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夜ご飯と朝ごはん

 ミアは窓辺に立って、外を見た。

「落ち着きますね」

アリシアも窓の外を見た。

なんということのない至って普通の町並みだ。

「そうね……」


 アリシアの実家の部屋は確かに豪華だった。天蓋付きの広すぎるベッド、天井から床までの大きな窓を覆う絹のカーテン、涙型のガラスをいくつも付けたシャンデリアなど美しい調度品。


 でも、ずっとここの方が落ち着く。


 「本当に私ってラッキーですね!商人から貴族になって、侯爵令嬢で頭も良くて綺麗で優しいアリシア様とお知り合いになれて、生まれて初めてパンも作って、コーヒーハウスに入って、レイナルド様にエドガー様に凄い方々と知り合って、娘を売るような家から出て、こうして可愛い部屋で匿ってもらえて!」


「たくましいわね、ミアは」

「ええ!私の取り柄です!」

ミアは胸をドンと叩いて言った。


 「七難八苦どんと来いですよ!ですからね、アリシア様」

ミアは優しく微笑んだ。


「そんなに不安にならなくて大丈夫です!」


 アリシアはその言葉に堪えていたものが切れてしまった。

「ごめんなさいミア、私の見通しが甘くて……、あなたに行き当たりばったりで不安な思いを……」


「アリシア様」

ミアはボロボロ大粒の涙を流すアリシアをぎゅっと抱きしめた。


 「私は本当に今幸せです。大丈夫ですよ、悪いことの後にはその分絶対良いことがあるんです!」


「有難う、ミア」


 ミアはレイナルドの提案を聞いた時に言葉にしなかったが、アリシアには娼館以上に厳しいのではないかと考えていた。


 娼館に勤める女性たちも世間で誉められる職業ではないが、それでも貴族男性が通う高級娼館となれば、彼らを惹きつける女性という一定の評価がある。


 比べてエドガーの産婦人科は、性病や妊娠のイメージで若い女性が通うことに否定的な視線がある他、先程エドガーが言ったように、今この国の看護師は余程食うに困った女性がする穢い仕事というイメージがあるのだ。


 アリシアはオリバーの行いのために、付き添いの形で何度もクリニックに足を運んでいるし、一般的な貴族子女に比べれば、決して婦人科に通うことが悪いことではないと理解がある女性だ。


 だが職員として働くとなった場合、生まれてからずっと穢らわしいと言われ続けてきたモノに関わる仕事という漠然とした不安は、きっとミアより遥かに強いだろう。


 アリシアは優秀な学生だったが、とは言え医療までは修めていない。

 それは医学に特化した学校で学ぶ必要がある。


 レイナルドは事務としてと言っていたが、本当に事務仕事だけで良いのか?緊急の場合は?「これくらいお願い」というのはどの仕事でもよくあることで、医療の「これくらい」はどの程度になるのだろうか。


 感染の可能性がゼロではない医療廃棄物を処理業者と受渡しするのは?

 検査後の処置室の清掃は?例えば検査をする椅子は?場合によっては血液が付いている可能性もあるが、もし「サッと拭いておいて」というやり取りが普通だとしたら?


 古い概念に中で育てられた侯爵令嬢のアリシアの中には、穢いというのは漠然としたイメージであって実態とは違うと理性でわかっていても、否定できない恐怖があるのではないだろうか。


 魔法について学んでいるからこそ、血液というものには特に敏感な筈だった。

 血液を使用した闇に魔法は通常の犯罪よりも遥かに重い罰で裁かれる。

 威力が強い呪いである反面、使用すれば二度と人に戻れないとミアでも知っている。


 そのため血液は魔法使いの間で忌避されている。


 そして強いはずのアリシアが泣きながら導き出した言葉は、ミアがそうした状況で不安に思っていないかという気遣いだった。


 ミアはアリシアの優しさに感服した。


「ちなみに子爵様に聞いたんですが、ここのキッチンでパン作りして良いそうですよ!他の人が使ってない時間なら誰でも使って良いんですって!」


先回りして聞いておいて良かったとミアはアリシアの綺麗な瞳を見つめて言う。


「今日の夜ご飯と明日の朝ごはん作りましょう!アリシア様!」

「そうね!食べて元気を出しましょう!」

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