表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】引きこもり令嬢、走る  作者: Lemuria


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

引きこもり令嬢、門番を説得して王都を脱出する

 門に向かう途中の露店で、食料を買い足す。私の部屋にあった現金は銀貨二枚と銅貨が十枚。これだけあれば何回か分の食料は買えるだろう。


 乾パン、ナッツ、干し肉、あとは皮袋に水を多めに入れたものを買ったけど、その時に売り子していた中年の女主人に話しかけられた。


「これから旅にでも出るのかい?」


「え、ええ、そんなところです」


「あんた、運が悪かったねぇ。今ちょうど門のとこで揉めてるらしくてさ、しばらく外には出られやしないよ」


 慌てて様子を見に行くと、門の前には長い行列ができていた。入口から外へ向かって、荷車や旅人がずらりと並んでいる。その先頭では、門番と荷車を引いた商人が言い争っていた。


 一体、何があったんだろう。

 すでに気が遠くなるほどの順番待ちになっているのに、先頭の揉め事が片付かないせいで、列はぴくりとも動かないし、後ろにはどんどん積み重なっていく。このままでは今日中に王都を出ることができなくなってしまう。


 焦りながらも聞き耳を立てていると、揉め事の内容がだんだんわかってきた。

 そもそも言葉が通じてないのだ。商人の方は外国の人で、共通語では無い言葉を話している。門番の方は商人の言い分がわからず、持ち出そうとしている荷物に問題があって止めている。


「どうしよう…」


 そう呟くけど、揉め事の中に割って入ったことなんてない。巻き添えで私まで怒鳴られそうで怖い。


 でもそんなことを言ってる場合でもない。このままだとルカちゃんに薬を届ける事ができないのだ。


 しばらく周りをうろうろしていたけど、やっぱり待ってる事なんてできずに、意を決して声をかける。


「《あの、失礼します。少し話をしてもいいですか?》」


 私が話しかけると、浅黒い肌の色をした商人が目を見開いて私を見て来た。


「《あんた、俺の言葉がわかるのか!?》」


「《はい、南の砂漠の国の言語ですよね。多少ですがわかります。遠路はるばるご苦労様です》」


 私はそう言って、カーテシーをして荷車の方を見た。


「《すいません、お話は聞かせていただきました。塩を積んでいるんですよね。この国では塩が貴重なので、外に持ち出す際は厳格に管理されるんです。もしお売りいただけるのであれば、塩は国の専売なので、王家の交易所の方に持っていけば高く買い取ってもらえますよ》」


「《おお、そうだったか!ありがとよ嬢ちゃん! 塩、わざわざ運んできたのに、どこも買ってくれなくてな。仕方なく持ち帰ろうとしたら、門で止められちまってよ。助かった、本当に恩に着るぜ!》」


 そう言って、商人は引き返して行った。ほっとして、少し気が緩んだら、門番とその周囲の人たちがぽかんとした顔をして私に視線を向けているのに気づいた。

 なんだか恥ずかしくなって、外套のフードで顔を隠してしまう。


「す、すごいな。君、あの言葉わかったのか?」


「は、はい、少しだけですが」


「全然少しに見えなかったぞ。流暢に話してたじゃないか」

「助かったよ、お嬢さんのおかげで列が動く。あのままだと昼まで止まってたぜ」

「いやぁ、見た目はおとなしそうなのに、たいしたもんだな!」


 周囲の人たちが次々に声をかけてくる。恥ずかしさが増して、さらにフードを深くかぶる。フェルティス殿下が王位継承権を放棄するまで、私は王妃教育を受けていたので、その時に数ヶ国語を学んでいただけの事だったけど、こんな風に役に立つとは思わなかった。


「大した礼はできないが、先にここを通してあげよう」


 それを聞いて、私は心の中で飛び跳ねた。この列に並んでいる時間が浮く。その分ルカちゃんの元に早く着けるかもしれない。私は勇み足で門を通ろうとした。


「まてまて、先に通すとは言ったが、許可証は見せてくれ」


「許可…証?」


「そうだ。さすがに許可証がないと通すわけにはいかない」


 そんなの…持ってない。何度か王都の外に出たことはある。だけどその時は貴族用の入り口で、従者の誰かが手続きをしてくれていた。具体的なやり方は見たことないし、ましてや平民のやり方なんて知ってるわけもなかった。


「なんだ持ってないのか?あんた使用人なんだろう?主人に言えば発行してくれるだろ」


 そ、そうですね、と曖昧に返事をしたけど、そんなのできるわけない。今家に戻る事なんてできないし、そもそも許可をくれるわけがない。


 とぼとぼと道を戻る。どうしようどうしようと考えているけど何も思いつかない。


 城壁を越えるなんて無理だし、他の門でも対応は同じだろう。いっそ荷物に紛れて外に出る?誰がそんな危ない話を引き受けてくれると言うのか。仮に報酬次第だったとしても、私じゃ何も返すことができない。お金だって権限だって何もない。


