無才
お姉様とフィルの魔王討伐に出発する日がついに決まった。
一ヶ月後に出発するらしく、王城内はそれに伴いバタバタとしている。
フィルとお姉様を監視塔のある屋敷まで警護する騎士団員も選抜も終わり、騎士団長直々に選抜された騎士を鍛え直しているらしい。
私はといえば、毎日一緒にいたお姉様とフィルが出発の準備のために忙しくなってしまい少し寂しい。でも私にできることは何もないから、王城内の自分の部屋で大人しくしている。
「明日はお姉様と大教会に行って出発の報告をするのよね。ちゃんとしなくちゃ」
「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ」
レーナがそういっていれてくれる紅茶を受け取った。温かい湯気が出ている。
実は大教会にいる大司祭様が苦手だ。なにかにつけて私とお姉様を比べたがる。お姉さまに比べて才がないのは事実だけれど、ちくちくと嫌味を言われると気持ちが落ち込む。
「お姉様とフィルにお守りも渡さなきゃね」
出発の日が決まってからずっとお守りを編んでいる。二人がつけてくれるかどうかは分からないけれど、つけてくれると嬉しいしつけてくれなくても何かしたい気持ちは昇華できる。
「きっと喜んでくださいますよ」
レーナが微笑んでそう言ってくれるのに背中を押されて、私はお守りを編み始めた。
大司祭様に跪いて出発の報告をするお姉様の何と美しいことか。窓から入ってくる日の光がお姉様を照らして、神々しくさえ見える。
大司祭様がお姉様の肩に手を添えて光と共にあらんことを、と励ましの言葉を与えてくださる。お姉様が無事に帰って来ますように、と私も心の中で願った。
無事に報告が終わり、お姉様が立ち上がる。それに合わせて私たちも椅子から立ち上がる。大司祭様がぐるりとあたりを見まわし、私を見つけて近寄って来た。
慌てて頭を下げると、頭上から鼻で笑う音が聞こえた。これはまずい。
「ジョルナ様が魔王討伐に出向かれるというのに、ジョゼ様は何をされておいでで?」
そう言われて言葉に詰まってしまう。何をされておいでで?といわれても何もしてないので何も言えない。
「まあいいでしょう。無才の姫君に何も期待は、」
そこまでで大司祭様の言葉が切られる。どうしたのだろうと顔を上げると剣の切先が大司祭様の首に当てられていた。
それに仰天して剣を持っている人物を見るとフィルだった。その顔がいつもよりずっと冷たく見えて慌ててしまう。
「何をする!」
大司祭様が慌てて後退し、その勢いで尻餅をついた。フィルは尻餅をついた大司祭様に剣を向ける。
「不敬な発言だ」
一言そう言ったフィルが剣の先を大司祭様に近づける。不敬な発言を今までとがめたことがなかった。そしてふと気づく。フィルがいるときに大司祭様に会うのは初めてだ。
大司祭様は口を開けたり閉じたりしている。フィルは魔王討伐の騎士に選ばれているから下手なことが言えないのだろう。普通の記事よりも大司祭様の地位が上だけれど、魔王討伐の騎士はなんというか扱いが違う。
「フィル」
お姉様が咎めるように名前を呼ぶ。私が何も言わないからフィルが怒ったのだ。フィルを見て、大司祭様を見る。心を決めて口を開いた。
「今回は許しましょう。次回は首を刎ねます」
そう言うと大司祭様の顔が真っ赤になる。無才の姫君に言われて腹が立って仕方がないのだろう。今まで私に反論されたこともない。その様子に胸はスッとしたけれど、同時に怖くもなった。
大司祭様に嫌がらせとかされませんように。
「フィル、剣を」
フィルにそう言うとフィルは私の顔を見てそれから渋々といった感じで剣を下ろした。本当に首を刎ねてしまいそうで怖い。
大司祭様は息を大きく吸った。私も息を大きく吸う。それから何も言わずに立ち上がった大司祭様が私のことを睨みつけてその場から立ち去る。深く息を吐いてフィルを見ると、フィルはまだ大司祭様を見ていた。
「フィル、ありがとう」
「本当にはねてもよかったのですよ」
「フィル」
咎めるように名前を呼ぶと、フィルが不満げな顔をした。そんな顔を見るのは初めてだった。




