爆弾
僕がその噂を聞いたのは、第二体育館裏に向かう前。生駒さんの口からだった。
「うちの男バスってさ。三姫東のバスケ部と八百長してるって噂があるんだよね」
「八百長?」
「うん。男バスに誘われて合コン行くと、三姫東の男子が待ってるって女子の間では有名でさ。それで、八百長の見返りにうちの女子紹介してるんじゃないかって」
「おい、それやべーってもんじゃないだろ?」
恭介の言う通りやばいなんてもんじゃない。八百長はスポーツ界のタブーであり、本当だったらバスケ部だけの問題で終わらない。全国ニュースで校長先生の謝罪会見ものだ。
「噂の信憑性は? 確証があるならとっくに大問題になってそうだけど?」
「もちろん証拠はないよ。でも、去年の春にテニス部の女子がひとり、男バスの誘いに乗った翌日から不登校になってるみたいなんだよね。その後行われた夏の大会で、男バスは三姫東に勝って県大会に出場したんだけど、その試合、明らかに三姫東のミスプレイが目立ってたって」
「まじかよ」
彼等が八百長の対価として女子生徒を紹介し、その結果、女子生徒が登校不能に陥るまで傷つけられたのだとしたら──
買収に暴行。完全に犯罪だ。
僕を含めた三人分の視線が藤沢君に向く。
「俺は知らないよそんな話!?」
「本当か?」
「ほんとうに?」
「本当だって! だいたい、俺はまだバスケ部に入部したばかりだし!」
恭介と生駒さんに詰められて必死に否定している。僕だって一年生で入部したばかりの藤沢君が関わってるなんて思ってない。
「噂ってどれくらい広まってるの?」
「うかつに話せる内容じゃないからさ。でも運動部の女子の間には広まってる。女バスなんて男バスの生徒とは口もきかないってくらい避けてるし」
「あー! それでか!? 女バスの子に俺が声をかけても無視されてたの!?」
ショックを受けたように頭を抱える藤沢君。
「くそー! モテると思ってバスケ部入ったのに!」
「あんたの場合、下心が見え透いてて引かれたんじゃない? 男バスの先輩だって真面目に練習してる人はちゃんと彼女いるよ?」
「俺もうバスケ部辞める。くそぅ。女子のマネージャーがいなくておかしいと思ってたんだよ」
うなだれる藤沢君の横に立って肩を叩く。
反対側には恭介。
八百長には無関係だとしても、彼にはまだ聞きたいことがある。
「それで、僕を呼んで来いって、どんな風に言われたの?」
「最初は、俺が真崎さんを誘うように命令されたんだよ。でも俺が誘っても無駄だろうし、お前のこと話したら呼んで来いって」
「撫子だけ? みらいについては?」
「いや、宮津さんについては何も聞いてない」
それは奇妙だ。
みらいと撫子は我が校が誇る二大美少女。両方への伝手を持つ僕を呼び出しながら、撫子だけというのは不自然すぎる。
「もしかしたら三姫東からのオーダーかもしれないね」
「ああ。可愛い女の子を誘いたいなら宮津さんの名前が出ないはずがない。もし噂が本当なら、そのバスケ部の先輩は八百長をネタに三姫東に脅されてるんじゃないか?」
僕も恭介に同意見だ。
三姫東工業高校は、撫子の地元にある高校だ。裏に三姫東の生徒がいるなら、呼び出すのが撫子だけなのも頷ける。彼等はみらいのことを知らないのだ。
呼び出したいのが撫子だけという状況が、結果として噂の信憑性を上げる結果になった。
面白い。
僕は今日の車校を休むことを決めた。
「わかった。行くよ」
「すまん。麻生」
藤沢君が突然頭を下げた。
「以前、真崎さんのことでお前につっかかって悪かった。真崎さんのことはめっちゃ憧れてたから……それなのに、今度はお前を使って真崎さんを売ろうとした。最低だよな俺」
「そうだな」
「そうだね」
うんうんと頷く恭介と生駒さん。容赦ないね。
僕はというと、正直忘れてたんだけど。
「つっかかって来たことも、僕を巻き込んだことも別にいいよ。でも、全部終わったら撫子にも謝ること。いい?」
