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金の力

 少し前、グレイ侯爵邸では魔法使いがアリシアの手掛かりについて、侯爵たちに報告していた。

「魔法使い!まだ見つからないのか!いったいいくら払っていると思っているんだ!」

「申し訳ありません……ただ、いくつか手がかりを見つけました」

黒いローブの魔法使いは、手元の記録を見ながら言った。


 「娼館、コーヒーハウス、そして……産婦人科のクリニックに痕跡がありました」

魔法使いはアリシアの霊子があった証跡を見せるが、どれもこれも嘘だと思える場所だった。


「お前ふざけているのか!?侯爵令嬢のアリシアが娼館?コーヒーハウス?一体……」

アリシアの兄が呆れた声を上げる横で、侯爵夫人は口をパクパクさせ声にならない悲鳴を上げていた。


 「産婦人科?まさかアリシアが妊娠でも……!」

侯爵が妻の様子からやっと思い至って叫んだ。

「オリバ様の子よね、それなら問題ないわ」


 「いえ、それは……そうなら家の医師で良い筈です」

魔法使いがそうなると分かっていながら敢えて淡々と不案を煽る言葉を発する。


「いいい今もそこにいるのか?今すぐ連れ戻せ!そんな恥ずかしいところにアリシアがいるなど、誰かに見られたら……」

「霊子の残り方から見て、恐らくそこにいるかと推測します。しかし、そのクリニックの院長はエドガー・シルバー子爵でして……」

魔法使いの言葉に、侯爵が顔をしかめた。


「あの魔法医療で有名な家の……頭が固くて話が通じない男か……」

「はい、賄賂が通じない相手ですね。アリシア様がいるかどうか、クリニックの特性から答えてくれないでしょうし、下手に踏み込めば逆に我々が訴えられる可能性もあります。

それに、クリニック周辺には妨害魔法が張り巡らされていて、盗聴器が機能しません」


「くそっ……!」

侯爵は拳で机を叩いた。

「では、どうすればいい?」

「内部から情報を得るしかありません。クリニックの職員に接触を取ろうと思っています」


「穢れた血の付いた汚物を触るような、卑賤な職員なら賄賂を受け取るだろう、金はこれを使え」

「有難うございます」

侯爵が机に置いた巾着を見て、魔法使いはニヤリと笑った。いくら懐に入れようか脳内の算板が忙しく動いた。


◇◇◇

 クリニックの営業が終わってすぐ、エドガーのクリニックの近くの市場。

一人の看護師が買い物をしていた。彼女の名はベアトリス。30代半ばの、少しやつれた顔立ちの女性だった。


「これとこれを……ああ、でもこれは高いわね……」

彼女は籠の中身を何度も入れ替えながら、ため息をついていた。

その時だった。


「失礼ですが、エドガー子爵のクリニックで働いておられる方ですよね?」

「え、ええ……あなたは?」

「私はグレイ侯爵家に雇われている魔法使いです。実は、お願いがありまして……」

男は周囲を見回してから、小声で続けた。


「グレイ侯爵家の令嬢、アリシア様を探しております。もしかして、あなたのクリニックにいるのではないですか……?」


 ベアトリスは動揺した。その令嬢は、院長から職員の寮の方にしばらく宿泊すると説明があった。


患者用ではなく職員用であることに、患者として入院している方々とは別の複雑な理由があると思われたが、こうして街で人探しに声を掛けられることまで想定していなかった。


 何の背景も聞かされていないからこそ、どのような危険があるのか想像出来なかった。


 「あなたに迷惑はかけません。ただ、アリシア様がそちらにいらっしゃるかどうか、教えていただけませんか?」

「それは……お答えいたしかねます。一律で皆様にそのように対応させていただいております」


 「もちろん、お礼はさせていただきます」

男はチャリンと金貨の入った袋を見せた。

ベアトリスの目が、その袋に釘付けになった。


彼女には病気の母親がいた。薬代が嵩み、エドガーのクリニックの給料だけでは足りなかった。

勤務日数を増やそうにも、母の看病があってそれも難しい。

「……私、知りません。何も……」

ベアトリスは首を横に振った。

「そうですか……残念です」

男は袋を引っ込めかけた。


 「あ、待って……」

ベアトリスは思わず声を上げた。

金貨が、目の前から消えていく。母の薬が、買えなくなる。

「……もし、もしですよ。仮に、そういう方がいらしたとして……いくら、いただけるんですか?」

男はニヤリと笑った。

「正確な情報なら、これの五倍は」

五倍……!

ベアトリスの手が震えた。

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