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黄色の落ち葉と銀の恋文

「ねえ、スワロー。これはどう?」

「あのね、ローズマリー。さすがに薄いガーゼは寒いでしょ、冬の布団だよ」


 私は周囲を見てから暖かそうなウールを見た。なぜかコセアおばさんは笑いを堪えている。なぜ?

 ローズマリーに軽く手を叩かれた。

 

「あのね、スワロー。100人分のベッドを増設するんだから、さすがに予算が足りないよ」

「そっか……。じゃあおばさん、ダブルガーゼを……」


 私はむむむと布を睨んだ。


「あのコセアおばさん、シーツや布団を作ろうと思ったらどれくらい必要なの?」

「そうだね」とコセアおばさんは指折り数えた。「シーツにはざっと6ヤード、布団には7ヤードだね」

「じゃあそれを100人分ちょうだい」


 私の適当な注文に横でローズマリーが笑った。コセアおばさんはボリボリと頭を掻いてから、カウンターから身を乗り出した。


「あんたら噂によると救貧院を新しく建てるんだって?」


 私とローズマリーは目を合わせた。頷いた。


「新しく建てるんじゃなくて増設するだけよ」

「どっちでもいいけどね」とコセアおばさんは乱暴だ。「そのためにベッドを増やすんだろう、100人分」

「ええ、そうよ」とローズマリーが一歩前に出た。

「物乞いの兄弟は入れるのかい?」

「もちろんよ」と私は声を潜めた。

「兄弟を入れるのなら大きめのベッドを作りな。同じベッドで寝てもらえたら少しはスペースを節約できて、ベッドを増やせるよ」

「本当だ!」


 私はぽんと手を叩いた。


 ローズマリーは「それでは布はどれくらい買えばいいのかしら?」と首を傾げた。

「少し布をおまけしてやるからそれで作りな」とコセアおばさんは豪快に大きく笑った。「この街の物乞いが減りゃ、こっちも助かるからね!」

「やった!」と私は飛び跳ねた。「おばさん最高!」


 おばさんはもう一度笑った。そして真面目な顔になった。


「その代わり救貧院も孤児院もちゃんとやっておくれよ」

「ええ。おばさんもちゃんと毎週教会へ行って、献金してね」


 こうして私とローズマリーは1500ヤードのダブルガーゼをたったの400スティアで買えたのだ。ローズマリーは布を馬車で教会まで運んでもらうことにした。と、いうことで私とローズマリーは歩いて教会へ向かった。


「ねえローズマリー。お金ある?」

「あるよ。お父様に教会のこと話したらお小遣いをもらえたから」とローズマリーは籠を持ち上げた。「もしかしてスワロー……、お金もうなくなった? 無一文? 物乞いの仲間入り?」

「しないよ! 少し心もとないだけで」

「スワローは公爵様にこの件話しているの?」

「簡単には話したよ。教会の手伝いする、って」

「それ、ほとんど何も話していないじゃない」


 ローズマリーは呆れたように顔を歪ませた。

 街歩けば黄色の落ち葉が落ちてきた。顔を上げた。最初に見る落ち葉だった。


「もうすぐ冬だね」

「ねえねえ、スワローはどこからお金出しているの? そんなに予算を渡されているの? それとも衣装代を削っているの? お茶会の費用?」

「お茶会なんてしないよ」と私は屈んで落ち葉を拾った。「衣装も私が注文しようとしても結局お母様の意見が通るから、お母様が衣装代を出しているもの。似合う?」


 私は落ち葉を髪に差してみた。ローズマリーは首を横に振った。


 教会に着くと外でラングレッド家の馬車が停まっていた。窓から溢れんばかりの布が見えている。教会に入ると、チャルソン牧師が唖然と腰を抜かしていた。


「お嬢さん方。突然大量の布が教会に届いた側の身にもなってください」

「あら、次からはどうすればいい?」と私は屈んだ。

「せめて、御者に言伝くらい……」


 ローズマリーが牧師の手を引き、立ち上がらせた。牧師はローズマリーに礼を言った。


「あの山のような布を教会に入れますね」

「手伝いましょうか?」と私は戸口を見た。

「いいえ。男の方が早いです」とチャルソン牧師は救貧院の方へ向かった。「お嬢さん方はシーツや布団を縫える女性を探してください。あ、女の子だけで救貧院に入らないでくださいね」


 私とローズマリーは頷き、孤児院へ向かった。縫い物が出来る女の子は2人だけいた。11月になるのは、来月。たったの4人で間に合うの?

