理不尽なクレーム
「表向きの戦略では、当時の店長と相談して、客層を一新することにしたの。
自分の権力を振りかざすことに慣れている老齢層から、流行に敏感な若い貴族や新興貴族に」
アリシアは星柄のコーヒーカップを手に取りながら説明した。
伝統的な草花や模様ではなく、角度によって虹色に輝く、隣国で流行し始めているものだ。
「問題の貴族が嫌がるような、長い物に巻かれない、若くて勢いのある貴族に対象を絞ったわ。
そして、これからを担う若者が話し合える社交場というイメージを作り上げることにしました。
勿論、例の問題客以外の方には継続して来ていただけるように、お手紙を書いて、若人を導いてくれるようにお願いしました。
若者たちは普段接点のない彼らと話して学びたくて、頻繁に来てくれました。
元々のお客様たちは若者たちを息子や孫のように接してくれましたし、本来そうであったように紳士同士で話されることもありました。
有難いことにそれが今まで続いているのです」
「凄いですアリシア様!具体的にはどう工夫されたのですか?」
ミアも星の模様を観察して微笑んだ後、感心して聞いていた。
「まず当時の男性店長の名前で専門家に店が新しい客層にしても成功するように助言をいただいたの。十五の女からの依頼ではなかなか難しくて。
対面で会えることになったら皆さん驚かれていましたけど、良くしていただきました。
その会話の中で紹介してもらった新聞社に広告を出しました。
『新しい時代の社交場』『自由な議論の場』といったキャッチコピーで。
専門家の一人の方はコーヒーハウスでの意見交換の意義というインタビューも受けてくれました。最後にはこのコーヒーハウスを紹介する言葉も添えて」
「アリシア様の気持ちが通じたんですね!」
ミアが素直に頷く横で、レイナルドとエドガーは思う。十五歳の女の子が、急に店の責任を押し付けられて必死に懇願していたら、助けずにはいられなかったのだろうと。
「あれ?でも裏の工作も必要だったんですよね?」
ミアはしっかりしている。きちんとビジネスの話を、アリシアの努力を聞こうとする。
侯爵令嬢という身分のアリシアをただ持ち上げるだけの女性たちとは違う。
アリシアは嬉しかった。
「ええ、それだけでは足りませんでした」
アリシアは首を横に振った。
「若者たちが増えても、店を改装しても、例の上級貴族たちは居座り続けた。
彼らにとっては、自分たちの『特権的な場』が侵されているようで、ひどくイライラしていました。
紳士の社交場というイメージが広まった中でその振る舞いは浮いていましたが、彼らは彼らの中でこれが正しいと思うルールを主張し続けていました。
むしろ正しい在り方を教えてやっているとでも言いたげでした……誰もそんなこと望んでないのに」
オーナー宛に届き続けた訳の分からないクレームの手紙を思い返してアリシアはげんなりした。
「古い店内装飾に戻せとか、新聞はこれを置けとか、それはまだ良いんですけど、短いスカートの女給を置けとか、自分の派閥だけは娼婦の同伴を許せとか、その上で個室を増やせとか……」
何故あんな連中とオリバーが楽しく会話できるのか、アリシアは心の底から不思議で仕方なかった。
「最悪ね」
レイナルドが眉をひそめる。
「ええ、店長が何を言っても彼らは身分を傘に着て、何も納得しませんでした。だから裏からの工作が必要だったのです」
アリシアの目が鋭くなった。世闇の中で鼠を見つけた黒猫のように。
「私は観察していました。例の常連グループの中にも、この対立にウンザリしている人がいることに気づいたのです」