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オリバー大商人を敵に回す

 駒鳥屋の大旦那、エドワード・ハリントンは王国でも五指に入る大商人である。


扱う品は主に貴族向けの香水、化粧品、瓶詰めの果実水、そして酒など。

卸も兼ねていて、市民向けの品も多く手がけている他、近隣諸国の職人、商人との太いパイプを持っているため、王族や大貴族たちも彼の機嫌を損ねることを恐れる人物だ。


 「修羅場だわ……本物の修羅場だわ……!」

「駒鳥屋の大旦那、知らせを聞いて喜んで来たなあ、あれ」

「直接文句言ってやりたかったんだねえ、皆んなの前で。あの人がそうなると言うことは、割と怒ってるね」

「あの石の服着たボンボン終わったな、」

娼館の女性陣の輪の中で、アリシアとミアは固唾を飲んで見守る。


 娼館街の人々は足を止め、次期公爵と大商人の対峙を見守り始めた。

 エドワード・ハリントンの名は誰もが知っている。そして誰から見ても、その威厳の前では、まだ爵位も実績もない顔だけの若造など、ちっぽけなものに思えた。


 「オリバー・ブラウン次期公爵様」

エドワードは静かに、しかし重みのある声で語りかけた。

自身に迷惑をかけた幼い子供に言い聞かせる、ゆとりある人物の優しさにも思えるし、わざわざ大衆に嫌味に、この若造が誰なのか伝える嫌味にも思えた。


 「本日、隣国との商談が決裂したそうだな」

オリバーの顔が一瞬蒼白になったが、すぐに虚勢を張った。

「な、ぜそれを、いや何の話だ!」

「とぼけるなよ若造」

エドワードの目が鋭く光った。

「隣国の貴族と商人達は、先程私に早手紙をくれたのだよ。ブラウン領の関税交渉が白紙に戻ったので、私との取引ではブラウン領を通らない方式への変更など、金額や納期に影響が出るだろうと詫びの連絡だ。彼らは真面目で律儀だからね」


「俺にはそんなこと……!」

まだ戯言をのたまっているオリバーに、エドワードは頭痛がするというように額に指を当てて、目を伏せて言った。


 「……君は詫びる立場であって、彼らから謝罪を受ける必要などないだろう。何を言ってるんだ。彼らは私の旧知の仲でな。君との商談がどうなったか、全て聞いたぞ」


周囲がざわめいた。あの派手な服を着た若造が、好々爺のエドワードを閉口させるほどの何かをしたらしい。


周囲はスキャンダルに期待している。その雰囲気はオリバーを更に羞恥と怒りで追い立てた。


「あ、あれは……!俺は悪くない!完璧な資料を見せた!それなのに話が通じない商人共が悪いんだ!貴族への礼儀も知らず、ところどころ敬語だって変で、初めからブラウン公爵家に相応しくない態度で……!」


 「ブラウン公爵家に相応しくない?」

エドワードは、杖を付きながらもしっかりした足取りで一歩オリバーに近づいた。


 杖を付いた老人に対し、オリバーは一歩退がった。体格の問題ではなかった。

今までの経験が違いすぎる。オリバーでは敵わない敵だと、ようやく分かったようだった。


 「関税の調整、魔洞窟の採掘権、魔道具のOEM、台風復興支援——両国の領民や、商流に関わる人々の生活を左右する重要な商談だったはずだが?敬語が何だって?そんな些細なことで、彼らの日々を変えてしまって良いとでも?」


「そ、それは俺が——」


「君が何だ?」

エドワードは容赦なく詰め寄った。

「君は公爵ではない、庶民の商人ですら作れる資料も作れない、ただの人だ」


オリバーは言葉に詰まった。間違いなくオリバーの地雷を踏んでいたが、言い返せなかった。


「隣国の商人たちは言っていたぞ」

エドワードは冷たく笑った。

「ある地域について、あえて遠回りな『南回りルート』を選択した理由を聞かれて、君は『雪が降るから』と答えたそうだな」


「そ、それが何だ!正しいだろう!」

オリバーは地名と共に、その地域が冬季にどれだけ雪が降るか説明した。

鼻高々に言うが、それは誰だって知っていることだった。

その地域は雪祭りに力を入れていて、有名な観光地でもあった。


 「夏季もか?」

エドワードの声が一段と鋭くなる。

「君は資料に、夏季も南回りと書いてあることすら知らなかったそうではないか」


「そんなことまでアイツら……」


「商人たちが言うには、『事前に一度でも読んでいれば分かる質問』だったそうだ。それはそうだ、私だって分かるし、ここにいる多くの者達でも分かるよ」

エドワードは嘲笑うように言った。


「つまり君は、自分で作ったと豪語した資料を、一度も読んでいなかったということだな」


 周囲の野次馬たちがヒソヒソと囁き始める。

クスクス笑っている者もいる。

「当たり前だ、あの熊対策にどれだけ傭兵が必要だったか」

「あれだけ新聞で熊熊言ってるのに知らないのか」

「そもそもアイツ、エドワード様に敬語を使えてないじゃないか」

商人達は呆れて笑うことすらなく、オリバーを見下している者が多い。


「文字が読めないんじゃないかい?」

「貴族様なのにか?」

「だってうちの三歳だって知ってる雪祭りをあんなに偉そうに……」

市民層の中にはオリバーを心配する者もいたが、それはオリバーにとって最大の侮蔑だった。


 「ち、違う!あれは——」

オリバーは必死に弁明しようとした。


「あれは君の婚約者のアリシア・グレイ嬢が作ったものだろう?」

エドワードはズバリと言い当てた。

「そしてグレイ嬢がいない商談で、君は何一つ答えられなかった、いつもいつもグレイ嬢をオマケのように紹介してふんぞり返っていた君の方がお飾りだったわけだ」


「お飾りなどと!さっきから聞いていれば一商人が次期公爵に失礼甚だしい!」


「一商人、か。久々だな、そう言われたのは」

エドワードは首を傾げた。

「確かに駒鳥屋は大きくなったが、私は一商人だ」


 エドワードは一歩また一歩と、オリバーに詰め寄った。

「では君は?」

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