浮気相手の女とティータイム
「……すみません、起きていただけますか」
誰かが私の肩を優しく揺すっている。
まだ寝ていたいところだが、そうだ今日の夜には隣国とオリバーの商談があるからフォローの用意がいるのだったと、嫌なことを思い出してゆっくりと瞼を開けると、見知らぬ女性が私を見下ろしていた。
栗色のふわふわとしながら艶のある髪に、同色の大きな瞳、小麦色の肌で頬は桜色、唇は血色が良く、幼い印象だが整った顔立ちだった。
彼女はアリシアと同じくシュミーズ姿で、困惑の表情を浮かべていた。
「あの、失礼ながら、どちら様でしょうか」
「私はアリシア・グレイと申します。くそ野……オリバー様の婚約者です」
アリシアは疲れが残るは体を静かに起こした。
「あなたこそ、どちら様でしょうか」
女性は丸い目を更に大きく見開き、驚いた顔をした後、素早くベッドに手を付けて頭を下げた。
「申し訳ありません!私はミア・スミスと申します。昨夜は……その……」
「いいのいいの、お茶飲みます?」
彼女はキョトンという音が聞こえるような表情でアリシアを見つめた。
アリシアはベッドから降りると、町娘のようなラフな服に着替える。
いざとなったら逃げてやろうと思って、乱雑で物が多いこの部屋に隠しておいたのだ。
奴が物の価値も分からないのに見栄で買った茶器でお茶を淹れていく。
「魔具って本当に便利。スミス様って、あのスミス男爵様?スミス商会の?魔具ではいつもお世話になってるわ」
「ああはい、父は確かに魔具を初め手広く商売しております。
それにしても、このような状況でお会いしてしまったのに、随分とお冷静でいらっしゃるのですね」
「慣れてしまいましたから」
アリシアは淡々と答えた。
「あら、このお茶もそうかしら。蜂蜜が初めから入っているのは有難いわ、私渋いのが苦手で」
「ああ有難うございます……、えっと次期公爵夫人にこのようなことをさせてしまって、申し訳ありません」
ミアはあたふたしながらとりあえずドレスを身につけようとしていたので、アリシアはオリバーの部屋に馴染むよう偽装した、ビーズ飾りの空間拡大巾着からもう一セット着替えを出して、彼女に渡した。
「良かったら着て。私はシュミーズでもいいんだけど、ちょっと今朝は涼しいし」
「すす、すみません!」
ミアはワタワタしているものの手早く服を身に付けた。
「早いわね」
「うちは父がお金で爵位を買った、元平民ですので。根は商人ですからこういった服を早く着るのは慣れているんです」
そう言ってミアは小さな丸テーブルの向かいに座った。
ベランダ横のこの席は、綺麗な緑の庭が見えて朝食には最適なのに、この部屋の持ち主が朝食に間に合うように戻ったことはほとんどない。
「あのバカ、いえあのバカは何て言ってあなたのこの部屋に?今までのあなたの様子を見ていると、婚約者の私に嫉妬する訳でもないから、きっと何か言われて連れてこられたのでしょう?」
「あのバ……、ご苦労なさっているのですね」
ミアは何かに納得するように深く頷きながら茶を啜った。