 そこまで考えた時、こんな自分でも持っているものを一つだけ思い出した。身分だ。今は身分を隠してるけれども、私は身分だけは高い。公爵令嬢が門を通せと言えば、通せるかもしれない。そうだ、オルフェリアからオリアに許可証を発行すればいいんだ。あの門番も主人に発行して貰えって言っていたし、そうと決まれば早速、羊皮紙と羽ペンとインクを買いに行こう。



「た、たかい…」


 私は愕然としていた。

 紙もインクも信じられないぐらい高い。羽ペンが一番高いかもとか思っていたけど、むしろ手持ちのお金で買えるのなんて羽ペンだけだ。特にインクは冗談みたいな値段がする。今まで値段なんて気にせずジャブジャブ使っていたことを反省した。

 木札にベリー汁で書くことも考えたけど、公爵令嬢が発行するというのにそれではあまりに不自然すぎる。家に確認を取るなどと言われたらそれで終わりなのだ。


 後払いにして貰えればどうにでもなるのだけど、この使用人の格好でブランシェール公爵家の売掛けとして信用して貰えるだろうか。グランツ医師とは違い、相手は平民なのだ。かなり難しい気がする。


「あ!」


 気付いた。

 一人だけ信用してくれそうな商人に心当たりがある。オルフェリアじゃなくてオリアと顔見知りの商人だ。さっきの外国人の商人ならきっと、耳を貸してくれるんじゃないだろうか。確か王家の交易所に行っているはず。


 息を切らしながら走って行くと、ちょうどその外国人商人が、交易所から出て来た所だった。さっき会った時よりちょっと機嫌が良さそうだ。きっと塩が良い値段で売れたんだろう。


 商人は私に気付くと、手を挙げながら声をかけてきた。覚えててくれたみたいだ。

 私は事情を話すと、快く手持ちの羊皮紙を一枚安く譲ってくれた。インクも貸してくれるとの事で、手持ちのお金で足りない分は後で払うと言ったのだけど、あんたのおかげで大儲け出来たからそのお礼だ、と言ってくれた。


 私はその場で許可証を書き始める。

 形式なんてわからないけど、とりあえず私の名前が入っていれば良いんじゃないかなと勝手に思う。髪に挿していた銀の簪を外す。柄の先端には、ブランシェール公爵家の紋章が小さく刻まれている。サラサラと書き終わった後、サインをして隣に簪で私印を押してとりあえず完成だ。自分で自分に許可証を書いただけで別に悪い事をしてるわけではない、はず。きっと。




「君も大変だな……」


 門番の呟きを聞いて、私は小さくなってしまう。


 許可証を書き終えて、門に戻った頃には列はもうほとんど無くなっていた。結局だいぶ時間を使ってしまったなと思いつつ、内心ドキドキしながら自作の許可証を見せると、門番の一言目は、なんだこれ、だったのだ。


「俺は雇い主の当主に発行して貰えって言ったつもりだったんだが……そうかブランシェール公爵令嬢付きの使用人か。おおかたご令嬢のわがままで、買い物にでも行かなきゃいけないんだろう?ちゃんと買って来ないと罰を受けるだろうしな」


「あ、あはは……そうなんです。困っちゃいますよね……」


「外国語覚えたり、一人で馬で王都の外まで買い出しだなんてよっぽど苦労してるんだな。本当はちゃんとした印章が必要なんだが、ご令嬢に理不尽な目に遭わせられるのは可哀想だ。まあ後で確認すればいいだろう。頑張れよ」


 門をくぐって街道を歩く。

 門を通してくれたのはいいけど、目に見えて削られた精神が悲鳴を上げている。恥ずかしくて消えたい。どうして私は、こんな横暴な令嬢に設定されてしまったんだろう。


 自分を卑下するのは得意分野だけど、何が悲しくて自分の悪評を自分で広めることになってるのか。泣きたくなってくる。鳥になりたい。アウルリンクになってどこか誰もいない土地に旅立ちたい。だけど鳥になるのはルカちゃんを助けてからだ。


 気持ちを立て直した所で異変に気づいた。私は引きこもっていたせいか、人の気配に敏感になっている。


 この街道を行き来する人たちは皆、それぞれの目的地があり、それぞれの意思や想いで旅をしているはずだ。それなのに、後ろから馬に乗った私と同じ歩調で歩いてくる人たちがいる。勘違いかもと思ったけど、ペースを上げたり下げたりしても、同じ距離をずっと保ってついて来ている。


 ちらりと振り返ると、馬に乗った汚れた外套の男が三人、顔は布で半分隠していた。


もし少しでも楽しんでいただけたなら、感想やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