浮気クソ野郎被害者の会
「アリシア様って、思っていたよりずっと……豪胆でいらっしゃるのですね」
ミアは個室の内装をきょろきょろ見ながら素直に言った。
「そうかしら。今まで散々利用されてきましたから、利用する側に回ってもバチは当たらないでしょう」
「それはそうですね!」
ケロッとしながらメニューを見ているミアを見て、アリシアは「あなたもなかなか肝が据わっていると思うわ」とは言わなかった。勿論誉め言葉の意味だが誤解されたくなかった。
二人は豪奢な個室で、まるで秘密の隠れ家のような気分を味わった。
男性のようにコーヒーを飲んで新聞を読み、脚を組んでクッキーを食べた。
アリシアはミアに、もし必要そうならと或る薬を渡そうとしたが、既に飲んでいるし魔法も掛けていると言って断られた。
「びっくりするほど高かったです。本当に女性の足元を見た商売ですよね。父としては子供が出来た方が嬉しいんでしょうし、誰にも頼れなくて、それであの最近よく見かける派手な広告の魔法クリニックに行きました」
「ああ、あのよく見る広告の。……きっと世の中にはお金が足りなくて、身籠ってしまったままということになる方も、いるのでしょうね」
アリシアが深い溜息を吐いてコーヒーを飲む。
「あの、もしかしてそのお薬、アリシア様用ではなくて、私みたいな者のために持っていらっしゃるのですか?」
ミアの指摘にアリシアは驚いた。
「ええ、そうだけど……、どうして気が付いたの?アイツが浮気クソ野郎だからという材料はあると思うけど」
「浮気クソ野郎……、お人形みたいなお顔でサラッと凄いことを仰る……。
まあ確かにそれは大きな材料ですね。昨晩クソ野郎が何人斬り達成とか言っていましたし」
「切り落としてやろうかしら」
「アリシア様、権力の使いどころはもう少しお話しましょう、綺麗なお顔が鬼みたいです」
ミアが冷静に言う。とても強い女性だとアリシアは思う。
けれどミアも、傷ついていない筈がない。
他の女性たちも、何事もなかったように日常を送っていたとしても、オリバーの一時的な快楽のために、一生忘れられないほど、心身共に傷つけられたことに変わりはないのだ。
「手を出された他のご令嬢たちも集めて、アイツが鼻高々にしているところで、それをへし折ってやりたいわ」
「それは良いですね。ボッキボキに折ってやりましょう。このクッキーみたいに。
アリシア様はきっと、婚約者の浮気相手にも関わらず、他の方にもお優しくしてくださったのでしょう?だから今まで問題にならなかった。
参加希望者は多そうです!」
「……そう、ね」
「どうかしましたか?」
「私は、彼女たちに、私の婚約者がしでかしたことだから、出来ることを精一杯したつもりだった。お薬を渡したり、クリニックに付き添ったり、これでお嫁に行けなくなることのないよう、私の知る限り優しい殿方との縁談をご用意したり……」
「女性用のクリニックに出入りしているだけでフシダラなどと言うおかしな方もいますから、そのご令嬢たちは嬉しかったと思います。
きっと縁談の件も、安心出来たと思いますよ。お嫁に行けなくなるというのは、私みたいに商売をしたいというような珍しい女じゃなければ、かなり怖いことでしょうから」
「でも、今思えばそれがミアや他の被害者を生んだようにも思うの。ごめんなさい……」
「アリシア様、アリシアの高潔さはとても魅力的ですが、これからはパン屋の主人なんですから、もっと気楽に、他責思考でいいと思いますよ。
少なくとも私は、アリシア様の優しさに救われました」
「ミア、有難う。良いパン作るわ」
「私は頑張ってお店を繁盛させます」
二人が笑い合い、日向の猫でもお腹に抱いているような、福々とした幸せな時間を過ごしていると、突然騒がしい声が聞こえた。