 私は思わず天を仰いだ。あぁ、神様。どうか人手をください。


 夕方になり、屋敷へ戻った。とりあえず10枚分のシーツ用の布を持って。

 お父様に睨まれながらも夕食を終えた。お風呂に入り、寝間着に着替えた後、チクチクと縫い物を進めた。けれど23時になると痺れを切らしたカタリナに没収されてしまった。あぁーん。

 翌朝、朝の支度と朝食を終えると私は仕事を再開した。けれど、勉強時間に邪魔された。


 3日経ち、ようやくシーツが1枚完成した。

 ローズマリーに手紙を送って進捗を聞いてみた。返事が来た、今2枚目に取り掛かろうとしているらしい。

 うぅ、間に合うの?


 ドーリーマ姉様がお茶会をしている。私は誘いを断って仕事をした。下から笑い声が聞こえる。チクチクと縫い進める。プツ、と血が出た。指を舐めて縫い物を進めた。

 ノックの音が響く。


「なに?」と手を止めず聞いた。

「お嬢様」とイレーネの声。「ドーリーマお嬢様が、ジョセフィンお嬢様にも来てほしいとのことです」

「お茶会に? 嫌よ」

「一瞬、お顔を見せるだけでよろしいそうです」


 ハァ、と縫い物の籠を持ってサロンに入った。サッと出て、サッと帰る。

 赤、黄色、茶色、黄緑のドレスを来た令嬢たち。視線が私に向かう。


「こんにちは、皆様」と笑んだ。「ドーリーマ姉様、何かございましたの?」

「そうよ、ジョセフィン。みんながあなたに会いたいって」

「え?」


 春のお茶会で少しアレな感じだったし、それ以来私はローズマリーと平民街の方に出入りしていた。なのにどうして?

 赤毛の少女――マリエッタ――の視線に気づいた。彼女の視線は、私の持つ籠に向かっている。


「お久しぶり」とマリエッタさんは微笑んだ。「ドーリーマさんからあなたは前置きが嫌いだと聞いていたから単刀直入に言ってもいいかしら?」

「どうぞ」

「あなたがしている慈善活動で、私に出来ることはないかしら?」


 え?

 思わず籠を見た。どうして急に?

 シャルロット王女はティーカップを下ろした。


「先ほどまで皆が話していましたのよ。婚約者を決める前にこの地に根を下ろしたい、と」とシャルロット王女は真剣な眼差しで微笑んだ。「そこであなたが貧民のために救貧院や孤児院を作っていると聞きました。そのお手伝いをすれば良い、と彼女たちは考えたようです」

「根を下ろす、とはどういうことですか?」


 私はぎゅっと籠の持ち手を握った。ドーリーマ姉様が少し憂げに目を逸らした。


「ここにいる者は皆、あなたを除いて先日成人したでしょう?」

「そうですね」と私は皆の髪を見た。私以外、成人女性らしく髪を結い上げている。

「成人すれば婚約者が決められるようになる。でも私たちは皆、辺境伯との婚約だけは避けたい」

「身分は高いけれど、今のご時世では命の危険と隣り合わせですもの」とユリンカさん。「だからこそ、王都の貴族と婚約したい」

「けれど、辺境伯の子息たちは婚約者を求めている。守護となり得る身分の高い婚約者を。ならば公爵令嬢である私達はこの地に残らねばならない理由を作れば良いのです」

 私は「切実ですね」と思わず呟いてしまった。


 マリエッタさんが嫌そうに眉根に皺を寄せた。赤み掛かった茶髪の少女――アンジェリカ――は重々しく首を横に振った。


「それでも良いのです」とアンジェリカさんは強い目を私に向けた。「私たちは確実で穏やかな未来が欲しいのです」

「ええ。どんなに身分が高くても北方の貴族との結婚は避けたい」とユリンカさん。「私にも出来ることはありますか? さすがに平民街へは行けませんが……」


 神様ありがとう。

 私は窓から空を見た。ツバメは南へ行こうと栄養を蓄え飛んでいた。


 籠をドンとテーブルに置いた。


「ここに今、私が縫っているシーツがあります。先日1枚完成しました。親戚の子も1枚、孤児院の方では8枚縫い終わったそうです。けれど、冬までにあと100枚必要ですし、更に布団も同じくらい縫わねばなりません」


