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恩返しどころか

 昼下がり、アリシアは一人、市場を歩いていた。

魔法で髪を染め、目の色を変え、娼館の下働きに見えるよう制服を貸してもらっていた。


 何もせずにいる方が居心地が悪いとマダム・ロザリンドに労働を申し出て、調理場の手伝いとして買い物をしていた。


 気分転換になるかと思ったが、あまり効果はなかった。むしろ、聞こえてくる会話が胸に刺さった。


「聞いた?ブラウン領か全体がまずいって」

「まあ。あの『モモヒキ公爵』のせいで?」

「そうよ。商人たちが取引を控えてるんですって。それでね、脱走者も出ているらしいわよ」


八百屋の前で、主婦たちが井戸端会議をしていた。


「可哀想にねえ、領民の方々」

「本当に。次期公爵様があんなんじゃ、先が思いやられるわ」


アリシアは足早にその場を離れた。


 別の通りでは、商人たちが集まって話していた。


「ブラウン領との取引、どうする?」

「様子見だな。ブラウン領と分かるものは避けよう。とりあえず店舗イメージが良くなるからと、善意でやっていた、鉱山閉鎖で職をあぶれた連中への寄付になる菓子は切った」

「公爵様はまともな方なんだがなあ。息子があれでは……」


 アリシアは胸が痛んだ。


 自分たちが望んだのは、オリバーへの復讐だった。でも、結果として苦しんでいるのは、罪のない領民たちだ。


 食料品の市場を抜けて、アリシアは服屋や装飾品の店が並ぶ街へ足を向けた。

 高級娼館の近くには、遊女への貢ぎ物や、高級娼館へ通える財力のある男性陣が妻や愛人に贈る服やアクセサリーを売る店がある。


 そこからどんどん類似の店が並び、衣服街となっている。そこにレイナルドの店もある筈だった。

 アリシアの胸には或る不安が渦巻いていた。


 そしてそれは現実になった。

 「ねえ、あのピチピチズボン、レイナルドの店のなんですって」

「えー、あの『モモヒキ公爵』が履いてたやつ?」

「そうよ。あれ、実は女性用だったらしいわ」


仕立て屋の前で、若い女性たちが噂話をしていた。


「女性用なの?それを男が履いたの?」

「ええ。次期公爵様、説明をよく聞かずに自分で履いちゃったんですって」

「まあ、恥ずかしい」


「でも、レイナルドも気の毒よねえ」

別の集団のある女性が隣にいた年配の女性に言った。

「あんな風に履かれちゃって。女性用だって分かっても、もうイメージ悪いわよ」

「元々女性にズボンなんて、最先端を行きたいのかもしれないけど、やり過ぎよねえ」


「そうなのよ。うちの娘、レイナルドの店で注文してたんだけど、キャンセルしたの」

「まあ、どうして?」

「だって『モモヒキ公爵が履いてた店』でしょ?娘が恥ずかしがって」

「それで良いのよ、流行だからって最近の若い子はおかしいわ。コルセットもしないで恥ずかしい」


「所詮、目立ちたがりのオカマだし」


アリシアの足が止まった。


 レイナルドには、コーヒーハウスで話を聞いてもらった。ミアと一緒に泣いてくれた。貴重な人脈を使って居場所をもらった。

 おかげでオリバーに一泡吹かせることが出来た。


 それなのに、恩返しどころか、これでは後ろ足で砂をかける行為ではないか。


 「レイナルドの店、最近客が減ってるらしいわよ」

「可哀想に。でも仕方ないわよね」

「評判って、一度落ちるとなかなか戻らないものね」


アリシアは貴婦人たちの横を通り過ぎ、レイナルドの店の前に立った。


店は開いていた。いつものように、美しく先進的な服が飾られている。

女性が活躍しやすい服を作っていると言っていたレイナルドを思い出す。


とても素晴らしい服だった。デザインと活動のしやすさが見事に同居していた。

でも、中に客の姿はなかった。


 アリシアは店に入ろうとして、足を止めた。


何と言えばいいのか分からなかった。


 謝れば済む問題ではない。レイナルドは優しい人だから、「気にしないで」と言うだろう。でも、それで問題が解決するわけではない。


アリシアは結局店には入らず、その場を離れ、本来の買い物をして店に帰った。

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