一緒にパンを作りましょう!
「ミア……」
アリシアが止めようとしたが、ミアはチラリとアリシアを見て、呼びかけに気付きながらも発言した。
「あの……すみません」
ミアは震えていたが、努めて冷静に言った。
「少し、お手洗いを……」
「ああ、奥だ。そちらの使用人に付いて行ってくれ」
エドワードはなんでもない様子で答えた。
ミアは足早に部屋を出て行った。
アリシアは、ミアの後ろ姿を見送った。ミアの肩が、まだ小刻みに震えているのが見えた。
「グレイ嬢、あのスミス嬢はまだ貴族社会に馴染めていないのかな」
エドワードは心配そうに言った。それはきっと本当に優しさからの言葉なのだろう。
更に言えば、自身に胡麻すりをしないミアやアリシアに対して、幼稚すぎるという牽制も含んでいるのかもしれない。
アリシアは完璧な笑顔を作った。
「大丈夫です、私が付いております」
浮気は男の甲斐性。
女が上手く転がせ。
それが女の価値。
エドワードは悪意で言っているのではない。むしろ、親切心から、人生の先輩として、アドバイスをしてくれているのだ。
でも、それは違う。
それならば証明せねば……!エドワードのように知らない人にも分かるように伝えられるように!
アリシアは心の中で拳を握りしめた。
今日は絶対パンを作ろう!
「エドワード様」
アリシアは静かに言った。
「色々有難うございます。お心遣い、感謝いたします」
「いやいや」
エドワードは笑った。
「君は賢い娘だ。きっと、良い奥さんになれるよ」
しばらくして、ミアが戻ってきた。その目は少し赤かった。
「失礼しました!」
ミアは普段のように明るく言った。
「いや、気にしないでくれ」
エドワードは優しく言った。
「若い娘は、繊細だからな。少し厳しく言い過ぎたかもしれん」
二人は礼を言って、駒鳥屋を後にした。
◇◇◇
店を出ると、ミアは壁に手をついた。
「ミア!」
アリシアが駆け寄る。
「大丈夫……大丈夫です」
ミアは深呼吸した。
「ただ……ちょっと、息が……」
アリシアはミアの背中をさすった。
しばらくして、ミアは顔を上げた。
「もっと、世間から真っ向攻撃されると思っていました。だからやり返してやろうって気持ちでいたんです。でも、こんな風に、助けてくれた人から理解が得られないなんて思ってませんでした……覚悟がまだまだ甘かったです」
ミアの目には、また涙が溜まっていた。
「すみません、悔しくて。『浮気は男の甲斐性』ですって」
「……ミア」
「『女が上手く転がせ』ですって」
ミアは笑った。でも、その笑顔は歪んでいた。
「私たちが……私たちが悪いの?」
アリシアは何も言えなかった。
「父が勝手に私を売って、オリバーが私を襲って、私が嫌がって、それでも無理やり……」
ミアは震えた。
「それは『男の甲斐性』なの?私が『上手く転がせなかった』から?父もオリバーも悪くないの?」
「違う」
アリシアははっきりと言った。
「違うわ、ミア。あなたは何も悪くない」
「でも、エドワード様は……!」
「エドワード様は、知らないわ!私が悪くないって」
「オリバーが何をしたか。私たちがどれだけ傷ついたか、知らない。エドワード様だけじゃない。娼館の人たちも世間もきっと同じ……。
ちょっとした浮気程度って……私はちょっとした物じゃない、親に売られて男に買われてちゃんと傷つく人間です……!!」
ああやっぱり、ミアは強い。
ミアの目は怒りと決意の強い炎を宿していた。
「肩を震わせている時、思ったわ。殴るんじゃないかって」
「バレてましたか!?だってもう腹立って腹立って!悲しいのも本当ですよ、でももう怒りの方が抑えきれなくて……!トイレの壁めっちゃ殴ってきました!金持ちの家の壁って丈夫ですね!傷付かなくて良かったです!」
「アリシア様、あのモッコリ野郎だけじゃ足りません!理解の足りない皆んなに教えてあげましょう!!王様に会うまでにやることを教えてください!!」
「そうね!さすがはミアだわ!!」
アリシアはミアの手を取ってブンブン上下に振った。
二人は並んで、馬車に乗り込んだ。
「よっし!まずはパンを作りましょう!コーヒーハウスで一緒に!」
「楽しみです!叩き潰す回数が多い作業を任せてください!お手伝いします!」
二人は業務用のパン作りの材料をどっさり買ってコーヒーハウスに向かった。