 私は深呼吸した。皆が――王女までもが――真剣な顔で聞いている。もう一度深呼吸してから私は微かに笑った。

 

「あとで侍女に布を持ってきてもらいます。シーツを縫っていただけますか?」


 真っ直ぐ、令嬢たちを見つめた。

 最近成人した彼女たちには社交という仕事もある。それに付随する仕事もある。

 どれほど手伝ってもらえるのか。けれど、今は本当に人手がほしい。どんな動機があったとしても、これは神様がくださったチャンスだ。私にとっても、あなた方にとっても。


 近くに座っているユリンカさんは私の傷がある指先を見ている。アンジェリカさんは唾を飲み込み、頷いた。


「やります。シーツ5枚分の布を預かって、私の家へ持ち帰ってもよろしいでしょうか?」

「私もやります。仕事は遅いのですが来週のお茶会までに1枚は完成させますわ!」とマリエッタさん。

「私もやります。縫い物は得意なので7枚分ほどお借りできますか?」とユリンカさん。

 王女は軽く目を瞑ってから「手仕事について、私は刺繍やレース編みしか許されていません。ですので、のちほど寄付金をお送りしますね」と頷いた。

「私もやるわ」とドーリーマ姉様。


 私はそっと目を逸らした。家に持ってきた分の布だけじゃ足りないかも。

 令嬢たちの住所を聞いて、教会から送ってもらおう。



 翌週。

 私は仕事に慣れて、1週間で1枚半も縫えた。成長させてくださる神に感謝を!

 手紙によるとローズマリーは、ゴーディラックから出戻ってきたキナエンダ未亡人にも仕事を任せているらしい。ベネディクト伯父様が当主の座を退いたことにより、暇になったジュヌヴィエーヴァ伯母様もやっているらしい。ローズマリーにとっては祖母にあたるジュヌヴィエーヴァ伯母様はおしゃべりしながら縫い物をするのを楽しんでいるらしい。よって7枚完成させた。

 あとシャルロット王女から布を50枚分預かる、と連絡が来た。お金で縫い物用に臨時で人を雇ったらしい。王族の力だぁ……。

 ドーリーマ姉様から受けた報告によると、アンジェリカさんは侍女の力を借りて5枚分のシーツと3枚の布団を完成させたらしい。ユリンカさんも侍女と姉君の手を借りて頑張って6枚のシーツと8枚の布団を完成させた。マリエッタさんは宣言通り1枚縫い終わった。



 工事の様子を見に教会へ行った。

 チャルソン牧師に深々とお礼を言われた。まだ終わってないのに。


「あの、チャルソン牧師。救貧院と孤児院の工事の様子を見に行ってもいいですか?」

「ええ。共に行きましょう」


 牧師に付き添われ、救貧院から見た。増設工事は途中だがあとは屋根ができればなんとか冬を凌げそう。

 増設中の孤児院の中に入ってみた。外装は完成しているからあとは内装だけ、という段階だった。

 職人もかなり人数が増えて、工事は急速に進んだ。

 孤児院の女の子の様子を見た。布団が9枚完成していた。縫い物のできる子が教えたらしい。納期はあと3週間。



 やった!!!

 神様ほんっとにありがとう!


 教会を出て私は踊りながら歩いた。ランランラン〜。ルンルンラー。

 街行く人々が怪しいものを見る顔で避けて歩く。今の私は神の箱がエルサレムに戻ってきた時のダヴィデ王だ。


「危ない!」と誰かが私を押し飛ばした。


 建物の壁にぶつかった。誰かがとんでもないスピードで早馬を飛ばしてきた。押し飛ばした男はパンパンと手を払った。


「浮かれてんじゃね。ちゃんと周りを見ろ」と厳しく叱られた。

「助けてくれてありがとうございます」


 早馬は教会の前で停まった。教会の鐘が鳴った。なんだろう?

 人々は、私は教会に入った。


 真っ青な顔をしたチャルソン牧師が壇上に立っている。


「先週、モンテルス領で事件がありました。モンテルス領にある3つの井戸に毒が入っていたそうです」


 私は思わず息を呑んだ。牧師の話が終わる前に、教会から飛び出した。馬車に乗り、屋敷に戻った。急いで自分の部屋に入り、便箋とペンを取った。モンテルス領……、イーリアス様! 彼は今、モンテルス領に帰っている!

