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【連載版】引きこもり令嬢、走る  作者: Lemuria


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引きこもり令嬢の所に飛んで来た鳥

秋の文芸展「友情」テーマ短編の連載版になります。

加筆・再構成を行い、数話に分けて投稿していきます。

 鳥だ。


 窓辺に、一羽の鳥が飛んできた。


 私はティーカップを片手に、頬杖をつきながら、ぼんやりとその姿を眺めていた。


 淡く綺麗な色彩の鳥は、羽根をふるわせ首を傾げている。


 その仕草が妙に人懐っこく見えて、つい微笑んでしまう。


 次の瞬間、鳥は可愛らしい声で鳴いた。



「……助けて」




 心臓が一瞬止まった気がした。


 手に持っていたティーカップを取り落とし、床にぶつかった磁器が甲高い音を立てて砕け散る。


 今、「助けて」と言った?


 鳥が?


 まさか、天敵に襲われている?


 いや、違う。いくらなんでもそんなわけない。


 この鳥は《アウルリンク》と呼ばれる鳥で、優れた記憶力と視覚・嗅覚、そして強い帰巣本能を持ち、インコやオウムのように人の声をまねることができる。


 私はこの鳥に詳しい。


 というのも、同じ種を私の部屋で飼っているからだ。

 いくら賢いとはいえ、助けを求めて「助けて」と鳴く鳥なんていない。


 誰かがこの鳥に、その言葉を教えたってことだ。

 悪ふざけ……ならいいんだけど、私にはその心当たりがある。


 この鳥は野生にも生息しているけど、王都近郊で見かけることなんて滅多にない。

 それに、その羽の模様に見覚えがあった。

 翼の根元に、細い鎖のような斑模様。

 間違いない。


 この子は、私の飼っているアウルリンクの番から孵った雛。


 一年前、この雛を、私の親友のルカちゃんに譲ったのだ。

 つまり、この鳥は元をたどれば私の家の鳥であり、いまはルカちゃんのもとにいるはずの子。


 そして今、その鳥がここにいる。


「オルフェリア、助けて」


 鳥が話したのは私の名前。急に名前を呼ばれてドキッとしたけど、やっぱり確信した。


 これはルカちゃんからのSOSだ。


 何かが起きた。この鳥に言葉を託し、私のところへ飛ばしたのだ。私に届くようにと願って。





 私は、何をやっても上手くいかない人間だった。


 詰めが甘く、あと一歩のところでいつも何か失敗をしてしまう。


 最初の失敗は、八歳のときだった。


 初めて自分が主催するお茶会で、私は張り切っていた。招待状も自分で書いて、みんなの好みに合わせてお茶やお菓子を選んだ。カーテシーの練習もたくさんして、話題もいくつも用意していた。けれど当日、あまりの緊張で頭が真っ白になってしまい、招待した子の名前を言い間違えた。その子は顔を真っ赤にして立ち上がり、そのまま怒って帰ってしまった。



 貴族院では乗馬の大会があった。私はその日のために、誕生日に買ってもらった馬で練習を重ねていた。気性は穏やかで、私の指示にもよく従ってくれる。練習では一度も失敗したことがなく、乗馬は得意なんだと思っていた。けれど発表本番、馬が急に立ち上がって私は落馬してしまった。


 なんで今?なんでこんな時に?


 馬に八つ当たりしてしまって、さらに自己嫌悪に陥った。それ以来馬に乗っていない。



 貴族院の試験も出題範囲を間違えるし、楽器の発表会では、最後の曲で弦が切れる。私が決めたこと考えたことは悉く裏目に出る。


 もうそういう星の下に生まれたとしか思えない。




 決定的だったのは舞踏会の夜だ。


 この国では十五歳で貴族院を卒業する。全科目の過程を終え、その卒業を祝う夜会があった。


 同時に私と第二王子フェルティス殿下の婚約発表の場でもあった。家族は晴れの舞台だと浮き立ち、侍女たちは念入りに支度をしてくれた。鏡に映る自分は、緊張で唇の色が薄い。


