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モモヒキ公爵爆誕!

 「君は大きな損害を出した商談を破綻させた日の夜に、そんな格好で遊びに来たのか?反省もせずに?」


オリバーは歯軋りで歯を削り倒したいかのように、ぎりぎりと音を鳴らして噛み締めていた。顔はこれ以上ないほど真っ赤だった。


「私なら先方に詫びる方法を探し、二度と同じ過ちを犯さぬよう答えられなかった質問の答えを探し、別の解決方法を探す。それが多くの民の生活を守る立場にある者がするべき当然の行動だ」


 「我々が多くの富を持つのは、多くの民を守るためだ。いざという時に民の生活を守るためだ。

華やかなパーティーで、コーヒーハウスで、その他社交による人脈を保つのは、いざという時に民を守るための情報を得るためだ」


 周囲の人々はエドワードを敬意を持った眼差しで見つめる。

それが娼館の前でもだ。きっとエドワードには何か理由があってここにいると思わせた。


 駒鳥屋は更に売れ行きを増すことだろう。

エドワードなら、このような騒動がなくても損失の補填は出来ただろうが、短期的でなく長期のブランド戦略としては当たりだったに違いない。


 エドワードは静かに、しかし重々しく言った。

「君には、公爵家を継ぐ資格がない」


「な、何を……俺は公爵家の……」


「記憶もない赤ん坊の頃、公爵家に生まれただけで偉いのか?」

エドワードは冷たく言い放った。

「君は公爵家に生まれただけだ。何も成していない。むしろ今日、父上が築いてきたものを壊した」


 オリバーが言う通り、エドワードの身分は商人だが、彼にはオリバーに公爵の資格がないと言える実績と人格があった。


 生まれと顔だけのオリバーにはなす術がまるでなかった。


 エドワードはオリバーの後ろを見て、比較的大きな声で呼んだ。

「マダム・ロザリンド」


いつの間にか玄関に豪華なドレスを纏った中年の美女が姿を現していた。

「はい、エドワード様」


「この若造、永久に出禁にしておくれ。二度とこの店の敷居を跨がせるな。同じ空気を吸いたくない」

「……かしこまりました」

マダム目を伏せ左右に視線を動かし、少し逡巡する素振りを見せたが、それは演技だった。


 駒鳥屋の権力と、大衆の前でこれだけの振る舞いをする客を店に入れる訳にはいかない。仕方がない判断だとブラウン家に近しい者たちへの言い訳だった。


 「ま、待て!永久だと!?」

オリバーは慌てて叫んだ。


「当然だ」

エドワードは門をくぐりながら、最後に言った。

「ブラウン公爵には、今日のことを全て報告させてもらう。息子が隣国との商談をどう破綻させたか、私が長年付き合ってきた大切な商人や私をどう侮辱したか、全てをな」


重い門がバタンと閉まった。


「ああああああああ!」

オリバーは地団駄を踏んだが、もう誰も彼の相手をしなかった。


野次馬たちはヒソヒソと噂話を始めた。それはまるで面白い見せ物を見た後の興奮に似ていた。

「これはブラウン領、大変なことになるぞ……」

「次期公爵があれでは……」


オリバーは一人、夜の街に取り残された。


◇◇◇


「すっごい!すっごいわ!」

ミアは椅子から転げ落ちそうなほど笑い転げている。

「駒鳥屋の大旦那、最高!貴族のボンボンをあんな風に黙らせちゃうなんて!」


アリシアも涙を浮かべながら笑っていた。

「ああ、痛快だわ。国内五指にも入る駒鳥屋の大旦那にあんな失礼を重ねるなんてヒヤヒヤしたけど、さすがねえ。絶対ご商売に支障があった筈なのに、スマートだわ」


「あっという間に広がりますよ!この辺りは噂の発信基地みたいなものですからね。しかもこれだけの観衆とあのピタピタモモヒキ野郎に困っていた娼館の職員たちに見られてるんですから!そして最後、公爵様に全部報告するって……」

ミアは窓の外を見下ろした。

「オリバー、完全に終わったわね」


「ええ」

アリシアは自信に満ちた表情で言った。

「隣国との商談決裂は、もう隠せない。そしてその責任が全てオリバーにあることも、これで明らかになった」


「ブラウン公爵様も、いよいよ現実を見なければいけなくなるわね。可愛い息子が無能だってことに」


ミアはニヤリと笑った。

「逃した魚は大きいですね」


「それに」

アリシアは窓の外の野次馬たちを見た。

「娼館街の噂は、明日には王都中に広まる。『隣国との商談を破綻させたモモヒキ公爵』ってね」


「あはははは!モモヒキ公爵!」

ミアは再び笑い転げた。


「さあ、次の一手を考えましょう」

アリシアは真剣な顔になった。

「オリバーはますます追い詰められる。でも、まだ終わりじゃない」


「そうですね!」

ミアは目を輝かせた。

「これはまだ始まりです。あれはオリバーの自滅、復讐じゃありません。きっと面倒なことがまだまだあるでしょう、相手はお貴族様だし……でも」


二人は自然とガッシリ固く手を握り合った。

「負けないわよ!」

「はい!私絶対めげません!アリシア様とパン屋を開くまで!」

「私はパン屋でのんびりミアと紅茶を飲むまで!」

「ずるいです!私もアリシア様のパンと紅茶とコーヒー!悠々自適に暮らすまで!」


◇◇◇

 一方、馬車の中で一人悪態をついているオリバーは、まだ理解していなかった。

自分が今日、どれほど多くの人々の前で恥を晒したのか。

そして、駒鳥屋の大旦那からブラウン公爵への報告が、どれほど致命的なものになるのか。


「モモヒキ公爵」の異名と共に、「両国の商売に大きな影響を残す商談破綻の戦犯」という烙印は、翌日には王都中に知れ渡るのだった。

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