 手が震える。けれど手紙を書いた。短いけれど手紙を。その手紙をイレーネに預けた。


 日曜日、貴族の教会に行った。事件のことが教会で伝えられていた。辺境伯の一族は無事だったそうだ。

 私はホッと胸を撫で下ろした。けれど、あの穏やかで人に対する垣根のない彼らは無事なのかしら? 死傷者21人と聞いた。


 イーリアス様からの返事がないまま冬に入った。

 令嬢たちが縫ったシーツと布団で、今ごろ昨日まで物乞いだった者が温まっているのだろう。幼い兄弟が身を寄せ合って眠っているのだろう。

 14歳の誕生日を迎えた。イーリアス様と最後に会った時、彼は「2年半経てばあなたも大人ですよ」と言った。私はベッドに寝転がった。彼は来月で18歳。そして、あと1年で私も大人になる。


 年が明けた。

 新年の舞踏会に行っていたアンドレアス兄様によるとイーリアス様は学びを打ち切りモンテルス領にいるらしい。



 ミリアマネ姉様の恋の話を聞きながら、私は教会について考えていた。救貧院と孤児院の拡張はできた。あとは何か出来ることないかな? 春になったらチャルソン牧師と井戸を守る方法について考えてみよう。


「それでね、どうしたらお父様を説得できるのかしら?」とミリアマネ姉様は頬を染めている。

「私じゃなくてドーリーマ姉様にでも聞いて下さいよ。なんでよりにもよって社交界に出ていない私に聞くんですか?」

「だってあなた」とミリアマネ姉様が頬に手を当てた。「人を惹き込むことに長けているじゃない。ねえ、どうしたらあんなに素敵な方、いえ素敵じゃ足りないわ」

「憂いのあるエメラルドの瞳に、絹のような黒い髪。歌うような声で優しく囁く夢の方。煌めくような頭脳。ただの伯爵だってことしか欠点がない麗しい殿方でしょ」


 ハァ、と息を吐いた。こんな話を2時間も聞いていたんだよ。ミリアマネ姉様が口を開きかけた。その瞬間、忙しないノックが響いた。イレーネと、ミリアマネ姉様の侍女だった。


「こちらにいらっしゃいましたのね、お嬢様」

「何かあったの? そんなに息を吐いて」とミリアマネ姉様は緩んだ顔を締めた。

「お嬢様、ジョセフィンお嬢様。旦那様がお呼びです。今すぐサロンにお集まりください」

「ご来客があったの?」

「いいえ、ただお話があると。ドーリーマお嬢様、下のお嬢様たち、若旦那様とクラリモンド様も呼ばれていらっしゃいます」


 ミリアマネ姉様は私の手を取った。私は肩を竦めついていった。

 サロンには本当にみんな集まっていた。席につくと、お父様が私たちを見渡した。


「ゴーディラックの王弟殿下が6月、会合のため、こちらにいらっしゃることとなった」


 誰かが息を呑んだ。私は拳を握った。お父様は姉様2人を見た。


「そこに未婚の王女、公爵令嬢の出席が命ぜられた。各家につき、2人は出すようにとのことだ」

「つまり……」


 ドーリーマ姉様が唇を震わせた。ミリアマネ姉様の顔が青ざめ、痙攣するように顔を横に振っている。

 あぁ、とお父様は素早く頷いた。


「分かっているな。ミリアマネ、ドーリーマ」

 

 ミリアマネ姉様は「嫌です!」とサロンから飛び出した。涙を流していた。

「ミリアマネ!」とお母様が叱責するように叫び、追いかけた。


 お父様は息を吐き、アリエッタとドミッティラの退室を命じた。

 部屋に残ったのはお父様、兄様2人、ドーリーマ姉様と私。ドーリーマ姉様は碧い瞳に涙を溜めている。姉様の背中に腕を回し撫でた。顔を上げてお父様を睨んだ。


「どうして、姉様たちをゴーディラックの王弟などと会わせるのですか? まるで売り払うように」

「その通りだ」とお父様は声色を冷やした。


 え。


 お父様は兄様たちにも目を向けた。


「クラリモンドはバルムント王の第三王女と結婚した。故に私が亡き後もクラリモンドは公爵位を継ぐことが確定している。アンドレアスは私の姪と結婚した。次女のステラミスティカは王位を継ぐ予定だったゴーディラック王の異母兄の後宮に入った。四男のアタナシアーノはヨッティルティウス辺境伯の婿に行った。グラツィアナは辺境を守ったランニヴェルト大佐に褒として与えた。なぜだか分かるか」


