夫だと思うけど気をつけていってきてね。…私ついていけないから」
そう言ってジョゼがいたずらっ子のように笑う。あのことをまだ彼女も覚えていたのかと思って驚いた。自分ばかりが覚えているのだと思っていた。
彼女の前に片膝をついて跪く。やっぱり世界なんて微塵も救いたいと思えない。壊れるなら壊れてしまえ、と思ってしまう。でも
「必ず勝利を持ち帰ります」
彼女が笑っていられる世界を守れるのは自分しかいないのだと思ったら、それは悪くない。そう言って彼女の手をとり、手の甲に口付ける。褒賞に何が欲しいかなんてもう決まっている。
王陛下も俺が何を欲しがるかわかっているのだろう。だから今年の決闘大会の褒賞はジョゼとのファーストダンスだったわけだ。絶対に俺が優勝するとわかっていての褒賞だった。それと俺のやる気を引き出すためにも使われた。
勝てば欲しいものをやろう、と言われているような気がした。国の役に立てば、目の前のジョゼがもらえるだろう。
「フィル」
ジョゼが俺の名前を呼んで顔を上げると抱きつかれた。驚いて固まっているとジョゼが本当に無事で帰ってきてね、となきそうな声で言う。ジョゼの腕を取って、自分から離して立ち上がる。不思議そうにするジョゼを今度は自分から抱きしめた。不敬になっても構わない。
帰ってきたらジョゼが手に入る。口元に浮かぶ笑みは消すことができなかった。




