犯人
「アリシア・グレイ侯爵令嬢の爛れた日常!権力を使って男性しかいないコーヒーハウスに入り、男漁りをするだけに飽き足らず、娼館で職員として勤務し、性的欲求を満たしていた!」
「堕落した生活のツケが回ったか、家お抱えの医師には頼れないので、ふしだらなことに街の産婦人科にこっそり入院している」
「先手を打たれました。虫は一匹ではなかったのですね……」
フレイアがそう言った時、アリシアが床に倒れた。
「アリシア様!」
駆け寄るミアの視界に、同じく駆け寄ったエドガーが放った新聞の記事が目に入る。
「金で貴族になったミア・スミス。実は高級娼婦になっていた」
「噂のオリバー・ブラウン次期公爵に婚約者がいることは周知の事実だが、ミア・スミスはより高い爵位を目指して、ブラウン邸に宿泊したという」
「オリバー・ブラウン周辺の男性によれば、ミア・スミスはその熟練した手技により……」
「いやあああぁああああ!!!」
ミアの悲鳴に、倒れていたアリシアがガバッと起き上がった。
「……、ミア、ミア大丈夫。大丈夫よ」
アリシアは自身も青い顔をしながら、這いずって半身を起こし、床に座り込んで顔を覆っているミアを抱き締めた。
「ちょん切りましょう……。ここなら手術器具も揃ってます」
フレイアが静かに恐ろしいことを言いながら、恐らく偽名だろうが記者の名前を、瞬きもせず目に焼き付けている。
「ミア、私が守る。絶対守るから……。何をしてでも守るから……!」
涙を流しながらアリシアがミアを安心させている横で、エドガーも静かに怒りに燃えていた。
「二人の罪のない少女によくもこんな傷付けるだけの記事を……」
「ほお……、産婦人科にかかることがふしだらな証拠と……。ほお〜?おやおやお二人についての根も葉もない、尊厳を踏み躙るだけの文章に加えて、こんな知識のないことを……。今まで僕たちがどれだけの女性たちとその誤解を解くために努力してきたと……」
◇◇◇
一方で、寮のリビングでは大きな破裂音が響いていた。
相手を叩いた手を摩りながら涙を溢しているのは、病の母親を抱えるベアトリスだった。
「あんた……、あんたって人は!!金のために、金なんかのためにあの子たちを売ったのね!!この人でなし!!」
叩かれた女性は床に座り込んで頬を押さえている。
猫のような目をした黒髪の女性、エリスだった。
「なんとか言いなさいよ!」
ベアトリスに叫ばれて、エリスはよろよろと立ち上がった。
キッチンの机の上には、先程の新聞。記事の証拠とされる写真は院内のもので、誰かが隠し撮りをした証拠だった。
暫定的に師長のような立場にある恰幅の良い女性が、特に秘密を守らなければならないクリニックにおいて、このような写真が撮影され外部に流出したのは極めて許しがたいことだとして、全員の部屋や私物を確認することにした。
それに抗議したのが猫目のエリスだった。
エリスは元々貴族だった。それが父親の死後、碌でなしの叔父によって、勝手に娼館に売られた。
その娼館で病に罹り、客の情けで得た金で、このクリニックに患者としてやってきた。
驚いたのだ。血に関わる穢れた仕事の筈なのに、身を売る自分よりも、ずっと看護師たちの表情は豊かだった。
エリスの娼館が良からぬ商売をしていたらしく潰れたために、エリスの契約も有耶無耶になり、エリスはこのクリニックで看護師となった。
今度は自分が看護師として患者を助けたいと言って志望した。
その気持ちは嘘ではなかった。すぐ潰れるような商売をしていた前職の娼館では、性病のためにある朝コロッと死んでいる娼婦が珍しくなかった。
けれど、ずっと思っていた。
穢れた血の仕事をする人間が、貴族だった自分よりも幸せだったなんて信じられない。
穢れた血と触れてはいけないと厳しく教育された、元貴族の自分がこのような仕事をするなんて思ってもみなかった。
だからエリスは、貴族のアリシアとミアが病でもないのにクリニックで匿われていること、看護師として血と関わるわけでもないことに憤りを感じていた。
エリスの部屋には小さな小さな、ペンに偽装されたカメラがあった。
エリスは過去の客に買ってもらったものだと言った。
「娼婦に隠しカメラ付きのペンをプレゼントする客なんていないわよ」
「私は娼婦じゃない……!」
エリスは叫んだ。
「今の課題はそこじゃないでしょう?そういう余計なプライドが身を滅ぼすのよ、エリス。どうして昨日、キッチンに必要のないペンを、しかもこのカメラを隠すための飾りの付いた、あなたの趣味にしては大分派手なペンを持ってきたの?」
「たまたまよ……」
「たまたまね、ねえエリス、このクリニックは特に患者様の身と心を守る必要があるわ。
だけど私たち看護師は訳ありが多い。アンジェだって元旦那さんが追いかけてきたりするかもしれないって言っていたでしょう?
だから入寮の時に荷物は詳しく調べるの。覚えてないかしら。それはね、今も記録が取ってあるのよ」
娼婦と呼ばれた怒りを見せていたエリスの顔からスッと血の気が引いた。
「残念ね、エリス」
そして今に至る。疑わしい持ち物はエリスのペンだけだったが、昨夜寮に泊まらず帰宅して、先ほど出勤してきたベアトリスが、皆から話を聞いて張り倒した。
「私だって怪しい奴から声を掛けられた時、正直心が揺れたわよ、だってお母さんが助かるかもしれないのよ!?
でもダメでしょう……。私たちは看護師で、患者様の心身は絶対守らなきゃいけないの。今後の多くの女性のためにも、このクリニックを守らなきゃいけないのよ!それをあんたは……!!」
「金なんかじゃないわよ!」
今度はエリスが叫んだ。
「貴族だからって、ちょっと婚約者に浮気されたからって何?一回男と寝たからって何なの?大袈裟に騒いで守ってもらって何様なの?
お貴族様なら自分の家で家族に言って守ってもらいなさいよ、そもそも犬に咬まれたようなもんじゃない。
それを娼館でもたくさんの人間に指摘されても私たち悪くありませんってふんぞり返っちゃって。
一回現実を知ればいいのよ!」
「現実を知るのはあなたよ、エリス」
フレイアがひどく残念な顔で立っていた。




