勇気の前借り
私は挨拶を返すこともできずに、突然、
「お、お願いがあります!」
と言ってしまった。挨拶も返せないし、殿下を扉の前に立たせたままだし、あまりにも必死すぎて自分で恥ずかしくなる。王族に対してどころか、誰に対してだって無礼この上ない。
だけど殿下は、そんな私に優しく微笑んで、次の言葉を待ってくれている。
私はしどろもどろになりながらも、状況を説明した。鳥のこと、友達のこと、そして、私は助けたいと思っていることを。
しばらく黙って聞いていた殿下だが、ゆっくりと口を開く。何を言われるかと思って体を固くして身構えてしまう。
殿下は私の頭を撫でながら、
「相談してくれてありがとう」
と言ってくれた。
思わず涙がこぼれる。
何か感情がぐちゃぐちゃになっていたけど、心の底からの安心感があったことだけは理解できた。
しばらく泣き続けて落ち着いた頃、ようやく殿下と側近を部屋に招き入れた。席に着くなり、殿下は私に声をかけた。
「話を聞く限り、オルフェの友達が助けを求めてる、ってことだよね。鳥に託すぐらいだから多分どこかに閉じ込められている。だとすると、一番怪しいのは養子縁組したグレイモア公爵家で不遇な扱いを受けているってことかな。正直ありがちな話だと思う。どこかで監禁されているなら場所を特定しないといけない」
地下牢、座敷牢、幽閉塔……殿下は、側近たちと地図を広げて、真剣な顔で議論を交わしている。
「あ……」
と言いかけるが、慌てて口を閉じた。
私なんかが意見して良いはずがない。
本当にそうなのかな?と思うけど殿下の言うことだし、任せておいた方が良いと思う。私が口を挟んでもきっと碌な事にならないし、お前なんかが何を出しゃばっているんだって思われるのも怖い。
黙り込んで俯いていると、その様子に気づいた殿下が、優しく声をかけてくれた。
「どうしたの?」
「い、いえ……別に……」
「もし、何か気づいたことがあるなら、どんな些細なことでも教えてほしい」
「で、でも……もし間違えたら……」
「大丈夫。もし間違えても君のせいじゃない。誰も君を責めたりしないよ。君の友達だって、きっと同じだ」
こくこくと頷いたものの、声が出ない。
何度も大きく深呼吸をして、ようやく蚊の鳴くような小さな声で話し出せた。
「え、ええと……わ、私……一度、手紙をもらったことがあるんです……。その時に……みんな優しくて、良い人たちだって……そんなことが書かれていて……」
殿下は黙ったまま、静かに耳を傾けていた。
「も、申し訳ございません! 余計なこと、言って……!」
「いや、とても重要なことだよ。ありがとう」
私の方を、まっすぐ見て微笑む。
「と言うことは、オルフェは養子先に監禁されているわけでは無い、と思っているんだね?」
「わ、わからないですけど……。でも、手紙の言葉がルカちゃんの口調そのままだったから……書かされたり、誰かが偽装したわけではないと思うんです」
「なるほど……うん、わかった。それなら、まずは養子先の公爵家の様子を調べてみよう。オルフェの友達なら、王家の密偵がすでに記録を残しているはずだ。調書を取り寄せて確認してみる。もちろん、必要以上の情報を見るつもりはない。家族の様子と、君の友達の行動の手がかりになりそうな部分だけにする。それでいいかな?」
こくんと頷くと、フェルティス殿下はすぐに側近に指示を出し諜報局に向かわせた。
やっぱり殿下はすごい。私なんかの意見も真剣に取り合ってくれるし、考えも行動も迷いがない。それに私に対してとても気を遣ってくれているのが伝わってくる。私の味方をしてくれる事が本当に嬉しかった。
一刻半ほどで側近が羊皮紙の束を抱えて戻って来た。殿下はすぐに視線を走らせて、次々に紙をめくっていく。
「オルフェの言う通りだったよ。家族間は良好だとのことだった。それにもう一つ、本日、グレイモア公爵家名義で王都の宮廷医、グランツ医師に診察の予約が入っていた。時間になっても現れないので、取りやめになったらしい。合わせて考えれば……友達はグレイモア公爵家を診察のために出発し、ここに来るまでの途中で何かあった。そう考えるのが自然だ」