 私はブンブンと頭を横に振った。知るわけない。

 お父様は冷たい、怖い、政治家の目だ。


「公爵の1人として、この国ティレアヌスを守るためだ。すべてはそのために」


 私は部屋を飛び出た。空気に呑まれそうで、耐えられなかった。

 

 お父様がこの国を愛しているのだと分かった。我が子の命よりも、この国を愛しているのだ。今のお父様は国王の従弟だが、数年前まで国王の甥だった。そして私が生まれるずっと前は国王の孫の1人として、王族で育っていた。だから、愛しているのかしら。


 走って、階段を駆け上がった。


「ミリアマネ姉様!」と姉様の部屋に入った。


 ミリアマネ姉様はベッドに顔を伏して泣いていた。とりあえず私もベッドに掛けた。


「ねえ、ミリアマネ姉様。ナントカ伯爵と結婚できそうな手を思いついたよ」

「駆け落ちなんて無理よ」とくぐもった声。


 ミリアマネ姉様の頭を撫でた。お父様を説得できそうな方法だよ。


「そんなこと勧めないわよ! あのね、そのナントカ伯爵……」

「コグードキン伯爵よ」と姉様は顔を上げた。

「そう、そのコングドンキー……」

「コグードキンだってば!」


 ミリアマネ姉様は目だけじゃなくて顔も真っ赤にした。私はミリアマネ姉様と手を重ねた。


「あのね、お父様は辺境を守った人とかに娘を嫁として出したんだって。褒美として」

「それが? グラツィアナ姉様みたいに?」

「つまり、そのドンキーコング伯爵に功を……」

「コグードキン!」



 やっと話が終わるとミリアマネ姉様は幸せそうに踊り始めた。

 

 そして、次の舞踏会にて「コグードキン伯爵と悪巧みをしてきた」と楽しそうに教えてくれた。ついでに口付けもしたらしい。最後の破廉恥な情報はいらなかった。



 春になり、私はローズマリーとユリンカさんと一緒に平民街の教会へ行った。

 そしてチャルソン牧師と井戸について話し合った。シャルロット王女からの多額の寄付金を使ってあちこちにポンプを設置することとなった。

 孤児院の様子を見に行くと、なぜか小さな孤児たちに「マリア様!」と抱きつかれた ――私はジョセフィンだよ――。孤児たちには、ドミッティラよりも小さい子もいた。私は膝を屈め、彼らを抱きしめた。


 

 5月。

 ミリアマネ姉様に突然抱きつかれ、頬にキスされた。あとおでこに。あら、顎にも。手の甲にも。


「なんなの! ミリアマネ姉様!」

「あのね、ジョセフィン。私今あなたのお陰でとても幸せよ。今まで生きてきた中で1番と言ってもいいくらいよ!ああ、優しくて可愛いジョセフィン! どんなにお礼を言っていいのか!」

「カキンドンキー伯爵と婚約できたの?」

「そうよ! ええ、私が心の底から愛するコグードキン伯爵と! 何尋も深く愛するコグードキン伯爵との婚約が許されたの! ああ、今ならあなたのいい間違えも許して上げる!」とまたキスが始まった。


 夕食の時、私たちは食堂に集まった。ミリアマネ姉様の婚約が決まったから大人たちはワインやシャンパンで乾杯していた。お父様は不在だったけど。


「コグードキン伯爵は単身モンテルス領へ赴き、解毒方法と毒物検査方法を開発した。また他言しないと決定されたが、犯人の特定と処刑に携わった。その功により、ミリアマネを妻として与えることが決まった」とクラリモンド兄様。「そしてジョセフィン」

「なんでしょう、兄様?」と私はジュースの入ったグラスを下ろした。


 クラリモンド兄様は抵抗感と圧力の入り混ざる目で私を見た。


「ドーリーマと、お前がゴーディラック王弟との会合に出席することが決まった」

「え?」と素っ頓狂な悲鳴が漏れた。


 ガシャン。

 ミリアマネ姉様がシャンパンの入ったグラスを落とした。


「お兄様。ジョセフィンはまだ14歳です」

「だが、2名は出すことが決まっていたのだ。やむを得ない。ミリアマネ、お前は婚約しただろう?」


 うそーん。



 6月、会合の日。

 私はお母様が選んだ白地に紅色の花がぼんぼんと染められたドレスを着た。少し仕立て直して裾を未成年者として許されるギリギリまで長くしてある。髪には真珠で鈴蘭を模った髪飾り。

