泥中の花
「土に恨みでもあんの? それとも嫌いな虫でも生き埋めにしてる?」
ハルが泥濘んだ土の上でえいえいと勢い込んで足踏みをしていると、ふらりとユキが現れた。怪訝そうに顰められたユキの眉を見て、ハルはへへと悪戯っぽく笑う。
「違うよ。化石作ってるの、足跡の化石。恐竜よりもおっきいの作って、将来みんなを驚かせるんだぁ」
「アホらし」
ハルの壮大な計画をユキは一刀両断に切り捨てた。
「授業でやっただろ。足跡の化石っていうのは足跡つけただけじゃダメだって。そこに砂とかが溜まって、圧力とかで石化するんだから」
「うん。だから同じようにすれば出来るかなって」
「同じようにって……何千年、何万年かかるんだぞ? 無理に決まってる」
「そんなのやってみなきゃ分からないでしょ! ほら、ユキも一緒に作ろうよ!」
そういってハルが泥んこ塗れの足を蹴り上げる。
土色の飛沫が広がって、ユキを揶揄うように手前で落ちる。
「あ、おい。服に泥つくだろ!」
「2人で作るならこーんなおっきなやつがいいよね!」
勢いづいて跳ね回るハルに合わせて、泥水も景気良く宙を舞う。
「やめろって!……もおお!!」
たまらずユキは靴をぽいぽいっと脱ぎ捨てた。
そのままズボンの裾をたくし上げると、仕返しとばかりに泥濘にジャンプする。
「うわぁ!」花の綻ぶような笑顔で、ハルは悲鳴をあげた。「やったなぁ〜!」
それからひとしきり泥濘の中で駆け回ったあと、結局デカすぎると足跡っぽくないからというユキの提案でハルの足の5倍ぐらいにした。
小山を造って縁取るとそこへ近くの砂場から持ってきた乾いた砂をドサっと流し入れる。それをまた二人でこれでもかと言うほど踏みつけた。
「私、毎日ここに砂かけに来る。砂かけて、またいっぱい踏んで、少しでも化石にするの」
顔のあちこちに砂の混じった泥をつけながらハルは笑っていた。
「だからユキも暇な時に手伝ってよ!」
「仕方ないなー。……気が向いた時だけだぞ」
「へへへ。早く出来上がるといいねー」
ハルの屈託なく笑う様に照れ臭さを感じて、相槌の代わりに鼻の下をかく。その様子を見たハルが、ぽかーんとユキの顔を見つめるとーー堰を切ったようにドッと声を上げて笑い出した。
「あはははは。ユキ、変なヒゲ! おじさんみたい! おもしろーい! あはははは」
「う、うるさいな! ハルだって!」
顔の火照りを誤魔化そうと睨めつけるが、意に関せずお腹を抱えるハルに、ついぞユキも毒気を抜かれて笑みが溢れた。
ユキよりも遥かに泥んこまみれなのに。どうしてか、その笑顔が何よりも美しいものにユキの目には映って見えた。
* * *
こんなもんで良いか――ユキの言葉を皮切りに2人は靴を座布団がわりに腰かけた。できあがった小山はもはや当初の形を保ってはいなかったが、それでいいのだと底知れぬ達成感が湧いてくる。
「残るといいな」
ユキは何ともなしに呟く。隣でハルがうん、と大きく頷いた。
「残るよ。私とユキがこれから毎日いっぱい砂かけて踏むだもん。絶対残るよ」
疑いもなく言い切るハルに、ユキはふっと笑った。
「……ハルが言うならそうかもね」
「未来の人たち、世紀の大発見だ!って大騒ぎしてくれるかなぁ。楽しみだなぁ」
その状況を夢想してるのか、ハルは誇らしげだった。そして徐ろにぱん、と一つ拍手を打つ。
「そうだ!ちゃんと見つけてもらえるように印つけなきゃ!ねえねえ、ユキ。何がいいと思う――?!」
新しい悪戯を思い付いたような視線を寄越すハルに同調してユキは不敵に笑った。
「そりゃあ世紀の大発見なんだから簡単に見つかっちゃ面白くないよなぁ!」
――木の枝迷路に、石板の謎。
「あとは隠された宝の地図、とか?」
ユキが指折り数える度にハルの瞳がキラキラと輝く。
「宝の地図!」
やがて昂りが抑えられず、すっくと立ち上がるとハルは駆け出した。
「ちょっとハル! 靴! くつ!!」
慌ててユキも後を追う。ぐっと踏み込んだ足下で柔らかい土が形を変える。
点々と残されていくそれは、二人を追う軌跡となってどこまでも続いていった。
#文披31題 Day8「足跡」参加作品。
綺想編纂館 朧(@Fictionarys)様主催の、Twitter上のお題企画より。