 努力はした。練習もいっぱいした。

 今日こそはちゃんとやらなきゃ、と思いながらも、殿下の隣に立つだけで、手が震えた。


 王族も貴族も一堂に集う広間。

 楽団の演奏が始まり、私とフェルティス殿下が最初の一曲を踊り出した。


 最初のうちは上手くいっていたと思う。

 けれど、曲が最も盛り上がる後半のパートで、殿下の手を取って回った瞬間、裾の飾り糸がどこかに引っかかり、嫌な音を立てて裂けた。


 バランスを崩した私は、殿下の足を踏みつけ、そのまま派手な音を立てて床に倒れ込んだ。


 ざわめき。音楽が止まり、誰かが息をのむ音。


 あの時のことが今でも忘れられない。


 周囲の視線が、一斉に私を笑っているように見えた。

 実際にそうだったのかはわからない。


 だけど私には、確かにそう見えてしまった。


 顔が熱くなり、涙がこみ上げた。


 目の前で殿下が困惑した表情で手を伸ばしていた。

 だけど私は、その手を払いのけて、裾を引きずりながら会場を走り去っていた。


 それが決定的な出来事になり、私はそれからずっと自室に引き篭もるようになってしまった。



 何をやってもダメ。それが私の自己評価だ。




 そんな私にも、たった一人だけ“友達”と呼べる人がいた。

 親友のルカちゃん。

 ルカちゃんは、もともと男爵家の出身だった。


 私の家、ブランシェール公爵家とは昔から縁があり、幼いころからよく屋敷に遊びに来ていたいわゆる幼馴染だ。貴族院に通うようになってからも、身分の差を気にせず声をかけてくれる、数少ない存在だった。


 可愛いものが好きで、私と趣味が合って、お茶会とかで話していると時間が過ぎるのがあっという間だった。


 けれど、一年前。

 隣領にあるグレイモア公爵家にルカちゃんは養子として迎えられることになった。


 山や森を挟んで反対側の領地のため、王都の社交会に参加することが難しくなるので、友達の証として私はルカちゃんにこの鳥、アウルリンクの子供を一羽渡したのだ。


「ルカちゃんが助けを求めてる……」


 だけど、こんな私に何ができるって言うんだろう。でも何もしないわけには行かない。私のたった一人の親友なんだ。


 もし私が動かなかったせいでルカちゃんに何かあったら、私はきっと一生、後悔するだろう。

 悔やんでも悔やみきれないし、もう二度と立ち直れなくなる、と思う。


 でも、どうすればいい?何をやっても失敗ばかりの私が動いたところで、できることなんて何もない。


 だから私は、私の婚約者、フェルティス第二王子殿下にこの件を話して頼むことにした。というよりそれしかないと思った。


 フェルティス殿下は、私の知る限り、最も聡明で優しく、誠実な方だ。王族の中でも一番優秀で、次期国王に相応しいと誰もが噂していた。

 けれど殿下ご自身は、王位継承権を破棄して、兄である第一王子の補佐を務めると宣言した。殿下が言うには、「王の器は兄上の方がある。僕はそれを支える方が性に合っている」とのことだ。

 おかげで派閥争いは起こらず、兄弟仲も王宮内も今はとても穏やかだという。


 フェルティス殿下は、あの舞踏会で失敗して、私が部屋に引きこもってしまってからも、ほぼ毎日のように扉の外まで来てくれている。


 迷惑をかけてしまったことが申し訳なくて、私は一度も扉を開けられなかったけど、それでも殿下は諦めず、毎日、外から穏やかな声で話しかけ続けてくれた。それがもう、一年にもなる。


 殿下に頼めば、きっと力を貸してくれるだろう。

 それはわかっているけど、迷惑をかけた上に、さらにこんなにも手間までかけさせてしまっている。それなのに、この一年、一度も顔を合わせられなかった私が、助けてほしいときだけ扉を開けるなんて、虫がよすぎる気がして苦しくなる。


 きっと殿下は、そんなふうには思わないのもわかってる。でも、その自分の厚かましさが嫌で、厚かましいと思われるのも嫌で、怖くて足がすくむ。


 今日も殿下は同じ時間に部屋を訪ねてくれるだろう。そしてそれはもうすぐだ。


 扉の前で、深呼吸して待つ。

 この一瞬、勇気を前借りしてでも、扉を開けなければいけない。


 ふいに、コンコンと扉がノックされる。


 私は目の前が真っ白になりながら、扉の鍵を開けた。カチャリと音がして、扉の向こうで息を呑むような雰囲気を感じる。


 やがてゆっくりと開けられた扉の向こうに、一年ぶりに見る私の婚約者、フェルティス殿下の顔があった。久しぶりに見た殿下の顔は、以前よりも凛々しくて、まるで包み込むように優しかった。


 殿下は私を見て、攻めるでも、問いただすでもなく、一言だけ、「おはよう、オルフェ」と言った。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


もし少しでも楽しんでいただけたなら、感想やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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