 お父様に引き摺られるように4頭立ての馬車に乗った。ドーリーマ姉様も青地に大きな百合の柄のドレスと、真珠の首飾りで盛装している。


 会合にはいつもの子――シャルロット王女、アンジェリカさん、マリエッタさん――に加え、その姉妹もいた。マリエッタさんに姉妹はいないみたいで、1人で来てたけどね。心細そうに見えたから隣に座った。

 そしてゴーディラックの王弟が入ってきた。皆立ち上がり、お辞儀をした。


 ゴーディラックの王弟ケネスは銀髪だった。銀髪の人なんて初めて見た。しかも空のような青い瞳だった。顔は少し軽薄そうだけど、アンジェリカさんが見惚れるほど綺麗だった。上背もあって、ヒールを履いているドーリーマ姉様も少し見上げるほどだった。体格も顎もしっかりしている。私たち1人1人を見た。なんか目があった。

 そして、身分が近いシャルロット王女と当たり障りのない会話をしていた。あくびを噛み殺しているうちに会合が終わった。


 家に帰ると、ミリアマネ姉様が詰め寄ってきた。


「どうだった?」

「退屈だった、すごく。半分寝てたわ」



 翌日、私は花屋へ出かけた。トルコキキョウを数輪買って教会へ向かった。チャルソン牧師に挨拶してから救貧院に花を飾ってきた。孤児院に寄って、小さい子たちと遊んできた。

 ふんふんふーん、とスキップで馬車まで向かった。馬車に飛び乗った時、窓から銀髪の男を見つけた。なんか気味が悪い。


 7月、ドーリーマ姉様が16歳になった。ミリアマネ姉様の結婚式の日取りが決まった。来年の春だ。

 11月のある夜。舞踏会へ行っていたドーリーマ姉様から手紙を預かった。







 敬愛するジョセフィン・ド・ヴィア嬢。


 7月の会合において、貴女と同席する機会を得ましたこと、今もなお不思議な静けさとして心に残っております。


 あの場に集った方々はいずれも気品に満ち、語られる言葉も整っておりましたが、その中で、貴女の存在はひときわ異なる光を放っておられました。

 声を張ることなく、己を誇示することもなく、ただ自然体のままそこに在る。


 その後、あなたのお姿を拝見する機会を得た時、不思議な胸の高鳴りを覚えました。ただ楽しそうに踊る少女の姿を私は目にしたのです。


 貴女は語らずとも、佇まいによって示しておられるものがある。それは血筋や称号とは異なる、けれど確かに貴族にこそ必要な資質であると、私は思います。


 この手紙は、何かを求めるためのものではありません。

 ただ、知っていただきたかったのです。

 遠き地に在る私の心に、一人の少女の名が、静かに刻まれたということを。


 もしあなたのお心によって許されるなら、いつかまた言葉を交わす機会をいただければ幸いです。

 それまでは、貴女の歩まれる日々が穏やかで実り多きものであることを願っております。


 敬意と愛をこめて。

 ゴーディラック王弟ケネス。






 



 手紙を読み終えた。なにこれ?

 なんで例の王弟から艶文なんか来たんだろう? シャルロット王女にフラレたのかしら?


 私は首を傾げた。それからお父様から貰ったリストに目を通した。再来月、私のデビュタントに来る人々のリストだった。基本的には同時にデビュタントを迎える少女の家族だった。


「ねえ、カタリナ」

「なんでしょう?」とカタリナはカタログを見る手を止めた。

「本当に私、来月で15歳なんだよね?」

「ええ」とカタリナは満足げに微笑んだ。少し年を取って白髪が増えている。


 まだ実感が沸かない。ようやく14歳だってことに慣れたばっかりなのに。



 だけど、あっという間に12月になった。私はベッドに入った。外ではしんしんと雪が降っている。


「ねえ、カタリナ」

「なんでしょう?」とカタリナは布団を掛けてくれた。

「明日で私、15歳なんでしょ」と私は天井を睨んだ。「イレーネから聞いたんだけど、カタリナは乳母を辞めるって本当?」

「ええ。もう年ですし、お嬢様の成人を期に……」

「まだ56じゃないの」と私は唇を突き出した。「大人になりたくないなぁ……」


 カタリナは目を瞑り、ふふと微笑んだ。


「あなたのお祖母様はきっとお喜びですよ」

スワロー、ついに成人する1日前!

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