どくん、と心臓が跳ねた。
「まずいな…」
フェルティス殿下が低く呟いた。
多分私と同じことを考えていた。
何があったにせよ、時間がない。もし怪我で動けず、食べ物や水も尽きているのだとしたら、一日の遅れが、そのまま命取りになる。
「早く見つけなければ。ただこの広さでは……」
隣領までは通る道にもよるけど、馬車で大体七日前後かかる。その区間を全て探すなんて何人居たって無理な話だ。
「鳥……」
ぼそりと呟くと、一斉に視線が集まり、体がビクッと跳ねて竦んでしまう。怖がってる場合じゃないと自分に言い聞かせる。拳を強く握り、腹の奥に力を入れて、続きを話す。
「鳥…は、なんで、私のところに…来たんでしょう」
「君の家を覚えていたからじゃないのかい?」
「そう…なんですけど、普通なら…ルカちゃんの家に行くと思うんです」
それを聞いた殿下は、はっと気づいて言った。
「そういうことか!そもそも帰巣範囲に入っていれば、本来なら友人宅に帰るはずだ。つまり、オルフェの家がわかって、友人宅がわからないところから鳥は放たれたということ。あり得るな。少なくとも王都寄りである可能性が高い。すごいじゃないかオルフェ!」
褒められたことも嬉しかった。
でもそれ以上に言いたかったことを、ちゃんとわかって貰えたのが何より嬉しかった。
こんな私でも、ちょっとぐらい役に立ててるのかもしれない。
「そうなると、この辺りから隣領に向かう道は主に三つある。平野、森の間、山の麓だな。この三ルートのどこから来るつもりだったのか、だね。平野の街道は整備されて最も安定した道だな。けど森も山も避けるから一番遠回りになる。森は一番危険で最も近道だ。野生の動物や虫も多く、夜間の宿泊はよほど慣れた冒険者でもないと危ない。山の麓はまあ、その間かな。平野より危険だけど、森より安全。平野より近いが森より遠まわりだ」
そう言ったあと殿下は私を見た。
「オルフェ、君の意見が聞きたい。君が一番友達のことをよく理解している。助けられるのは君しかいない」
「私、は……」
目を瞑って考える。ルカちゃんならどうするか、私にならわかるはず。私ならわかると思って、ルカちゃんは鳥に伝言を託したはずだ。
「山の…麓の街道だと…思います」
「理由を教えてくれるかい?」
「ルカちゃんは…花が好きだけど、虫が苦手なんです。多分近道でも虫が多い森は避けるんじゃないかな…って。それとこの時期は、あの子の好きな花が咲く時期、です。山の麓あたりに生息地があって、一度見てみたいと、言っていました。ルカちゃんは体が弱く病気がちなので…長旅は難しいんじゃないかと…思います。あと…一昨日は大雨、でした。なので、もし何らかの事故に巻き込まれてるとしたら、崖崩れ、土砂崩れじゃないかと……」
緊張で喉がからからになりながら、途切れ途切れに話す。どうしてこんなに上手く話せなくなってしまったのか。自分の臆病さを嫌というほど実感してしまう。
「オルフェは友達が大事なんだね」
私はこくんと頷く。
「必ず助ける。君の思いを絶対無駄にしない。これから、僕は権限で動かせる限りの近衛兵を連れて山の麓道に向かう。王都の外に出る許可なんて待ってる暇はない。完全に独断での行動になる」
わたしも行く、と言いたかったけど、外に出る恐怖心で声が喉の途中で止まった。だけど、殿下はその様子を見て、何を言おうとしているか察してくれたらしい。
「君は危険だ。僕を信じて待っていて欲しい」
「で、でもあなたも危険だし、バレたら大変なことに……」
「僕は大丈夫。鍛えてるし、ちょっと怒られるぐらい君の友達の命に比べれば大したことないさ」
ちょっと怒られるなんて言うけど、フェルティス殿下の問題なんて聞いた事がない。ここまで瑕疵なく王族としての責務を務め上げて来た殿下に、初めての汚点が付くことを覚悟で言っているのだ。貴族として、王族としてそれがどれほどの覚悟なのかよくわかる。感謝してもしきれない。殿下は準備をすると言って側近達と部屋を出て行った。
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