一緒にちょん切りましょう
「あなたが難しい人生を歩んできたことと、あの子たちは関係ない。私だって犬に咬まれて仕事まで失った。
あなたがあの子たちにどういう気持ちを抱くか分からなくはないけれど、自分たちが辛かったから、これ以上そういう男たちを野放しにしないために、これからは私たちみたいな女性は保護されないといけないのよ。」
恰幅の良い女性が続けて言った。
「エリス、ましてや彼女たちはまだ子供よ。こんな記事を書かれて、大勢の奇異の目に晒されて、良いわけがないでしょう?あなたも私も貴族だったから分かるでしょう?後から真実が分かったって、面白い方を信じ続ける人はいるのよ。
あなたのせいであの子たちは嘘の内容を一生ラベリングされるのよ?」
「……机上の空論だわ。男たちの意識が変わるわけない。この国で女性が決められることなんて殆どない。お茶会のケーキの種類くらいのものよ。
例え訴えたって、憲兵も男で鼻で笑われるだけ。なんなら賄賂で事件ごと潰される。取り調べはわざと『そういう』ことばかり繰り返し聞いてくる。
法廷では買収された検事に、犬に咬まれたくらいで大したことないと思っている男の裁判官に、大勢の興味本位の傍聴人に、大騒ぎしている女だって思われて、『私が』相手の名誉を傷つけたって、賠償を命じられたのよ!
おかげで僅かな財産も無くなって……、あんたたちが言うように娼館で働くハメになったわ」
「エリス……」
フレイアは呟いた。続く言葉は出てこなかった。
「エリス、あなたが辛かったのは分かったわ。それでもダメなものはダメよ、あの子たちは悪くないのだから」
恰幅の良い女性が諭す。
「侯爵令嬢様なんでしょう?そんな高位貴族でいらっしゃって、こんなに守ってもらえる縁も、王様への伝手まであるんだったらどうとでもなるんじゃないの?」
投げやりに言うエリスに、キッチンの奥から否定する声があった。
「きっとあなたの言うように、私の力だけでは無理です。男性社会の壁はあまりにも厚い。立場だけを武器にしていたら、机上の空論のままです」
「アリシア・グレイ……」
「はい、エリスさん。エリス・カスバートさん」
エリスはかつての名字を呼ばれ、猫のような瞳孔を更に見開いた。
「何故その名字を……」
「昨夜、フレイアさんが私とミアを自室に連れて行ってくれた時の速度が早すぎると思っていました。フレイアさんは私たちの話に好意的でしたが、積極的に話したいからにしても、早すぎる。まるで何かから私たちを避難させるようでした」
「それで気付いたんです。フレイアさんは虫を入れた人にあの時点で心当たりがあったことに。あまり時間のない中で気付いたので、それは恐らくフレイアさんのすぐ側にいた方ではないかと。
同じテーブルにいたエリスさんではないかと。そしてフレイアさんがすぐ気が付いた材料は近さだけではない。
あなたの名前はフレイアさんの資料の中にありました。フレイアさんがオリバー・ブラウンら非道な男どもを訴えるために集めていた資料です。
たった一人で裁判を戦った勇敢な女性として記載された記事です」
それは貴族の女性が集まって作っている小規模な雑誌だった。
けれど、ほぼ男性だけで動かされる社会に一石を投じようという気骨ある記事や発表が多く、密かに女性たちから強い支持を得つつある雑誌だった。
「……エリス・カスバートは、時代が追いつけば、英雄と評される新しい女性である。エリスさん、あなたを英雄と言ってくれる人たちがいるんです。胸を張って生きてください。そういう生き方をしてください」
切り取られた記事を机に置き、アリシアは促す。
「フレイアがこれを……、あんたは気付いていたの……?昨日私がしていたことも、その前にしていたことも」
問い掛けられたフレイアは一度目を閉じて、そしていつも通り淡々と告げた。
「知っていたわ。でも昨日は止められなかった。それは本当に凄く残念。」
フレイアの目は真っ直ぐにエリスを見据える。
「でも私の力不足よ、同じ目的で戦っているのに、私はあなたに声を掛けなかった。どう声を掛けるべきか躊躇っていた。あなたを孤独にしたのは私にも責任がある」
「ごめんなさい、エリス。あなたが昨日したことは大きな過ちだけど、あなたが多くの女性を、私を勇気づけたのは事実よ」
エリスは記事が貼られたノートを掴んだまま、床に座り込んで涙を流した。
「エリスさん、私たちにはあなたが語ってくれたような、貴族男性による誤りの数々を、具体的に、証拠が提示できる状態で知る人の力が必要です」
アリシアはエリスに目線を合わせながら、静かに言った。
「お願いします、机上の空論を現実にするのを手伝ってください」
「一緒にちょん切りましょう、社会的にプライドも、魔術刑罰的にあの無い方が世の中のための何かも」
指をハサミの形にしてチョキチョキとフレイアも誘う。
「物騒すぎるわ……」
エリスはそう言って笑いながらこくんと頷いた。




