偽名を付けましょう
「やぁっだ!本当に!?」
「最低じゃない!ちょっとソイツどういう教育受けてんのよ、次期公爵でしょ?」
「っかぁー!浮気して借金して逃げた私の元旦那もヤバいと思ってたけど、クズってどんな身分の男でも発生するのね」
「あなたゴキブリみたいに言うのね」
「あ、ごめんなさい。ゴキブリに失礼だったわ」
共用キッチンの横には共用テーブルと椅子があって、仕事終わりの看護師たちがアリシアとミアが作る焼きたてパンやクッキーの良い匂いに誘われて集まっていた。
エドガーのクリニックは緊急に備えて入院出来るベッドはあるが、基本的に受け入れていないそうだ。
あくまで診療する場所なのだという。
「院長先生の理想を叶えるのにはお金が掛かるからね、困っている女性を多く診るために無償診療までして。これを入院まで可能にしたら経営出来ないからね」
「そうねえ、今でも緊急で夜間や休日に診ることがあるし、これ以上受け入れちゃったら破綻するわね」
看護師たちは、仕事を終えた女性陣が多く集まれた理由を、上記のようにあっけらかんと教えてくれた。
そして彼女たちはエドガーが太鼓判を押した通り、非常に話しやすく、アリシアやミアのことを大らかに受け入れてくれた。
「モモヒキ公爵はそうやってまたお仲間に擁護されて図に乗るわけ?やだ、一回叩いたら終わりのゴキブリの方がマシね」
「あれよね、仕事終わりに言うのもなんだけど、貴族のその良くない男子たちの被害って何人か見ているよね」
「そうね、本当に親の権力を笠に着ただけのボンクラどもめ!」
皆はムグムグとアリシアとミアのパンを食べ、美味しい美味しいと誉めながら、オリバーとその仲間をけちょんけちょんに言って笑った。
「どうしたらギャフンと言わせられるのかしら」
「ね!こんな可愛い女の子たちを泣かせたんだもの」
「もう安心してね!ここでは皆んな味方よ!」
「偽名つける?偽名。職場で呼ぶ時用に。そういうの楽しくない?私ね、子供の頃自分のことキャサリンって呼んでたの」
「私もそういうのやったわ!私は友達との手紙の中だけでキャンディーだったの。相手はイチゴちゃんだったわ」
「かわいい〜!」
「あ、じゃあ私フレミアが良いです!」
「さっすが!愛と美の女神ね。そういうの憧れるわよねー!」
ミアは早速馴染んで会話に参加していた。
「アリシア様はどうしますか?」
「あ、じゃあアリスかしら」
アリシアが言うとまた皆が良いわねー!と共感して笑い、話を続ける。
アリシアは自身の中にあった、何か例えようのない不安が紅茶に落とした砂糖のように溶けていくのを感じていた。
正確にはこの国にはまだその資格はないが、看護師の女性たちは皆アリシアの母に近い年齢で、まるで母や家族と机を囲んでいるようで、自身を無条件に受け入れてくれるその空気そのものが、とても嬉しかった。




