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日和るんじゃないわよ

「病院に!?まあ看護師の寮とまではいかないですが、泊まれる部屋はありますが、貴族のお二人にはかなり質素かと……」

「あらあ、この子達たくましいわよ。今朝まで娼館の洗濯女や飯炊き女と数十人合同の雑魚寝していたのよ、ベッドじゃなく床に布団を敷いてね」


エドガーの心配をサラッとレイナルドが返すと、エドガーは壊れたラッパのような変な声で驚いた。


「ファッ!?床!?侯爵令嬢が床?!僕は監獄医師の研修にも行きましたが、貴族は個室でベッドでしたよ……」


 「ふぅん、お貴族様なら罪を犯しても特別待遇なんですか」

ミアが息と一緒に氷でも吐き出すかのように淡々と冷たく呟いた。


「そうね、法の下に皆平等であるべきだわ。ただ貴族の家に生まれただけで罪を犯しても高待遇なんておかしな話だわ」

アリシアが同じく涼しすぎる瞳で、優雅にコーヒーを啜った。

「王様に謁見出来るなら、一緒に訴えたいですね、同じ罪には同じ罰をって」


 その台詞を聞いて、エドガーは、自分が想像していたよりも遥かにミアが本気で怒っていることに、やっと気がついた。

同様にアリシアがお嬢様の気まぐれで家を出たいと言っているわけでもないことにも。


 十五歳のアリシアに付き添った時とは次元が違う。あれは蝶よ花よと育てられたはずの、右も左も分からぬ子供が、公爵家の一事業を破綻させたなどとあまりにも可哀想な責任を押し付けられて、誰がどう見ても大人の介入が必要だった。


 そしてコト自体は、くだらないものだった。よくある傲慢な貴族同士の喧嘩だ。ただ一言「やめておけよ、恥ずかしい」という愉しを高位の者からもらえれば良かった。


 コーヒーハウスの件は、関わった大人に利はなかったが、子供を守ろうという善意だけで動けた。リスクが少ないからだ。

 高位貴族が勝手をしていることでやりづらいところがあったが、とはいえ、今回とはレベルが違う。


 話が大きくなり過ぎている。


 エドガーの背中に汗が伝った。


 エドガーはこの国の高位貴族男性の中では、女性に理解がある方だ。

それは産婦人科医という職業や、食うに困らない財産のゆとり、貴族という権力等、背景は色々あるだろう。


 しかしそれらを以てしても、なかなか人々の常識を変えることは難しかった。

 だからアリシアやミアの訴えが実際に王の承諾を得るのであれば、それは喜ばしいが、エドガーは経験から知っている。


 そんなにうまく行くはずがない。


 どこで歯車がおかしくなった?

 女遊びの激しい次期公爵、まだ若い貴族男子のオリバーやその一派に苦言を呈してもらうのではなかったか?


 もうオリバーは世間では恥を晒し、存分に叩かれている。それで溜飲は下がらないのだろうか?


 エドガーは日々女性と接するが、特に身分が高くなるほど、女性はそれを恥と思って口を開いてくれない。


 黙って受け入れる女性が多い中で、相手の男性があれほど世間で指を指されれば十分だと思う女性も多いだろうと想像した。


 そうではないのか?

 エドガーには分からなかった。


 患者に寄り添ってきたつもりだった。

だからこそ、今アリシアやミアが無謀と思えるような希望を口にしても、それを無理だと止めることはしない。


 それに、公爵家のビジネスの一端を担ってきたアリシアなら、形になる資料の作成や一定の訴えを述べることが出来るだろう。


 むしろだからこそ問題だ。

王が法律の変化まで言及したらどうなる?


 これはコーヒーハウスの時よりも面倒で権力のある男たちを敵に回すだろう。


 そうなったらエドガーは、自分がアリシアやミアの梯子を外すのではないかと恐怖した。


 自分には守りきれない。


 エドガーの無償診療に縋ってくる女性たちは多い。誰にも相談できず、性知識も医学知識もなくどうにもならなくなって、頼ってきた女性や赤子の治療にかかる費用は莫大だ。


 エドガーの資産だけでは回らない。

エドガーの資産だって本来は領民への還元を前提としたものなのだ。


 だからこそ裕福な貴族に、有力な商人に、そのプライドをくすぐって寄付を募っている。


 もしアリシアやミアが男性貴族たちから非難された時、自身が二人を守れば、寄付は、その先の多くの女性や赤ん坊はどうなる?


 その時だった。

 「エドガー、あんたはこの子達を守れる数少ない大人よ。高位貴族で、王様に伝手があって、男で、産婦人科の医者、いい?あんたが日和るんじゃないわよ?」


レイナルドが、まっすぐにエドガーを見据えた。


 レイナルドはそう言えるだろう!と喉まで出かかったセリフを飲み込んだ。

 レイナルドは強い。独りでも折れることなく我を貫いて、周りを納得させる力がある。


 自分とは違う。だからこそエドガーは言った。

「君が協力してくれたらね」


 昔から、いつだってレイナルドがエドガーの背中をまっすぐ伸ばしてくれたのだ。


「何言ってるの。当たり前でしょう?」

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