アリシアの土下座
「端的に申し上げると、大口顧客になるので、私とそういう……、申し訳ありません。
このようなこと、婚約者の方にご相談すべきなのですが、父が乗り気になってしまって……上手く第一夫人になるようにとまで」
「あなたも苦労しているのね……」
今度はアリシアが納得して頷いた。
「アリシア、いえあのすみません。グレイ様は」
「アリシアで良いわ、私もミアと呼んで良いかしら」
「はいっ!勿論です!アリシア様はお優しいですね、私婚約者の方に知られたら、小説にあるように水を掛けられたり、短刀で脅されたりするのかと……」
「アレにそんなエネルギーを使うのは無駄だもの。こういうことがあった日はね、いつもは私、パンを作るの」
「パン!?ご令嬢がですか!!」
ミアがもう子供のように感情豊かなものだから、アリシアはついに笑ってしまった。
「あはは、そう、そうなの。だってアイツ一回叩いてやりたいじゃない?何か叩いてもおかしくない趣味を探したのよ」
「それでパンに?」
「そうそう、『パンって皆んなを幸せにする素敵なものだから、私も作って教会の孤児院の子供たちに配りたいわ』って親に言ってね」
「ああ、うまいこと考えましたね。貴族のお嬢様がわざわざ手作りしたパンを孤児院で配るなんて、お家の評判が上がりますもんね」
「そうなの。お父様もお母様も私が何かをすると言うとすぐ怒るけど、結局本質的には何が良くないかなんて考えていないのよ。
奉仕のためのパン作りなら何にも言われなかったわ。
それでね、アイツがこういうことをした日は生地をめいっぱいこう、ダンダンって!」
「あはははは!今日は私も手伝わせてください、あー面白い、アリシア様がこんなに面白い方だなんて」
アリシアが歯を食い縛って思いっきり生地を叩きつける真似をすると、アリシアは涙を流しながら大笑いした。
「私、昨日は本当にもう人生終わった気がして、自棄になってたんですけど、人生ってこんな良いこともあるんですね」
アリシアはミアのその言葉に引っ掛かった。
「アイツはそんなに酷いことを……?」
ミアの顔が少し曇った。
「そうですね、アリシア様にはあんな風にしてほしくないとは思います。言葉だと、『餌が良くなかったから育ちも良くないんだな』とか、『お金のために抱いてくださいと言え』とかが」
「なんて非道い!」
「マイルドなあたりですね」
ミアの言葉を聞いていられずアリシアが叫んだが、その後に続いた台詞に、沈黙が下りた。
「マイルド……」
そういえばミアは「言葉だと」と前置きもしていたのだ。
「婚約者の手綱を握れず、大変ご不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ありません!」
アリシアは床に手を付いてミアに詫びた。
「やめてくださいアリシア様!あんな奴のために頭を下げないでください!」
一理あるわ、とアリシアは頭を上げた。