「ああ。約束する」
上級生の命令に逆らえなかったのは同情できる。ただ、もしも僕が脅迫されるような事態になれば、撫子の怒りは藤沢君にも向けられるだろう。
普段は落ち着いているように見える撫子だけど、実は激情型だ。その上武道の達人。半殺しで済めばいいね。
「あそーなに笑ってんの? 気持ち悪いんだけど?」
にこにこしている僕を、気味悪そうに見る生駒さん。笑顔で級友を許しているのに心外である。
「恭介、悪いけどこっそりついてきてくれる?」
にんまりと笑みを浮かべる恭介。彼もここで下りるつもりはないらしい。
「撮影係だな?」
「話が早くて助かるよ。もし暴力沙汰になったらスマホ置いて先生を呼びに行ってほしい。男バスの顧問以外で頼りになりそうなので」
男バスの生徒が暴力沙汰を起こしたら、監督責任のある顧問が処分を受けることになる。もみ消しを図るとか考えたくないけど、第三者の教師を入れるのが良いだろう。
「おっけー! 面白くなってきた!」
「被害に遭ったかもしれない女生徒がいるのに不謹慎だよ?」
「そう言うお前だってずっと顔がにやけてるじゃないか?」
そう──
その時、僕は笑っていた。
今、僕は人がうらやむような青春の日々を謳歌している。
彼女がいて、友人も出来て、頼りになる保護者。可愛い幼馴染とその親友との生活。
それは夢みたいに甘い日常で、つい先日まで僕が必死に掴もうとしていたもの。
でも、僕は心の奥で退屈していたんだ。
『ニッポンガボクヲダメニシテクル』
以前クーから送られてきた一文。まったくその通りだ。
緊張感の無い生活は僕を駄目にする。
また、ひ弱なあやたに戻ってしまう。
そう思っていた矢先、良い具合の獲物が現れた。
嬉しくないはずがない。
さあ、作戦開始だ。
まず、車校に今日休むことを電話をした後、続けて撫子に電話する。
今あった事を話して、今後の段取りを説明すると、撫子は面白がって乗って来たが、問題はみらいだ。部室で一緒に電話の内容を聞いていた彼女は、僕のことを心配してこっちについて行くと言い出した。
だが、今回の件。僕は話し合いだけでは済まないと思っている。相手の出方次第ではあるが、場合によってはあえて暴力沙汰にして、件の先輩達を処分に持ち込みたいと考えていた。
暴力と痛みを伴う僕のやり方。それを見られたくなかったから、みらいには他の仕事を頼んだ。
「ねーね! 私は何すればいいの?」
生駒さんが仲間にしてほしそうにこちらを見ている。
だがしかし、彼女への答えは決まっている。
「「部活行け」」
僕と恭介の声が綺麗にハモった。
そして──
その日、異例の校内放送が流れた。
『校長の浅間です。現在校内に残っている生徒は、部活動、課外活動を中止して速やかに下校してください。繰り返しお伝えします。現在校内に残っている生徒は、直ちに部活動、課外活動を中止して下校してください』
突如として流れた下校命令。凛とした妙齢の女性の声に、校内に響いていた青春の音色が一斉に止んだ。
僕はそれを保健室で聞いていた。僕自身も結構殴られていたから、その治療の最中だった。
腫れた頬にべたっと湿布が貼られる。明日クーに会うというのに最悪だ。
保健室には保険医の先生と、担任の九鬼先生。それから一部始終を撮影していた恭介だ。
先生方のスマホが同時に振動を始める。緊急で職員会議を開くという通達が届いたらしい。
学校側が八百長について把握しているのか? 僕は校長先生に確認するようにみらいに頼んだ。
その結果が生徒を全員帰らせての職員会議。
少し大げさ……でもないか。
女子生徒を用いた買収行為と八百長という疑惑。関わったと思われる生徒が重症を負い、傷ついて不登校に陥っている生徒がいる。これだけの爆弾をどう処理するのか、学校側のお手並みを拝見させてもらうとしよう。
読んで頂きましてありがとうございます。




